第二章∶五節 太陽を背に
「バラカ、明日の策はあるのか?」
村長アムルの家で炉の炎に照らされたザウリは言った。 マシリとアムルもバラカを見つめる。
「明日、俺は太陽を背に座って話す。ザウリとマシリは炉の左右に座るんだ。使者は俺の正面に座らせる。」
「太陽を背に…」
三人は口を揃えた。 続けてアムルは問う。
「俺はどうすれば良いんだ?」
「アムルは昼前に使者を連れてきてくれ。俺の事は正直にサルナプからの使いの者と紹介してくれれば良い。上エジプトの使者だ。サルナプの事は知っているだろうが、もし知らなければナブタプラヤで一番大きな村だと伝えれば良い。対面の場は客人用の家を用意してくれ。」
「集会所でなくて良いのか?」
「広くなくて良い。家で充分だ。使者が入ったら護衛は入口の中に入れて戸は締めるんだ。」
「俺はどこに座る?」
「俺の横にいてくれ。」
「分かった。それからどうする?」
アムルが尋ねた後、三人はバラカを見つめる。 間をおいてから
「後は俺に任せてくれ。お前達は動揺することなくただ話を聞いていてくれれば良い。」
とだけバラカは言った。 三人は同時に頷いた。バラカに対する信頼はこれ以降の言葉を必要としなかった。
「では、寝るとしようか。あ、それからアムル。明日の対面が上手く運んでも運ばなくても、明後日あたりに使者に合う時は俺が使者に対して良い印象を抱いたと伝えるんだ。」
その言葉で三人の張り詰めた空気が少し和んだ。明日バラカがどの様な形で話を進めるのか理解出来たのである。
月明かりの下で虫達が鳴いている。 村の外では、簡易小屋に眠る護衛達のいびきが響いていた。
翌朝、バラカとザウリ、マシリは紅花畑にいた。 昨晩長老が言っていた見事な花を咲かせる発見が気になったのだ。 まだ朝もやの漂う紅花畑は、柔らかな甘い香りを匂わせ花は開き始めている。 その向こうにソルガム畑が静かに佇んでいた。
「原野の木々が枯れ始める中でここまで見事に咲き乱れるのは不思議だ。」
バラカは呟く。 ザウリとマシリは深く頷いた。 この頃から、農業における独自の発見は村ごとに門外不出とされていた。 それがヌエベの交易力として機能しているのだ。 同胞であってもその秘密を共有する事は簡単ではないと思われた。 バラカはしゃがんで土を手に取りよく調べたが、サルナプのソルガム畑と何ら変わりはなく、堆肥のニオイがほのかにするだけだった。
「ソルガム畑の方にも行ってみるか。」
バラカはそっと土を戻し歩き始めた。 すると、ソルガム畑の側に剥いた皮が積み上げられており、マシリはそれを見て言った。
「そういえば、ヌエベの人間がサクタラからソルガムの皮を大量に持って行ってるな。詳しくは知らんが俺達はヌエベの為にいつも皮を集めておくんだ。」
「ほう…それは何かありそうだな。見ろ。ソルガムの実もこんなに太い。」
バラカがソルガムの実を撫でた丁度その時、長老マルカムがやってきた。
「どうじゃ?見事に実っておるじゃろう?」
「ああ、見事だ。」
四人は暫しソルガム畑を眺めていた。 マルカムは三人をまた紅花畑に連れて行き、花を愛でている。 その後ろ姿にバラカは言った。
「ところでマルカム、昨日言っていた紅花栽培の秘密は明かせない物なのか?」
マルカムは振り返り微笑みを浮かべ、バラカへ言った。
「わしらは同胞じゃ。必要とあらばいつでも教えよう。タリナムは既にその技術によって、我らと紅花交易網を築いておる。しかし、この技術が広まれば、上エジプトからの価値が下がりわしらの首を絞めることになるのは明らかじゃ。それがあまり口外しない理由じゃ。」
「そうか。それは何よりだ。サルナプではまだ紅花栽培はしなくとも充分な交易を保っていられる。しかし、サクタラは今後必要になる可能性があるな。」
バラカがそう言うとマシリは深く頷き、マルカムへ言った。
「俺達にもその技術を教えてくれないか?」
「うむ、いい機会じゃ。サクタラも今後必要になる時がくるじゃろう。」
マルカムは少し歩き止まると三人に顔を向け告げた。
「それはな…灰じゃ。」
「灰!?」
三人は驚き同時に声を浴びせた。 マルカムは続ける。
「そうじゃ、この紅花畑を作る前、ここは土器を焼く場所じゃった。なぜかわしらは最初から他所の紅花とは違う見事な花を作り出す事が出来たのじゃ。何年にも渡り土器を焼き続けたこの土が、何か影響を与えておるとしか考えられなかったのじゃ。」
「その頃ソルガムは年を追う毎に痩せ始めておったから、試しに土を耕す際に灰を混ぜてみたんじゃ。すると、その年のソルガムは実りを取り戻した。」
そう言い終えると四人に束の間の沈黙が訪れる。
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