ぼっち魔女、森でくらす。〜人間お断りスローライフ〜

一ノ瀬咲

第1話 森に逃げた魔女

 カノンは、人間が嫌いだった。

 正確に言えば、「人間と関わるのが、もう面倒で仕方がない」と思っていた。


 魔法都市サレリオ。かつて彼女が魔女として暮らしていたこの都市は、魔法技術の発展と共に、人の欲と嘘と裏切りが渦巻く場所になっていた。

 助手に研究を盗まれ、親しかった同僚には裏切られ、教会には異端者として指をさされた。魔女として名を上げるほどに、彼女の心は削られていった。


「もう、いいでしょ……」


 誰に向けるでもない独り言を呟きながら、彼女は一人、森へと向かった。




 


 エルデンの森。

 都市から南へ二日、誰も近づかないとされる深い森。理由はさまざまだ。「魔物が出る」「精霊の怒りが眠っている」「道に迷うと二度と帰れない」……だが、魔女であるカノンにとっては、どれも大した問題ではない。


「このあたりなら……いいわね」


 大きな古代樹の根元に立ち、カノンは指先を振った。

 青白い魔法陣が空中に浮かび、風がざわめいた。すると、瞬く間に木々が整えられ、石が地面に組まれ、ログハウスのような小屋が完成する。


「ふぅ……我ながら便利ね。生活魔法、バカにできないわ」


 彼女は肩にかけていた革製のカバンを下ろし、扉を押して中に入った。

 中にはすでに棚やキッチン、暖炉が整っており、カーテンまで揺れていた。魔法で一括設計しておいた“快適仕様”だ。


 カノンはため息をひとつ吐いて、椅子に腰を下ろす。


「これで……やっと、ひとりになれる」


 炎の音だけが響く静かな室内。外の喧騒も、人の声もない。


 彼女の顔に、ようやく安堵の色が浮かんだ。


 


***


 


 翌朝。


 カノンは早起きして、森を歩き回った。

 薬草の場所を確認し、食べられる木の実を集め、水場を見つける。途中、毛むくじゃらのウサギのような魔物が現れたが、彼女の威圧だけで逃げていった。


「ふん……生き物の方が礼儀正しいじゃない」


 木の枝を拾い、山小屋に戻ると、焚き火を起こし、鉄鍋にパン生地を入れて焼いた。

 薪の匂いとパンの香りが混じり、森にほのかな温もりをもたらす。


 朝食を終えたカノンは、テラスに腰掛け、紅茶をすすった。


 その時――


 バサッ!


 何かが屋根に落ちた音がした。

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