鈴の音が来る
夏休みのある日、母の実家で過ごすことになった。
山あいの町で、子どもの頃によく遊びに行っていた場所だが、祖母は数年前に亡くなっている。空き家になったその家を、法事のため一時的に整理するのが目的だった。
庭には、錆びた井戸が残っていた。
もう使われていないはずのそれが、なぜか濡れていた。
周囲の土も、じんわりと湿っていた。雨は降っていなかった。
気になったが、その晩の夜、もっと奇妙なことが起きた。
夜中、どこからともなく音がするのだ。
「からん……ころん……からん……」
鈴のような、小さな鐘のような音だった。最初は遠く、だんだんと近づいてくる。
耳をすませばするほど、音が皮膚の下から染み込んでくるようだった。
翌朝、近所の老人が言った。
「夜に音が聞こえたら、目を閉じておくんだよ。目を開けると、連れていかれる」
冗談だと思った。でも次の日、また音がした。
「からん……ころん……」
今度は、井戸のほうからだった。
音はだんだん大きくなり、ついには玄関先まで届いた。
玄関のすりガラスの向こうに、細長い影が立っていた。
人のようで、人ではない。細く、異様に長い腕をしていた。
そして、ガラスの向こうで、顔だけが傾いた。
首が“ありえない角度”に折れて、じわりとこっちを覗いているようだった。
「カラン……コロン……」
足元で鳴っていたのは、かかとのない下駄の音だった。
まるで何かを探しているかのように、音は家のまわりをゆっくりと歩いていった。
それから私は、鈴の音を聞くたび、目を閉じるようにしている。
一度だけ、目を開けてしまった人がいたらしい。
その人の話では、細い腕のものは、首の骨を自分で折りながら、誰かの名前を呼んでいたという。
私の名前を呼ばれるまでは、たぶん大丈夫だと思っている。
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