第8話 番外編SS とあるドラゴンの一日

かつて深い傷を負った幼い竜は、10年の時を経て立派なドラゴンへと成長した。馬車ほどの体は決して大きいほうではないが、ほかの竜とは異なる特徴を持っていた。

古文書に描かれる古代竜のみが持つ純白の鱗が全身を覆い、固い背びれではなくふさふさとした長いたてがみが首元からしっぽの先まで続いている。翼を広げて空を回遊する姿は実に優雅だ。深紅の瞳は感情によって黒や緑、ときにはゴールドへと変化する。

“純白のブランシェ”、アレクの召喚竜だ。


 ブランシェは不機嫌だった。

「おとなしく待っていてくれ、親友。すぐに戻る。」

そう言って出かけたまま、アレクもイアンも昼をとっくに過ぎたというのに戻ってこない。別邸の庭で体を丸め退屈な時間を持て余していると、いつもの妖精3人組が姿を現した。


「あれ?ブランシェだけ?」

「アレクいな~い」

「イアンもいな~い」

「「「つまんな~い」」」


 赤ちゃんの掌ほどの彼らが、ふわりふわりと空中を飛び回りながらキャッキャと声をあげる。透き通った虹色の羽が揺れるたびにキラキラと粉が舞い、辺りの草花が心なしか顔を上げる。退屈だと文句を言いながらも、かくれんぼをしたりブランシェの体の上を滑り台にしたりと忙しそうだ。

ブランシェはぶるぶるっと体を震わせると大きく伸びをした。いきなり振り落とされた妖精たちが何やら騒いでいるが知ったことではない。翼を大きく広げ一気に空に舞い上がる。

別邸の上空をくるりとひと回りし王宮の中心へ向かうと、そのままゆっくりと高度を下げ魔道管理棟の窓を覗く。

――ここにもいないか。


「あれれ?ブランシェ?こんなところで何をしているんだい?」

気づいたのはイアンの父であり魔導士長を務めるバラク・スタンフィールドだ。

いきなり窓を開けたため、局内のデスクに山と詰まれた書類が風で舞い上がる。


「あーあー、何やってるんですか。」

若い局員たちが舞い散る書類に必死に手を伸ばしあたふたと走り回る。

「すまんすまん。大切な客人がいらっしゃったのでな。」

そういってブランシェにウィンクを寄こした。


――相変わらずウィンクだけは完璧だな。

ブランシェも左目を軽く閉じてウィンクを返す。

気分を良くしたブランシェは自分の鱗をひとつ口に咥えると、バラクに放った。


「いいのかい?大切に使わせてもらうよ。」

バラクはその鱗を大事そうに胸に抱えると、片方の手でブランシェの鼻先を優しく撫でた。


ドラゴンの鱗は魔導士にとって貴重なアイテムだ。様々な魔道具を生み出し強力なポーションの材料にもなる。ましてや古代竜の鱗となると、その希少価値は張り知れない。

古代竜が滅びた原因が鱗をめぐる乱獲ではないかといわれるのもうなずける。

欲しいと言われればもっとくれてやることもできるが、バラクがそういった類の人間でないことをブランシェも理解している。無理に渡せばこの心地よい関係も壊れてしまうだろう。

気まぐれに1枚、それくらいがちょうどいい。

キュルキュルと喉を鳴らして、その手に鼻先をこすりつけるとゆっくりと瞬きをする。ブランシェなりの“行ってきます”の合図だ。


高く舞い上がり旋回すると、王宮に向かう馬車が見えた。王家の紋章と隣を走るバロン。

――アレクたちだ。

地面すれすれまで一気に高度を落として馬車に近づくと小窓が開き、アレクとイアンが顔をのぞかせた。


「ブランシェ、俺の親友。迎えに来てくれたのかい?」

「ブランシェ、かわいい子。ひとりにしてごめん。」


 主人のアレクは事あるごとにブランシェを’親友“と呼ぶ。本来ならば召喚竜は必要な時だけ魔法で呼び出せばよいものだが、アレクはそれを望まなかった。ブランシェはあくまでも”友だち“であり、召喚して使役するような関係は自分たちにふさわしくないと。それでも今こうして召喚竜兼親友でいられるのは、イアンの父、バラク・スタンフィールドの説得があったからだ。

所有者のいない魔獣は密猟者に狙われることも多く、ましてやブランシェは古代竜のおそらく唯一の生き残りだ。狙う者も当然多い。ブランシェを守るためにはアレクの召喚竜として登録し、王国所有の魔獣として認知させることが良策だと。ブランシェに害を及ぼそうものなら、それは王家に喧嘩を売ったとみなされても当然だ。うかつに手を出す者はいないだろう。

かれはまた、召喚竜との関係は主人であるアレクが決めればいい、親友としてそばに置いたとて誰も文句は言わないし、私が言わせない、と誓ってくれたのだった。

当時まだ8歳のアレクにとって魔導士長の言葉はなんとも頼もしかった。


 ブランシェの瞳が深紅から喜びのグリーンに変わり、チッチッチと舌を鳴らす。ブランシェなりの“おかえり”の合図だ。


 ゆっくりと馬車を先導しながら未来に思いをはせる。

アレクとイアンの子供たちを背に乗せて森を歩く。その先にはピクニックシートを広げた2人が笑顔で待っているだろう。


――イアンにはたくさん卵を産んでもらわなければな。


 古代竜が望んでいるのだ。

純白のブランシェが望む未来は、あながち勘違いではないのかもしれない。

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