第5話 夜マックは突然に side.柊

 放課後、場所を変えて中庭のテラスへ。人通りが少ないそこで、沖田から原稿を受け取る。バララ、と中をめくると、まあまあな量の赤ペン書き込みがあった。知ってた。

 「柊、これ本当に面白かった。修正後もまた読むけど、基本これで行きたい。本当にありがとう」

 「そりゃどーも。じゃあ一個一個修正しますか」

 筆箱とノートを取り出し、原稿をめくる。それから顔を寄せ合って「ここの意図は」とか、「この演出は」、とどんどん提案&修正をしていって、互いの認識をすり合わせていく。基本小説しか書かないヒイラギお姉さんなので、脚本は本職の沖田になるべく従った方がいい。脚本家と監督が上手く噛みあってないと、作品は瓦解してしまうのが世の常であるからして。オイ聞いてるか、原作改悪しやがった過去のアニメ作品ども。

 「うわ、たくさん修正……知ってた……」

 「修正終わったらまた演出について話そーぜ。あと、キャスティング」

 「それは沖田に一任します、なんも分からんので」

 「いや、柊も参加してほしい。解釈違い……?ってやつになったらいけないし」

 「エーン沖田氏がどんどんオタクの知識身に着けてってる、ファンに殺されちまうよ……」

 沖田はオタクとは無縁の人なのに、ヒイラギお姉さんがネットミームやらオタク語録やら使うせいで、だんだん沖田にオタク知識がついてきた。これは非常によくない。沖田にはオタクとはなるべく無縁のままでいて欲しいのだ。あと過激ファンに「沖田君に余計なこと教えやがって!!」と襲撃を受けるのが怖い。絶対あるだろファンクラブ。コイツ顔良いし。

 「俺にファンはいねーよ、まだ舞台に立ってねーし。それに、俺、一緒に映画作る仲として、柊ともっと仲良くなりてーんだよ。柊が楽しんでること、理解したいってのは駄目なのか?」

 「すごく素晴らしい心根なんですけど、本当にオタクの知識はなくても生きていけるんです、私もなるべく使うのやめるんで……」

 「柊は俺が柊のこと理解すんの、嫌なわけ。それとも、ほかに理由あんの?」

 「いじっぱりめが」

 手元のノートに目を落とす。沖田のやりたいこと、私が伝えたいこと、主人公たちが考えてること。ところどころこすれて黒ずんでいて、汗でちょっとヨレている。多分今日の夜から数日はこのノートとにらめっこして、ひーひー悲鳴を上げながら脚本を仕立て上げるんだろう。再び執筆地獄だ。

 私が映画の脚本を書いたのは、保身のためだ。でも、ぶっちゃけ書いているとき、すごく楽しかった。文字書きの性なのもあるけど、多分、「映画を作る」って非日常感が、興奮材料になっていたんだろう。私が映画を作れるんだ、私の書いた子達が、実際に動くんだって。正直、最後までこの映画製作の行く末を見たくなった。沖田にほだされたわけじゃないけど、すごくワクワクしたから。


 ――――だからこそ、沖田がオタクに毒されていくのを見たくない!!


 今回私が書いたのは青春ドロドロ百合ストーリー。ヒイラギお姉さんみたいな人は一切登場しない、純度百パーの青春物語だ。沖田に充てた役は、それこそ私が普段から感じてた沖田の特性、性格、行動などを練りこんでいるので、ナチュラルな沖田に演じてもらう必要がある。そこにオタクのエッセンスが入ってみろ、作品が一気に崩壊するのだ。この映画が成功するためには、沖田が沖田のままでいないと困る。オタクを真似るな。不純物を取り込むな。

 正直うかつだった。沖田は本当に良いやつなので、純粋に私のことを理解したかったのだろう。そのことを考慮せず、オタク丸出しで行動したヒイラギお姉さんも悪かった。一回オタバレした相手にはオタクの状態で行くという環境で甘やかされてたから、合点がいかなかった。

 ううん、と唸る。どう伝えればいいのだろう、この葛藤。そもそも沖田充てのキャラは、私がだいぶ勝手に沖田を解釈して書いているので、いうなれば沖田の二次創作キャラだし。それを原作ほんにん目の前に馬鹿正直に言っていいものか、いや良くない(反語)。でもきっと私が理由を言わなかったら、沖田はすっきりしないだろう。私のせいでそうなるのはすごく嫌だ、責任を負いたくない。

 「えっと、な」

 「うん」

 未だに沖田とまともに目が合わせられないヒイラギお姉さんだが、今回はさすがに目を合わせたほうがいいだろう。顔を上げ、沖田を見つめ、しどろもどろになりながら口を開く。

