影送りの村
大学の友人から、夏の短期バイトに誘われた。
「山奥の集落で、観光ガイドの手伝いをするだけ。空気も綺麗だし、飯も美味いよ」と。
確かに、最初の数日は快適だった。
村は美しく、川も澄んでいたし、夜は満天の星空。
宿舎となった旧家も風情があり、地元の年寄りたちも親切だった。
ただ、ひとつだけ、妙なことがあった。
夕方になると、村の放送スピーカーからこう流れる。
「本日は、影送りの儀を行います。関係者以外は屋内で静かにお過ごしください」
その時間になると、村人たちはすべての窓を閉め、灯りを消し、息を潜めるようにして過ごす。
俺たちバイト組も「風習だから」と注意されていたが、好奇心が勝った。
ある晩、友人と2人、宿舎の二階からこっそり様子を覗いた。
広場には松明を持った男たちが列を成していた。
彼らは、何かを“見送る”ように山のほうへと進んでいく。
ただ、その列の後ろに、もうひとつ別の列が続いていた。
暗くてよく見えなかったが、何かがぞろぞろとついていっていた。
人の形をしていたが、異様に背が高く、すべての影が、同じ向きにゆらいでいた。
次の朝、友人が消えた。
靴も荷物もそのまま。村人たちは口を閉ざすばかりだった。
「影送りを見たのか」と、老女に問われた。
俺がうなずくと、老女はため息をついた。
「戻れたなら、運がいい。影を見送った者は、本来、影と共にいかねばならぬ。おまえは、まだ連れていかれていないだけだ」
俺は恐ろしくなり、翌朝の始発で村を離れた。
が、駅のベンチで待っていると、向かいのホームに、泥だらけの友人が立っていた。
声をかけようと立ち上がると、影が不自然に波打った。
友人の身体の向きと、影の向きが逆だった。
彼は黙ってこちらを見ていた。
しばらくして電車が来た時、彼は姿ごと消えていた。
それ以来、夕方になるとどこかから、あの放送のような声が聞こえる気がする。
「……影送りの儀を、行います……」
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