初恋をこじらせた殿下の溺愛日記

@fatimah0522

第1話 愛と希望と不安と嫉妬①

  「はぁ…」

 周囲の木々から鳥が飛び立つほどの大きなため息をつきながら、アレキサンダー・ヨハネス・カルデロイは前を歩くひと回り小さな体を両腕で包む。

 うなじに頭を埋めてグリグリすると、「アレク?大丈夫だよ。僕もバロンも一緒だから。」と、コロコロと鈴のなるような軽やかな声が耳をくすぐった。

 肩越しに頭をポンポンと撫でられて、思わず身体が熱くなる。自分を誤魔化すように頭を振ると抱きしめた腕を少し緩めた。


「お前さぁ、いい加減にしろよ。イアンだって困るだろ。せっかくの学園生活だってのに友達のひとりも作れやしない。」

「黙れバロン、話しかけんな、イアンの耳が汚れる。」

 アレキサンダーのブルーサファイアの瞳が正面に立つ赤毛の青年を睨みつける。

「アレク、友達にそういうこと言っちゃダメでしょ。僕たちただでさえ友達少ないんだからね。」

 イアンが体を反転させて、アレクの頬を両手で挟むと諭すように言った。アレクと呼ばれた青年は叱られた大型犬が主人を見るようにイアンをじっと見つめ返す。

 ――真面目な顔もくそ可愛いな。


「ほら、急がなきゃ。入学式に遅れちゃう。」イアンが走り出した。

「ははっ、怒られてやんの。ざまあねぇな。」

「うるさい。ついてくんな。」

「は?」

 バロンの軽口に噛みつきながら、軽やかに前を走るイアンの背中に心の中で語りかける

 ――あぁ、きっと誰もがお前に夢中になる。やはり閉じ込めておくべきだったか。


 イアン・カラット・ステップフィールド16歳。

 くるくると表情を変える好奇心の塊のような丸くおおきな紫の瞳は今にも零れ落ちそうだ。

 形の良い丸い頭に艶々とした濃紫色の髪が上質のベルベットのように輝いている。

 父親は37歳という若さで王宮の魔導士長を務めるバラク・ステップフィールド。魔導士エリートと目されるもその有り余る魔力の暴走を危険視され、子供のころから監視対象として王宮内の魔法管理塔での暮らしを余儀なくされてきた。そんなイアンにとって、同年代が多く通う学校はずっと憧れの場所だ。


 彼にぴったり寄り添って、あざとく甘えながらも、イアンに近づくものすべてを威嚇し倒す青い瞳の青年は、アレキサンダー・ヨハネス・カルデロイ。

 先月17歳の誕生日を迎えた、ここカルデロイ王国の第3王子だ。王子といってもすでに継承権は放棄しているため気楽なものだ、と本人は思っている。均整の取れた長身の体躯に銀色の髪が腰まで伸びて動くたびにシャラシャラと揺れる。初めてイアンに出会った10年前のあの日、綺麗な髪だね、と撫でてもらったことが嬉しくて、以来ずっと伸ばし続けている。イアンの前では人見知りを拗らせた甘えんぼを演じているが、ドロドロの欲望に日々飲み込まれそうになっている。


 そんな執着心の塊のような男の本性を知る唯一の存在で、第3とはいえ一国の王子にタメ口を叩くのがバロン・ロッドスチュワード。

 燃えるような赤髪は短く切りそろえられ、意志の強そうな眉と瞳を際立たせている。すらっと伸びた手足に無駄のない筋肉、真っ白な歯を大胆にのぞかせた笑顔についふらふらと惹きつけられるのは女性に限ったことではないが、いかんせん口が悪い。侯爵家の次男でありアレキサンダーのお目付け役兼護衛騎士見習いとなっているが、アレキサンダーのイアンに対する暴走を食い止めようと日々奮闘した結果、相手が王族であろうと暴言を吐かざる負えなくなったのだろう。


 アレキサンダーとイアンはそれぞれ王宮と王宮内魔法管理局という特殊な環境で教育を受けてきたため、知識は遥かに標準を超えている。そんな2人があえてここ、ケンドリック王立学院に籍を置くことになったのは、イアンの希望を叶えるためだ。


 半年ほど前にお忍びで城下の祭りに出かけた2人は食べ歩きを楽しんでいた。普段の王宮では食べられないB級グルメ屋台をはしごしながらイアンとのデート気分を味わっていると、近くを歩く5,6人の学生の会話が聞こえてきた。


「今日の剣術のクラスきつかったな。」

「あん?お前が遅刻してきたからだろ。なんだよ連帯責任って。」

「マジでだるいわ。」

「明日の筋肉痛やばそう。」

「悪かったって。串焼きおごるからゆるして。」


 その様子を興味深そうに観察するイアンにアレキサンダーは気づいていたが、同時に湧き上がるじりじりとした感情に蓋をするように目をそらした。

 王宮への帰り道、迎えの馬車の中でイアンはじっと何かを考えていた。魔導士の性質ゆえか、イアンの元来持ち合わせた研究者気質ゆえか、一旦考え事を始めると自分の世界に入り込んでしまう。幼馴染のそんな性格をよく知るアレキサンダーは、一抹の不安を覚えながらも思考の邪魔はしない。

 王宮へ着くと、2人はアレキサンダーの父であるカルデロイ国王とイアンの父、バラク魔導士長とのもとへ報告を兼ねて挨拶に出向いた。


「父さん、一つお願いがあるのですが。」

 イアンの願い。それは同世代の通う学校で普通の学生生活を送ってみたいということだった。

「お前も来月でもう16歳か。魔力のコントロールも申し分ないし、まぁ、人を知らなければ魔法も持ち腐れてしまうからな。うん、いい機会かもしれないね。」

 パァっと顔を輝かすイアンをさみしげに見つめるアレキサンダー。そんな息子の様子に気付いたのか、カルデロイ国王が口を開く。

「アレキサンダー、お前はどうする?」


 王族が一般の学生と机を並べるという前例が存在しなかったため、思ってもみなかった父からの問いかけにアレキサンダーの目が大きく見開かれた。

「せっかくのいい機会だ。一国の王子がいつまでも人見知りでは困る。たしかロッドスチュワード侯爵家の次男がケンドリック王立学院に通うといっていたな。学生の大半は貴族だが成績優秀な平民の学生も多くいると聞く。経験を積んで見分と人脈を広げるのも大切だとは思わないか?」


 こうして2人は学校という新たな環境へ一歩を踏み出すこととなった。

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