三枚目の顔

押し入れの奥から、古いアルバムが出てきたのは、春先の雨の日だった。

誰も住んでいなかった祖母の家を片づけていた最中のことだ。


埃まみれのアルバムには、セピア色の家族写真や、見知らぬ親戚らしき顔が並んでいた。

昭和の匂いがするそのページを何気なくめくっていくうちに、妙な一枚に目が止まった。


小さな縁側で撮られた集合写真。

祖母らしき女性、若い夫婦、小さな子ども、そして…その横に立っている、知らない顔の女。


誰とも距離を取って立っていて、服装もどこか古めかしい。

その女だけ、明らかに写真に溶け込んでいないように見えた。


気味が悪くて、その写真を裏返すと、日付とともに、震えるような字で「この人はもういない」と書かれていた。


その夜、泊まりがけで片づけを続けていた私は、台所で遅めの夕飯を食べていた。

外は静かな雨。時計の音だけが部屋に響いていた。


ピンポーン


突然、インターホンが鳴った。


こんな山奥の家に、こんな時間に誰が来る?

不安になりながらモニターをのぞくと、誰も映っていない。


故障かな、と思っていると、


ピンポーン


また鳴る。

今度は、映像に一瞬だけ、なにか黒っぽい影が映ったような気がした。


外を確認しても、人の気配はない。

だが、なぜか玄関のドアノブが、かすかに湿っていた。


気味が悪くなって早めに布団に入った。

だが、夜中、夢うつつの中で、インターホンの音とともに、女の声がした気がした。


「ねえ、どうして私のこと、忘れたの?」


翌朝、アルバムの写真をもう一度確認した。

例の集合写真をじっと見ると――


昨日と違うことに気づいた。


その女が、ほんの少し、笑っている。

昨日は無表情だったはずなのに。


いや、気のせいか。そう思い、アルバムを閉じた。


だがその夜、再びインターホンが鳴った。

開けてはいけないとわかっていながら、なぜか手が勝手に動いてドアを開けてしまった。


そこには誰もいなかった。

ただ、足元に――昨日の写真が、濡れて落ちていた。


拾い上げて、震える手でページをめくる。


三枚目のページに、新しい写真が追加されていた。

祖母の家の縁側、そこに立つ私、そして隣には――


あの女が、私と肩を並べて、確かに写っていた。

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