ぼっちとクラス転移
百鳥
ぼっちとクラス転移
「それじゃ、まずは二人組を作ってくれ」
体育教師のかけ声に、クラスメイトたちがぞろぞろと動きだす。ある者は快活に、ある者は気だるげに、けれど誰一人その動きに迷いはなかった。
それもそのはず、季節はすでに夏を迎え、クラスの人間関係はすっかり出来上がっていたからだ。その場で所在なく佇んでいる生徒は俺しかいない。
「よし、作り終えたな……Xはいつも通り先生と組もうな?」
体育教師の気遣わしげな態度や、クラスメイトの侮蔑混じりの視線にももうすっかり慣れてしまった。今日も、いつも通りさらし者よろしく皆の前で柔軟体操をする羽目になるのだろう。
が、この日はいつもと少し様子が違っていた。
「先生!」
困ったように手を上げた生徒が一人。いつも部活仲間とつるんでいる、クラスの中でも目立たないタイプの生徒だった。確か、Aという名前だったはずだ。
「今日、Bが休みなんですけど、俺はどうすればいいですか?」
「B? そういえば家の用事があると言っていたな。どうすればいいって、それはもちろん……」
教師がこちらを見るのと、Aが思いきり眉を歪めるのは同時だった。苦虫をかみつぶした様な顔をしている。
「え~~、仲間うちで交代で良くないですか?」
「なあ」と周囲に呼びかけるAに、Aの仲間たちがうんうんとうなずく。進学校だからか、ぼっちの俺を表立っていじめるような生徒はいなかったが、Aを含めて裏で俺を馬鹿にしている連中は多かった。
「おい、おまえら! そんなこと言われてXがかわいそうだと思わないのか?」
自分が一番ひどいことを言っている自覚はないのだろう。教師の目に映る俺もまた、みじめなものに違いない。そして、きっとその評価は正しくて……俺は、こんな場面でさえ反論の一つも出来やしなかった。
ただただうつむいて、グランドの乾いた土を見ていた。
風に砂埃が舞い上がり、地面に複雑な紋様を描いていく様を……さざ波模様とは似ても似つかない、まるで魔方陣に出てくるような文字の羅列がグランド全体に浮かび上がる。
「何だ、これ……?」
誰かが呟いた次の瞬間、気づいた時には俺を含め体育の授業を受けていたクラスメイト全員が見知らぬ荒地に立っていた。
「お、おい。どこなんだよ、ここは……」
「俺に聞かれても分かんねーって」
突然の出来事に、俺を含めた生徒のほとんどはオロオロと周囲を見回すことしか出来ない。しかし、その中でAのグループだけはなぜか落ち着いている様子だった。
「なあ、これってクラス転移ってやつだよな?」
「ああ、間違いない。昨日、ネットで読んだのと同じ展開だからな」
「ということは、つまり……」
「ああ、次に出てくるのはもちろん、」
Aがみなまで言う前に、そいつは現れた。
宙に浮く美少女。年のころは十代前半といったところか。黄金色の髪をなびかせて、天使を思わせる純白の衣装を身につけている。
「き、君は誰だ? ここがどこか知っているのか? 私たちは一体どうしてこんな場所にいるんだ?」
焦燥のままに、体育教師が矢継ぎ早に少女に質問を投げつける。ただでさえ大きな声がさらに大きくなっていた。
「うるっさい奴じゃのう……今すぐその口を塞いでやってもいいが、わしは寛大じゃからの。冥土の土産に答えてやる。ここは魔界、おぬしらの世界とは違う世界じゃ。そして、おぬしらはわしのために用意された贄であるぞ」
「は?」
かわいらしい見かけとかけ離れた口調や尊大な態度もさることながら、内容があまりにも荒唐無稽すぎた。
「なんだ、それ。ゲームのやり過ぎで頭がおかしくなっちゃったのかな?」
「そうそう、これもきっとドッキリか何かなんだろ? 年上をからかうのもいい加減に……って、あれ?」
「おまえらに発言を許した覚えはないのじゃが?」
血しぶきとともに、少女を馬鹿にした生徒の指がぽとりと地面に落ちる。遅れて絶叫が周囲にこだました。
「黙れ、虫けらどもめ。まったく、近頃の人間は話もろくに聞けないのか。嘆かわしい」
少女の白いドレスが深紅に染まっている。手の甲についた血をペロリと舐める様子はどこか蠱惑的で、怖いはずなのに目を離すことができなかった。
「とはいえ、先ほども言った通りわしは寛大じゃからな。一人じゃ。一人だけ選ばせてやる」
「一人……で良いのですか?」
瞬時に敬語に切り替えた教師が、少女にへこへこと首を下げる。
「うぬ。もちろん、おぬしでもよいぞ?」
「いえいえ、私は一番年上ですし、きっと美味しくありませんよ。ここはやはり若い人間の方が良いのではないでしょうか……なあ、おまえたち」
教師の呼びかけに、その場が水を打ったように静まりかえる。自分だけ助かろうとする教師の態度は許せないが、ここで目立って少女に目をつけられてはたまらない。そんなところだろう。
「おいおい、話しかけられたらすぐに返事をしないと駄目じゃないか?」
「そうじゃな、こやつの言うとおりじゃ。それに、今なら特別に質問に答えてやってもよいぞ?」
「えっと、それでは……」
おずおずと手を上げたのは、成績優秀な委員長でもクラスの人気者でもなく、なぜか自信ありげな顔をしたAだった。
「まず確認したいんですけど、『贄』というのは生け贄のことで間違いありませんよね?」
「うむ、その通りじゃが……なんじゃ、そなたも仲間が犠牲になるのは嫌なクチか? 全員で抵抗するのも勝手じゃが、その時は皆殺しにさせてもらうぞ?」
