第18話 SS あなたの町の魔道具屋♪ ~バロンとエヴァン~

「おい。」

 アレキサンダーとイアンを置いて食堂を出たバロンがエヴァンに声をかけた。

 ルンルンとスキップするように歩くエヴァンが背負う大きなリュックから、ガシャガシャ、キューキュー、ポムポムとわけの分からない音が漏れ聞こえる。

 聞こえていないのか、くるりと回るとピュンピュンと跳ねながら先を行く。

 ――おいおい、またイアンが変わったもんを拾ってきたな。


「はいはい、止まってー。」

 離れてゆくエヴァンの両脇に腕を差し込み、後ろからその小さな体を持ち上げた。

「うおほっ!」

 いきなりに宙に浮き驚いたエヴァンが奇妙な声をあげる。

 くるりと向きを変え前を向かせると、バロンは何かを探るようにエヴァンの顔をじっと見つめた。


「前にどっかで会わなかったか?」

 何となく見覚えのあるふわふわの明るい茶髪がなぜか気になり、バロンが尋ねた。


「う~ん、もしかしたら会っているかもしれませんねぇ。ロッドスチュワード家のご当主様には御贔屓にしていただいてますので~」

 宙に浮いた足をプラプラさせたまま、にぱっと大きく笑顔を見せてエヴァンが答える。


「うちの親父が?」

 エヴァンを降ろすと、皴になったままのシャツを引っ張って直してやる。

 ――子供みたいだな。

 両腕をあげてされるがままのエヴァンに苦笑する。


「あなたの町の魔道具屋、屋号はアルドランと申します。日用品から贈答品、人に言えないあんなことからこんなこと、何でもござれの魔道具屋、どうぞご贔屓に~♪」

 突如、エヴァンが弾むような声で口上を述べた。


「アルドラン・・・。あぁ、そうだ。たしかに子供のころに訪れた記憶がある。」


 注文しておいた品ができあがったからと、父が市井に出かけると言った朝を、アレキサンダーはよく覚えている。届けさせればいいものを、自ら引き取りに行くというので無理を言って同行させてもらったのだ。

 馬車を町の入口で待たせ、侯爵とバロンは普段の装いとは異なる、平民に寄せた服装に身を包み通りを歩いていく。護衛のひとりが家族に扮し行動を共にする。周りをきょろきょろとしながら歩いていくと、あちらこちらからストリートフードの美味しそうな匂いが鼻をくすぐった。

 ある店の前で歩みを止めると、「バロン、少し待てるか?」そう言って侯爵は一人で店に入っていってしまった。待っている間に護衛と食べた串焼きがとんでもなく美味しかった。

 しばらくして侯爵が店から出てきた。バロンより少し小柄な茶髪の少年がぺこりとお辞儀をしている。顔をあげた少年は幸せなクォッカのような満面の笑みを浮かべていた。


 馬車に戻った侯爵が、手の平ほどの小さな木の箱をバロンに手渡した。

「少し早いがお前に10歳の誕生日プレゼントだ。」

 父に手渡されたその箱は、繊細で美しい装飾が彫り込まれ、バロンの手の中できらきらと光を放ち始めた。金色からグリーン、ブルー、オレンジ、ピンク、パープル・・・光が次から次へと色を変化させ、やがて落ちついた濃いブルーの光が馬車の天井をてらし、全体に散らばる小さな星がちらちらと輝きながらゆっくりと回転した。箱からはゆったりとした美しいメロディーが心地よく流れている。

「眠れない夜はこいつがお前を守ってくれるだろう。」

 侯爵が優しく微笑んだ。

 今もその小さな箱はバロンのベッドサイドに大切に置かれている。


 ――あぁ、あの明るい茶髪の少年か。

「星空を映し出すミュージックボックス。あれより美しい魔道具に俺はまだ出会っていない。お前の店で作られたものだったんだな。店主は健在か?」

「はい、それはもう。この通り。」

 エヴァンが両腕を広げ、にぱっと笑う。


 ――んんっ?

「店主ってお前か?」

 驚きで思わず声が大きくなる。

「そうですよ~、親父は僕が5歳の時に流行り病でぽっくり。続いて母も。」

 やれやれといった表情でエヴァンが言う。

「じゃあ、あの箱を作ったのは・・・」

「僕ですねぇ~」


 ――天才には奇人変人が多いと聞くが、こいつはまさに…!

 予測不可能な天才魔道具職人。バロンは退屈な学園生活が俄然楽しみになった。

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初恋をこじらせた殿下の溺愛日記 @fatimah0522

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