 「こ、この役は、オタクとか、そういうの一切ない役なんだ。だから、変にオタクの知識入れるより、何も知らない、沖田のままでいた方が、演技しやすいと思って」

 「うん」

 声が震える。なんでコイツ、そんなまっすぐに私を見てくるんだ。肌のキメ細かすぎんだろ、どういうスキンケアしてんだよ。

 「だから、もし私がオタク発言しても、『そういうもの』ってスルーしてほしい、んだ。えい、映画、私も成功、させたいし…………」

 「柊…………」

 上手くごまかせたかな。ごまかせてほしいな。勘のいいカキはフライだよ。イヤまじで。頼むからこのときだけは勘鈍っててくれ。

 心の中で天地開闢の神に祈りつつ、沖田と見つめ合う。背中では汗をだらだらと流しつつ、ジッと見つめて見つめて見つめて。

 「柊、そんなに映画に真剣に向き合ってくれてたんだな!ありがとう!!」

 「待って抱き着かないでくださいお願いだから!!」

 「ありがとう……ッ!!」

 「ぐえ」

 上手くだましきれた。ホッとすると同時に、沖田がガバッと両腕を広げ、抱き着いてくる。制服じゃ細身に見える沖田は、意外と筋肉質で、腕の中はかなり苦しかった。デジャヴでござる!!

 「ッ、ごめ、柊、大丈夫か!?」

 「だからお願いしたんだよ…………!」

 おろおろと手を放して心配する沖田。陽キャってみんなこうなんですか、いくら何でもボディランゲージが過ぎる。ヒイラギお姉さんも良くオタ友とプロレス(言葉で)するけど、ここまで激しくないよ?

 すーはー、呼吸を整え、ちょっと距離を取りながら原稿を指さす。

 「修正、続き。やるよ」

 「――――ッああ!!」

 ぱあっ、と顔を輝かせた沖田は、まるで散歩に行く犬みたいだった。



 キーン、コーン、カーン、コーン…………。

 下校時刻を告げるチャイム。ハッと顔を上げると、空は茜色に染まり始めている。慌ててノートと原稿をリュックに詰め込んでいると、同じく片づけをする沖田が口を開いた。

 「なー柊、今日この後暇?あと、明日」

 「暇、じゃあないけど。修正入れるから……」

 「時間はあるんだよな?」

 「マア、はい」

 よいしょ、とリュックをからって立ち上がる。沖田も同じように鞄を手に取って、私をジッと見つめた。

 「帰り。一緒マック行かね?」

 イケイケ陽キャの誘いを断るなんて、それはもはや社会的死ですよね。

 ということで夜マック決行。モバイルオーダーで会計を済ませ、席で頼んだメニューが来るのを待っている間、お母さんに晩ご飯いらないの旨を連絡する。ちょうど作る前だったらしく、ギリギリセーフだった。

 「お、きたきた。たべよーぜ」

 「ハイ手を合わせてください、いただきます」

 「いただきます」

 届けてくれた店員さんにお礼を言って、いただきますをして、食べる。最初の一口はやっぱりバーガーから。かぶりつくと、ザクッと肉の衣が音を立てた。

 「うめ~~。っぱマックはこれよな~~」

 「柊何にしたんだ?俺はダブチ」

 「スパチキ、これが美味しいんだな……」

 「辛いの好きなんだ」

 「極限に辛いやつは好きじゃないけどね。こんぐらいのがちょうどいいのサ……」

 一口、二口。どんどん食べ進める。途中、ポテトも食べて、ジュースを飲んで、またバーガー。沖田も黙々と食べていて、私より後に食べ始めたはずなのに、もうバーガーがなくなっていた。

 「柊って、もしかして口小さい?俺先食べ終わっちゃったぜ」

 「うるさい口小さくて悪かったな、毎度給食のときは必死に食べてたんだよこれでも」

 ヒイラギお姉さんは口が小さくて、口の容量も小さい。調子こいて水を大量に飲もうとしたら吹き出したことがあるし、給食ではいつも最後の方に片づけていた。そのため、せめて迷惑をかけないように、と早食いの技術を身に着けたのだ。それでも、運動部の子とか、男子の食すスピードには劣るけど。

 むぐ、とまたバーガーを食べて、なるべく早く噛んで、飲み込む。これでも味わって食べてるので、文句はないだろう。そんな感じで食べ進め、私もバーガー完食。ポテトをかじりながら、沖田と他愛もない話をした。

 「柊どこ中だった?俺博多」

 「五中。川渡って、川沿いんとこの」

 「あー、あそこか!俺行ったことあるわ、あれだよな、乃木ノギと同中だよな」

 「乃木くんは、まあ。でもほとんど関わってないし」

 「そうなん?でも乃木、良いやつだよな」

 「ウン。すっごく良い人、本当に優しい」

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