風の始まりの色

Rotten flower

第1話

町の中央、風生山かざうみやまからはその名の通り年中風が吹いていた。伝説では、「風生山には風神が封印されており、解放されようと暴れている」等と言われているが私にはそうは思えなかった。

「先生は、なんであそこから風が吹いてくるか知ってるの?」

生徒に理科、気象について教えていると毎年一人か二人は決まってそう言ってくる。

私は「私にも分からないわ」と常に返答していた。勿論、そんなわけがないのに。

いつも通り、そう答えてると生徒は言った。

「理科を教えているのにそんな事も知らないの?」

「それは全部知っているわけじゃないしね」

私は彼の言葉に笑顔でそう返答する。

「近くにあるんだから確かめに行けばいいのに」

確かにそうだ。なんでそう考えなかったのだろう。


「というわけで私、風生山に登ろうと思うんです」

職員室でそう話すと辺りは直ちに静まり返った。教頭先生がゆっくりと口を開く。

「あの山は、山頂まで登ると行方不明になるという噂まであります。本当に良いんですね?」

「生徒のためですもの。何、準備は十二分にしますのでご心配なく」

私は行方不明という言葉を脳裏に残し生徒名簿に目を向けながら、そう返事した。


風生山は途中までは傾斜が緩く初心者におすすめな山としてネットでも取り上げられていた。無論、登山初心者の私でもある程度安全にされた道を登っていくのは楽しさを感じるほどだった。六合目までは。

そこを超えると道と呼べる最低レベルの道が私を出迎えた。先程までは応援するように心地よく抜けていた風も、山頂が近づくに連れて強く「来るな」と訴えかけているまでに感じた。

風に耐えながら私は足を進める。

「あっ……!」

サラサラとした土壌が私の足を引いた。バランスを取れなくなって私は前へと倒れる。私の体を土が運んでいく。


目を開けると少年が私の顔をじっと覗いていた。はっと体を起こす。カルデラから水を抜いたような山頂、その中心に私は寝転がっていた。

台風の中にいるかのように風が私に強く襲いかかる。

「お姉さん、何しに来たの」

少年は風など吹いていないかのようにノーリアクションでそう言う。

「何故この山から風が吹いてくるのか調べに来たの」

「そうか、誰も知らないことになにか違和感を感じなかったの?」

「勿論感じたけど、それは私を止める理由にはならないわ」

少年は顔を暗くした。まるで、私がここに来たことを悔やむかのように。

「なぜ風が吹いているのかの理由、わかった?」

辺りを見渡す。それらしき機械やものはない。

「理由などなさそう、ただの偶然なのかしらね」

そう言って事が済んだからと山頂を去ろうとする。滑る。土が私を掬って真ん中へと戻してくる。何度も、何度も。

「おかえり。後悔してる?」

「えぇ、興味本位で来るんじゃなかったわ」

蟻地獄の人間版、人間地獄にまんまと引っかかってしまったのだろう。

「神は僕らを見捨てたようだ。さて、風が吹いている理由。どうせ死ぬだろうし、最後に見せてあげるよ」

そう言うと、少年は風を掴んだ。彼の手の中には、桃色に輝く何かを持っていた。彼は私の口に手を近づける、私はそれを口に含んだ。


「ねぇ、なにこれ?」

ゆっくりと視界の一部分が赤く染まる。

「ほら、こっちおいで」彼が私の手を引いた。

赤く染まった部分は動物のような何かの形をしていた。


「見えた?これじゃ風神かぜのかみというより、風犬かぜのいぬだよね」

それらは重なっていた。文字に起こせないような声が耳の中へと独りでに入ってくる。

「声が聞こえたり、何かが動いたりする度に風が吹く、一体何なの?」

私は彼にそう聞いた。


風というのは一種の動物だ。さっき、調査という言葉が聞こえたけど理系なのかな?

動物ということは、これ以上は伝えなくてもわかるよね。

確かに暴れてはいるけど、封印から解放されようとしているわけじゃない。解放しようとはしているだろうけどね。

何、人間が自分より高貴なものを想像していたら人間と同等程度の動物が暴れているだけなんてね。

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