第6話

19


「ドジャースの帽子はもう被らないのか?」

「うん、大谷君が好きって言ったら、

買ってきてくれたんだけど、ちょっと大き過ぎて、すぐ脱げちゃうのよ。」


「大谷のファン?」

「うん、カッコいいよねー」


俺はちょっと考えてから言った。


「あのな、ファンになるのは構わないが、

自分の子供に、ショーヘイなんて名前つけちゃ絶対駄目だぞ。

それが原因でイジメられるかも知れないからな、

俺なんて、親父が“和博”って名前付けたから、酷い目にあったんだ。」


「カズヒロ?」

「ああ、キヨハラ知ってる?」


(女の子は知らないかー)


「プロ野球選手だったんだけど、警察に捕まって、それ以来友達から、

『もう釈放されたのかー』

とか言ってからかわれたんだ。」


「大谷君は悪い事なんてしないわよ。

キヨハラは何をしたの?」


「詳しい事は、ネットで検索すれば出てるよ。」


「ネットで検索って?」

「うん、え?」


少し沈黙があった。


「ちょっと待って、これケータイ、杏奈ちゃんも持ってたよね?」

俺は自分のスマホを取り出した。


「これで検索すればいいんだよ。」

「どこかに電話して聞くの?」


ズレてる、

もしかしたら勉強ばっかしてて、世の中から取り残されたとか?


「院内で電話をかけるのは禁止よ。

ここは外だからいいけど、部屋の中では使えないから。」


やっぱりそうだ!

天然記念物だ。



20


杏奈ちゃんのスマホは、iPhone Proだった。


「最高モデルじゃん。

いいなあー」


「ふふふ、10年間保障付きよ。」

「これ、10年も使う気かよ?」

(大丈夫かな?)

嫌な予感がした。


「ちょっと見せて、

なんだ、アプリ結構入ってんじゃん。


....杏奈ちゃん、競馬なんてするの?」

「え? しないよ」


「するわけないよなあー」

(こっちは変な動画サイトだし、これはオンライン麻雀?)


「買った時に色々薦められたから、じゃあ全部お願いしますって、

でも使ってないのよ。」


(くそー 悪徳業者め!)

「これね、入れてるだけで、毎月何千円も取られるから!」

「...?

何で?」


「もう!

全部消してやるから、ちょっと待ってろ。」



画面をポチポチ操作しながら話しかけた。

「今まで、これどうやって使ってたの。」


「公衆電話を探さなくていいから便利よね、


でも雨の日は外に出られないから使えないでしょう?


ふふふ、実はね、

この病院の裏口にもピンク電話が一台あるの。そこ、あまり知られていないから、いつもすいていて、

雨が降る日に電話したい時助かるのよ。

こんど教えてあげるわね。」

「いらんわ!」


(これは、うちのオカンより、酷いぞ。)



21


「それで、この方位磁石みたいなマークを触れば

“検索”ができるから。

画面のキーパッドで打ち込めばいいんだ。」


「え?

でもこれ、『あかさたな』しかないし。」


「だからスライドさせてー

あーやってみせるから、見てろ。」

「河野くんて凄いのねー」


“凄い”と言われて、余計に悲しくなった。

(ふびんなやつー)



次の日、彼女はキヨハラの『生き字引き』になっていた。

検索したWeb記事を隅々まで読み尽くしたらしい、さすが高偏差値中卒だ。


「本が出てるから、お母さんに買ってきて貰おうかな。」

「YouTubeで動画上げてるみたいだから、見てみたら?

あー知らないのか。」


「失礼ね、ユーチューブは知ってるわよ、

見た事がないだけ!」

「じゃあ、おすすめのユーチューバーの名前教えるから今度見てみるといいよ。」


なんだかメチャメチャ楽しかった。


LINEは、彼女のネイルアート写真でアカウント登録して、友だちに追加をした。

彼女の友だちのリストには、まだ俺の名前だけ。


「河野くんが初めての友だちだね。」

嬉しそうに言われたその言葉は

何だかくすぐったくて落ち着かなかった。


夜ベッドでクタクタのサメを抱えると、まだ彼女匂いが微かに残っていた。

俺はサメに顔を押し付けて何度もその残り香を吸い込んだ。


(杏奈ちゃんとずっと一緒にいたい。)





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