「いえいえ、滅相もございません。私が気になるのは『贄』以外の処遇です。ちゃんと元の世界に戻してもらえるのでしょうか?」
Aはきっと自分が生け贄になる可能性なんて全く考えていないのだろう。そして、それはきっと他のクラスメイトも同じで……暑くないのに、俺の背中から勢いよく汗が吹き出してきた。
「なるほど、生き残った者の処遇か。もっともな質問じゃな。結論から言えば、元の世界に返すことは出来ん。返すためのマナが足りんからな」
「そんな……」
「そう早合点するな。マナは半年もあれば集めることが出来るじゃろう。その間はこの世界に滞在してもらうことになるが、もちろんただでとは言わんぞ。望むものは何でも与えよう。金でも、女でも、なんでもな……」
血に濡れた唇がゆっくりと弧を描く。少女というにはあまりにも妖艶すぎる笑みに、ざわめきの声がそこかしこから上がった。
「し、質問に答えていただきありがとうございました。おかげさまで、不安がなくなりました……ということで、おまえ、後はよろしくな」
やはりというか何というべきか……醜悪な笑みを浮かべたAやクラスメイトたちに背中を押され、俺は少女の前に一人追い立てられていた。
「ほう、おぬしか? 名はなんと言う?」
「これから死ぬ奴の名前なんて聞いてどうするつもりだ?」
こうなってはもうやけくそだった。「どうせ死ぬのなら……」という気持ちが俺の気を大きくさせていた。しかし、少女はなぜか呆気にとられたような顔になっていた。
「おぬし、わしの話を聞いていなかったのか?」
「え? この中から一人だけ『贄』にするんだろ? 俺は満場一致で、その大役に選ばれたってわけだ。ほら、殺すならはやく殺してくれよ」
「なるほど、そういうことか……うぬ、誠に人間とは度しがたい。すぐ都合の良いように解釈したがる」
「? どういうことだ?」
「こういうことじゃよ」
その場から少女の姿がかき消えたと思った次の瞬間には、そこら中に血しぶきが立ち上がっていた。頭を失った生徒たちが数名、その場にゆっくりと崩れ落ちる。
「な、なんで……『贄』は一人じゃなかったのかよ……」
「そ、そうだ、一人だけ選べって言ってたじゃないか」
仲間の血にまみれた生徒たちが、恐怖に歪んだ顔で少女を見ている。
「あれは一人だけ助かるやつを選ばせてやろうという意味じゃったんだが……そもそも、四十人近く召喚しておいて生け贄が一人だけとかありえないじゃろ」
「本当に馬鹿な奴らじゃのう」と呆れたように呟きながら、少女が流れるように残りの人間の首を撥ねていく。耳を覆いたくなる悲鳴の中で、むせかえるような血のにおいの中で、少女だけが戯れる妖精のように踊っていた。
「ふう、これでよし……と」
ほどなくして出来上がった骸の上に、少女がためらわずに腰を掛ける。黄金の髪も白いドレスも血にまみれ、天使の面影を少しも残していない。微笑みを浮かべた悪魔が、俺を値踏みするように見ていた。
「さて、おぬしの処遇じゃが……まあ、そう怯えるでない。最初に約束したとおり、おぬしを傷つけるような真似はせんよ」
「そ、そんなこと、信じられるわけがない」
「まあ、いきなりで混乱する気持ちは分からんでもないが……とはいえ、これから共同生活をすることになるんじゃから、少しは信用してもらわんと……。いや、やはりここは行動で示すべきか?」
骸の上から降りてきた少女が、血や肉片で汚れた地面を物色しはじめる。そして、傍らに落ちていた生首を拾い、俺に確認するよう促してきた。
「おぬしが望むなら、仲間を一人生き返らせてやってもよいぞ?」
「えっ……い、生き返らせることが出来るのか?」
「まあ、とんでもなく疲れるんじゃが……一人くらいならサービスしてやってもよい。で、どうする? おぬしは誰を生き返らせたい?」
「俺は……」
昔から、いつも選択権は他人にあった。選ばれても、選ばれなくても良いことなんて一つもなかった。でも、それはある意味当たり前のことで……自分で選ばなければ後悔することすら出来はしない。
だから、俺は……
「俺は……誰も選ばない」
「ほう? それは何故じゃ?」
「こいつらはためらいなく俺を切り捨てた。なら、俺にもこいつらを切り捨てる権利があるはずだ」
「ふむ、それは一理あるな。じゃが、これを逃せばこやつらを生き返らせる方法はないぞ? それでも良いのか?」
思えば、これが俺のターニングポイントだったのだろう。人として生きられるための唯一の道だった。生き返らせた人間に疎まれようが蔑まされようが、一人でも助けることが出来たのなら、俺はきっと「人」として生きることが出来ただろう。
だが、俺はそうしなかった。自ら悪魔になることを望んだ。
「俺にこいつらは必要ない」
「ほう? それでは、おぬしは代わりに何を望む?」
「強さを……俺は強くなりたい」
裏切りに傷つかない心が欲しかった。他人を犠牲にすることに罪悪感を感じない心が欲しかった。
「よかろう、わしがその願い叶えてやる。ただし、わしはスパルタじゃからな、せいぜい覚悟しておけよ」
悪魔が慈愛の笑みを浮かべ、こうして契約は成立した。そして、半年後、比類なき強さを手に入れた俺は恐怖の象徴となっていく。
そう、これは俺が魔王になるまでの物語だ。
ぼっちとクラス転移 百鳥 @momotori100
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