第一章∶三節 太陽と心臓

時を告げる牛の角笛が三度鋭く鳴り響いく。

村人はまた足踏みを始め、回転と共に踊り始めた。


カカセオは身をひるがえし、天の鏡に向かってほこかまえる。

その瞬間、胸の奥で何かが震えた。祖先たちも、こうして世界の再生を祈ってきたのだ。

己の身体が、歴史の中のひとつの流れとなるのを感じる。


村人の足踏みによって紡ぎ出されたリズムに乗って軽やかに宙に舞い、大地を踏みしめる。

今度は頭上でほこを構え止まる。宙を舞う。大地を踏みしめる。

左右にほこを振り回し、また宙を舞い大地を踏みしめる。


その横でアナシラは村人と足踏みに合わせて大地を踏みしめている。


村人の中から六人の屈強な男達が、綱を持ってストーンサークルの中へ入ってきた。

男達はうやうやしく、雄牛おうしの両足に綱を結びつけ、その両端をしっかりと自らの体に巻きつけた。

石柱から雄牛おうしを解き、二股の木の前に連れていく。

二人の男は角を優しく掴み、二股の木の間に雄牛おうしの顔をいざなう。

挟まれた雄牛おうしに抵抗はなかった。

二人は横たわる丸太を両方から持ち上げ、挟まれた首の上にかかげ、均等に力を込めて落としていった…


雄牛は一瞬暴れようとしたが、四本の足に繋がれた綱がしっかりと大地に踏みしめられている。

丸太を落とし、締めつける二人は苦悶くもんに似た表情に汗を流す。


村人に加わって回っていたセトゥは、牛の首が二股の木に挟まれるのを見たとき、心臓が跳ねた。

この牛は、幼い頃から共に過ごした仲間だった。だが今、その命を天に捧げねばならない。

喉の奥が詰まりそうになりながらも、セトゥは拳を握り、大地を踏みしめた。



ほんの数秒で、雄牛の魂は抜け、静かにその場に崩れ落ちた。


村人達の歌は悲しみを帯びながらも止まることは無い。

カカセオの舞は天にその魂を誘うように激しさを増す。



男達は雄牛をそっと運び、石柱の前に横たえると、今度は雌牛めうしへ歩み寄り、同じ様に魂を抜いた。


石柱の前の二頭の牛に苦しみの表情はなく、いつものように優しい面持ちであった。


カカセオは一心不乱にほこを振り、まいを繰り返す。ほこを振るうたび、風がカカセオの頬を撫でた。まるで、祖先たちが見守っているかのようだった。


村人の歌は激しさを増す。

アナシラは大地を踏みしめながら、両手を空にかかげた。


どうか、この二頭の魂が迷うことなくミカ・ナ・サムに導かれますように…

どうか、私達が愛する牛を太陽が受け取ってくれますように…


村人のかなしみは足踏みとなって大地の奥底へ響き渡る。土埃と共に歌に乗った祈りは空へ昇る。人々の回転によって創造された螺旋らせんの柱は二頭の魂を天に送った。


一人の男が、大きな黒曜石のナイフを手に取り、亡骸なきがらとなった黒い雄牛の首に赤い線を引いていく。

吹き出した赤い血は大地へ流れ、土へと帰る。


それから、雄牛の黒い腹を裂き心臓を取り出す。

両手で心臓を抱え、太陽に捧げるように持ち上げ、大きな黒曜石の皿へ移す。


雌牛にも同じ様にほどこし、大きな黒曜石の皿には二つの心臓が並べられ、二列の石柱の間に納められた。

天の鏡も静かにあかつきの太陽に染まっている。

村人の踊りと歌、カカセオのまいの中で黙々と解体は進められていく。


全ての解体が終わった頃、また時を告げる牛の角笛が鳴り響く。

鳥達は一斉に飛び立った。

その音は草原を越え、牛達が草を喰む湿地の中に溶けていく。

その傍らにソルガムの畑が風にそよいでいた。


カカセオは呆然となり、立ち尽くす、

人々はまた揺れながらチャントを歌いはじめた。


祈りと哀しみが交差するように、柔らかな時間がただ流れていく。


村人は一人、また一人と輪からはなれ、夏至におけるあかつきの儀式はこれをもって終焉しゅうえんを迎えた。

黒曜石の皿の上で二つの心臓が太陽に照らされていた。

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