第6話 テレレレッテッテッテー side.柊

 土日のアニメイト巡りを代償に修正祭を行ったおかげで、全ての修正終了。月曜の朝、沖田に提出して、放課後に最終確認。そこで問題なし、と判断が下りたので。

 「原稿終わり!!これで仕事は大体終わった!!」

 「ありがとう柊、ありがとう…………!」

 ヒイラギお姉さんの仕事は、ほとんど終わった。これで趣味と部活に戻れる。

 原稿が終わった喜びに天を仰ぎ、沖田と手をつないでキャッキャウフフと浮かれ足。ぐるぐるとその場で回っていると、「あ!!」と沖田が大きな声を出す。突然の大音量に鼓膜を震わせながら、足を止めると、沖田がまた「そうだった!!」と大きな声を。

 「今日オーディションするんだった!!柊、行くぞ!!」

 「ええちょ、な、待て待て待て」

 「あと十分で開始だから、演じてほしいセリフ抜き出してくれ!!」

 「速い速い速い足長すぎ!」

 グン、と手を引かれ、半ば引きずられながら走る。ずだだだだ、と廊下をけたたましく走って、あっという間にオーディション会場らしい教室へ。途中、曲がり角で誰かにぶつかりそうになったけど、あまりの猛スピードに相手が引いてくれた。すまん。暴走列車オキタを止められたら苦労はしないんだ、ケガさせなくて本当によかった。

 「柊、今日のオーディションは主役のもう一人、俺の相方だ。妥協はしたくねーんだ、だから柊も選んでほしい。あいつの核心に近いセリフ、選んでくれ」

 「まっ、ちょっ、…………はーっ、はーっ」

 「どのセリフがあいつの核なんだ?」

 「げほっ、ま、…………息、ととのえ、させろや!!」

 膝に手をついて、ぜえぜえと息を吐く。話そうとすると変にむせて、何度も咳をする。しかし、沖田はそんな私の様子に気付いてないらしく、さっきから急かしてくる。イヤちったあ待てや、様子を見て欲しい頼むから。こっちは息も絶え絶えなんだわ。

 「ふーっ、ふーっ」

 「柊?どっか悪いのか」

 「…………急に走り出すんじゃない、こちとら文化部の万年運動不足なの!!少しは肉体の性能差を鑑みろや!!」

 やっと呼吸が落ち着いたころに沖田に嚙みつく。本当に気付いていなかったらしい沖田は、私の様子に首をかしげていた。そもそも身長が違いすぎんだよ、足の幅も違うにきまってんだろ。ケッ、これだから周囲が合わせてくれる陽キャは嫌いなんだ。甘やかされてやがんの。

 「世界の皆がお前と一緒とは大違いなんだからな、少なくとも私は背が低いし体力ないし歩幅も小さいんだからストライド走法じゃなくてピッチ走法が合ってるんです、沖田のフィジカルごり押し走りについてけるわけないでしょ少しは考えてください!返事は!?」

 「は、はい」

 「よし、殺してくれ!」

 「ええっ!?」

 まーたやってしまった、思いのままに苛立ちのままにまくし立ててしまった。殺してください、ただの八つ当たりです。私だって身長が欲しいのに、私よりはるかに背の高い沖田が悠々と走っているのを見て羨ましくなりました。完全なる八つ当たり、申し訳ない。でも引きずったのは許してないからね?

 ちら、と沖田を見ると、おろおろわたわたと手を動かしては、何かを言いたげな様子。でも、どう言葉を紡げばいいかわからないようで、出かかる言葉を何度も飲み込んでいる。間違いなく困らせてますね、死にたくなりますね。本当に死にたいわけじゃないけどさ。

 「ひ、柊、ごめ――――」

 「すいませえん、オーディションってここで合ってますかあ、応募した黒田クロダですけどお!!」

 「オギャアッ、な、何事!?」

 「あ、あ、もう十七時だ、ちょっと待っててください、すぐに準備します!」

 沖田が何か言いかけたのを遮るように、教室の入り口から馬鹿でかい声が響く。あまりの声量に飛び上がると、沖田は慌てた様子で机を動かし始めた。わけも分からず、ガタガタと忙しなく動いている沖田を眺めていると、黒田、と名乗った生徒が話しかけてくる。

