第2話 愛と希望と不安と嫉妬②

 ケンドリック王立学院。

 王宮から近いシータと呼ばれる街の中心に建てられた学院は、1300年の歴史を持つ。以前は貴族の子息令嬢のみが通う学院として知られていたが、前国王の代から入学試験制度が設けられ、能力の高い平民には奨学金が与えられ実質無償で通うことができるようになった。これにより、貴族の身分に胡坐をかいたバカ息子バカ娘たちは排除され、代わりに入学してきた優秀な人材を卒業後には王宮が確保できるようになった。

 貴族からの反発は当然あったが、ノブレス・オブリージュの精神を忘れなければ領民からの支持と王国の発展の恩恵を受けることができ、尚且つ優秀な後継ぎが育つのだから、結果ウィンウィンだろう。

 広大な敷地内には校舎のほかに剣闘場や舞踏会場、魔法実験場が立ち並び、ところどころに設置されたガーデンテーブルやベンチで学生たちがくつろいでいる。

 イアンの目が好奇心できらきらと輝くのをアレキサンダーは複雑な表情で見つめていた。


 2人が学院を訪れたのは今日が初めてではない。入学を決めてすぐに見学に訪れた際も同じように、イアンの紫の大きな瞳がこぼれそうなくらい見開かれ、目に映るすべてを吸い込んでしまいそうだった。すれ違った何人かの学生がその愛くるしい姿に思わず頬を緩めるのを、アレキサンダーは見逃してはいない。


 ――あいつらの顔は記憶したが、念のため近づかないようにマークしておくか。


 こっそりと追跡魔法をかけると。彼らの右肩がアレキサンダーにしか見えない青白い光をうっすらと放ち始めた。不埒な輩がイアンの半径3メートル以内に近づけば直ちに察知できる。これで入学後も安心だと思ったのもつかの間、イアンの愛くるしさは行く先々で注目を集め(実際はアレキサンダーの美貌も注目の的だったのだが)、学校見学を終えるころにはかけまくった追跡魔法が放つ光は何の意味も持たなくなり、その日は結局しぶしぶ魔法を解いて帰路についたのだった。



 無事に入学式を終えると、3人もほかの学生たちとともに割り当てられたクラスルームへと移動する。事前にアレキサンダーが根回しをしたのだろう。当然のように3人とも同じクラスだが、何も疑わないイアンは「みんな一緒でよかったね。」と嬉しそうに目を細める。

 アレキサンダーにとってはバロンが邪魔だが、王令で護衛騎士に任命されている以上は仕方がない。バロンを横目で見ながら小さく舌打ちをする。

 教室にはすでに何人かの生徒があいさつを交わしながら談笑を始めていた。


 ――友達何人できるかな。

 教室の入口に立つと、興奮を隠しきれないイアンの全身からふわっと花の香りが沸き立たった。


 ――あっ、駄目だ•••

 アレキサンダーはイアンを後ろからぎゅっと抱きしめると、一歩も動けないように更に力を込める。


「アレク、ねぇ歩きにくいってば。」

 イアンのうなじに顔を押し付けたまま動かない銀色の大型犬を後ろ手でなだめながら、仕方なくずるずると引きずって教室に入ると、一斉に視線が集まった。


「えっと、ごきげんよう?」

 ちょこんと首をかしげて恥ずかしそうに挨拶をすると、教室のあちらこちらから「かわいい・・・」とつぶやきが漏れる。

 その声に反応するように禍々しいオーラが背後から放たれ、教室の空気が一瞬にして凍り付いた。


「威嚇すんな、バカ。」

 バロンがアレキサンダーの後頭部をひっぱたく。

「痛って。なぁ、俺言ったよな、無理だって。ほら見ろ。ここは危険だ。帰るぞ!」

 アレキサンダーは低く唸り声をあげると、イアンの腕を引っ張って教室から連れ出そうとする。


「こーら、アレク。恥ずかしがってないでみんなに挨拶するよ。」アレキサンダーの態度を人見知りだと信じて疑わないイアンが優しく言う。

「うっ・・・でも・・・」

「でもじゃないよね、約束したはずだよ。僕たち友達100人作るって。頑張ろ、ね。」

 イアンが両手でアレキサンダーの手を握り教室へと引っ張ってくる。


「かっこつかねぇな、王子さま。」

 からかうバロンの言葉を聞いた生徒たちに動揺が走る。 

 小柄な少年に手を引かれながら教室に入ってきた人見知り銀髪ニキは、紛れもなくこの国の第3王子だ。


 ――えっ。殿下。本物?

 ――なんで王子がこのクラスに?

 ――なんでタメぐち?ありなの?

 ――で。このかわいこちゃんは誰?


 声にならないクエスチョンマークがクラスルームを埋め尽くすのを感じて、イアンとバロンは顔を見合わせ苦笑いを浮かべる。アレキサンダーはイアンの手を握りなおすと、不機嫌な顔でそっぽを向いた。


「はーい。みなさん席について。」

 パンパンと手を叩きながらクラスを担当するマクラーレン教授が入ってきた。

 情報処理が追い付かず呆然としていた生徒たちが、はじかれたように空いている席へと移動を始めると、イアンたちも近くの空いた席に並んで腰を下ろした。HRが始まっても生徒たちのちらちらと様子をうかがうような視線が気になり、アレキサンダーは机に突っ伏した。

「アレク、大丈夫?どうしてほしい?」

 イアンの優しい囁き声が耳に響くと体の中心がじわっと熱くなるのを感じた。

「頭、、、」

「んっ?」

「撫でてほしい。」

 小さな声で絞り出すようつぶやくと、イアンの手がゆっくりとアレキサンダーの頭を撫で始め、気持ちを落ち着かせるチャントと共に体に流れ込んでくる。


 昏い部分を押し流すような清らかで温かいイアンの魔法に抵抗するように、アレキサンダーは感情を持て余して泣きたくなった。

 ――お前が目を向けるすべてが嫌いだ。お前に向けられる視線も何もかも。ごめん。お前の楽しむ顔が見たいのに素直に喜べない。

 思わずこぼれた涙を袖に押し付けて隠すように拭き、何とかHRをやり過ごした。

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