第2話 彩花のスケッチ
「Midnight Groove」の扉が軋む今夜、繁華街のネオンは雨に滲む。ライブバーのカウンターには琥珀色のボトルが並び、ジャズの音色が湿った空気を震わせる。大輔の逝去から一週間、店内には静かな哀しみが漂う。
店主のリョウ、40代の無精ひげの男は、グラスを磨きながら客を見渡す。元ギタリストの彼の目には、過去の夢の欠片が宿る。カウンターの奥には大輔のサックスとモノクロ写真——若いリョウと大輔がステージで笑う姿。リョウの視線は、時折そこに吸い寄せられる。
常連の彩花、30代のイラストレーターは、いつもの席でジントニックを傾ける。スケッチブックには、大輔の「Farewell Blues」をなぞった絵。だが今夜、彼女の目は曇る。「彩花、元気ないな」とリョウが言うと、彼女は小さく笑い、「…絵が、止まっちゃって」と呟く。彼女の手は震え、ペンが紙に触れない。
ステージでは、悠斗がギターを爪弾く。20歳の青年は、大輔の音に憧れ、毎夜通うようになった。拙いコードだが、魂が弦に宿る。客席のサラリーマンやアーティストたちは拍手を送り、悠斗は照れ笑い。「大輔さんみたいにはなれないけど、頑張りますよ」。その言葉に、彩花の目が一瞬光る。
リョウが彩花のスケッチブックに目をやる。そこには大輔のサックスを吹く姿、客たちの笑顔、そして一枚——若いリョウと大輔がステージで演奏する絵。彩花が囁く。「リョウさん、いつもこの写真見てるよね。私、知ってる。あなたがギターを置いた理由」。リョウの手が止まり、グラスがカチリと鳴る。
20年前、リョウと大輔は音楽で世界を変えると誓った。だが、リョウのミスでバンドは解散。大輔は音楽を続け、リョウはギターを捨て、バーを始めた。「過去はいい。客に酒を出す。それで十分だ」とリョウは目を逸らす。
彩花はスケッチブックを差し出し、声を震わせる。「私、大輔さんの娘なの」。店内が静まり、悠斗のギターが止まる。彼女は続ける。「父はいつもリョウさんのギターを恋しがってた。私、このバーに来て、父の音とあなたの過去を絵で残したかった。…でも、父はもういない」。涙がスケッチを濡らす。
リョウは息を呑む。彩花の絵は、大輔の魂そのものだった。悠斗が言う。「リョウさん、弾いてよ。大輔さんのために」。客たちが頷き、グラスを掲げる。リョウは迷い、カウンターのサックスを見つめる。大輔の視線が彼を突き動かす。
雨が止み、月が覗く。リョウはギターを手にステージへ。悠斗のコードに合わせ、20年ぶりの音が響く。彩花のペンが動き、新たなスケッチが描かれる——リョウのギター、悠斗の笑顔、客たちの拍手。絵の中心には、大輔の影が微笑む。
夜が明ける。彩花のスケッチブックは新たなページを開く。彼女は呟く。「父さん、見てて」。リョウはグラスを磨き、微笑む。「大輔、聴いたか?」。バーに響く魂のセッション。だが、彩花の絵の裏に、彼女がまだ語らぬもう一つの秘密が隠れている。
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Midnight Groove わら @anantaro
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