 「君もオーディション受けるんすか?あ、私、一年の黒田 ユウ、双子の妹も同じ学校だから気軽に悠とかユッさんとか好きに呼んでください」

 「ア、い、一年の、柊 秋、お、お好きに呼びなすって……」

 「じゃあヒイで。てゆーか同い年なんだ、ため口で話そっ」

 いやあ、てっきり私ひとりだけかと。一緒の人がいて良かったー!と嬉しそうに笑う彼女。ぐいぐいと距離を詰めてくるこの感じ、もしや、こやつ。

 「陽キャ…………!」

 「ん、どーした?あそーだ、ヒイ、クラスって何クラス?特進?」

 「と、特選……」

 「特選!?じゃあシキと一緒じゃん、黒田色!あいつ私の妹!!」

 「アッ、お姉さま……」

 すべて合点がいった。ヒイラギお姉さんがいるクラスは、特別進学選抜コースというところ。同じクラスには、黒田色という、とても明るくて元気な子がいる。ほとんど関わりを持ったことはないけど、陽キャでとても良い子、というのは知ってる。そっか、この人が黒田さんのお姉さまなんだ。よく見ると顔もそっくりだし、双子ってのは本当みたいだ。

 「私勉強面倒でスポーツコースに逃げたからさー、色と同じクラスじゃなくって。たくさん勉強したんだね、すごいね!」

 ニコッ、と飛び切りの笑顔。お顔はクール系の顔なのに、さっきから表情がころころ変わってなんだか可愛い。これが「ギャップ萌え」……ってコト!?

 悠さんの笑顔に滅却されそうになっていると、沖田から声がかかる。教室の片づけが終わったらしく、並んだ机と、向かい合わせに机が一つ。それ以外の机は、すべて教室の後ろに下げられていた。

 「待たせてすみません、準備ができました。希望者さんは、こちらの席に」

 「はい。…………あれ、ヒイそっち?」

 「え、えと、私、オーディション希望じゃ、なくて」

 「柊はこっち。それでは、オーデイションを始めます!」

 ぐい、と沖田に腕を引っ張られ、彼の隣の席へ。机の上には紙とペン、おそらくオーディション用のセリフを書け、という意図だろう。同じ希望者だと思ってたらしい悠サンに申し訳なく思いながら、ペンを取り、セリフを書き出す。私が書いている間、二人は簡単なやり取りをしていて、まんま面接の形だった。

 「では最後の質問です。黒田さんはなぜ、このオーディションを受けようと思いましたか」

 で、出~~~!!面接で最も聞かれる質問ナンバーワン~~~!!ヒイラギお姉さんもこの学校の試験受けたときに聞かれました、思い出すだけで胃がキリキリする。バレないようにそっとおなかを抑えつつ、ペンを動かしていると、ガタ、と悠さんが身じろぎ。目をやると、

 ――――――――満面の笑みを浮かべた彼女が、そこにいた。

 「面白そうだから、以外に理由はない、デス。高校生だけで、イチから、何もかも作るなんて、滅多にない経験だから、だから、やってみたいと、思いました」

 まるで花が咲くような。見る人を惹きつける「華」。顔が整ってるだけではない、確かな才能の風香。ぞく、と背中に立った鳥肌にビックリしつつ、沖田の方を見ると、明らかに嬉しそうな顔。多分、お眼鏡にかなったんだろう。

 ほなもうセリフ書き書きタイムは終わりですな、と手を止めると、「ふむ」、と沖田の相づち。にっこりと外面百点満点の笑顔で、手を組む。普段あんまり見ないその笑顔は、何故かぞっとするほど無機質だった。

 「最後の審査です。セリフの書かれた紙を渡すので、そのセリフを演じてください。柊、紙」

 「オオオオあいや待たれいすぐ書きますから」

 書き書きタイム終わってなかった。すっかり油断してたので、半ばテンパりながらセリフを書き殴る。そうして出来上がったものをまずは沖田に見せ、悠さんに渡し、ふう、と小さく息を吐いた。今度こそ終わり。

 「いつでも始めていいですよ」

 ジッ、と食い入るように紙を見る悠さん。真っ黒な瞳が限界まで開かれてて、フクロウのような印象。元々目が大きいので、ここまで大きく開くとなんだか不気味だ。

 …………というか、悠さん、黙ってると本当に美人。同じ顔の妹さんは、いつも教室で楽しそうにはしゃいでいるから、美形って気づかなかったけど。沖田とはまた別系統の美人さんだ。沖田は狐っぽくて、悠さんは氷みたい。

 そうぼんやり見つめていると、ふいに視線がかち合う。バチ!と大きな音が鳴りそうなくらい、まっすぐに見つめ返されて、思わず腰が抜けそうになるのを耐えて、私なりに笑い返してみる。正解だったのか、悠さんは嬉しそうに頬を緩ませた。安心して、ほ、と息を吐いていると、彼女は沖田の方を見る。


 「始めます」


 瞬間、空気が変わって。




 「…………あ、あり?」

 「ヒイどした~?あ、机片すから一回立って」

 「柊ー、あとでユッさんに原稿見せといてくれー」

 ――――――――気付いたら、悠さんが仲間になっていた。

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