二重目の民(ふたえめのたみ)

加賀倉 創作【FÅ¢(¡<i)TΛ§】

一つ目

 〈覚醒世界〉にて。

「戦争なんてり懲りだ!」

「お願いだ……愚かな争いは、もう、やめないか?」

 決してなくならない、戦争。今日もどこかで、人間は殺し合う。


 しかし、人類の生来の宿痾しゅくあとも呼ぶべきそれは、ある時ピタリと止んだ。


 とある科学者が、大発見と大発明をしたのだった。

「私は、世界から戦争をなくす画期的な方法を思いつきました——」

 魅力的な話だが、にわかに信じ難い。

「——私は睡眠中に、〈睡眠世界〉なるものを見つけました。信じられないかもしれませんが、睡眠時に我々は、世界とは別な世界に存在することができます——」

 話の飛躍が激しい。やはり胡散臭くなってきた。そんなことを、どうやって?

「——そう、この私の大発明、〈二重ふたえまなこ〉を使えば、です——」

 天才科学者は、その目玉を模した品を握りながら、誇らしげに言う。

「——みなさんには、この〈二重ふたえまなこ〉を、寝る時はいつも、枕元に置いていただく。それだけで構いません。まだ世界の住人はもう一人の私一人だけ。みなさん、ぜひ私に続いてください。そうすれば世界から戦争はなくなりますから——」

 で、その発明と戦争撲滅が、いかにして結びつくのか?

「——方法は次の通りです。まず、世界で、全ての戦争を禁じます。国際法として、戦争禁止法を制定します。そして、代わりに戦争は、世界、すなわち〈睡眠世界〉で行います。〈睡眠世界〉では、戦争禁止法はなく、国際法上戦争は合法としますから、争いたいなら思う存分、そちらでやればいいのです——」

 ほう。なら記憶はどうなる? こちらとあちら、二つの世界をまたいで、引き継がれるのか、同期されるのか?

「——記憶の所在については、どうか心配なさらないでください。〈二重ふたえまなこ〉は、二世界間での記憶の同期する/しないを任意で選択可能な装置ですので。各国の最高指揮官たる首脳のみが記憶を同期し、もしこの〈睡眠世界〉で揉め事が起こりそうな時は、戦術シミュレーションゲームをするような感覚で、〈睡眠世界〉で戦争をしてもらいます。我々は、あちらでの勝敗を聞いて、あちらで決まった戦後処理に事務的に従う。当然〈睡眠世界〉には〈睡眠世界〉の一般市民みなさんが存在しますが、惨たらしい記憶は、あちら側のみなさまに被ってもらうのみです」


 戦争に疲弊し辟易へきえきした人々は、〈二重ふたえまなこ〉をと受け入れた。もちろん、二世界間で記憶を同期せずに。


 戦争は、消えた。

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