第4話
12
「抗癌剤使うとね、
髪も抜けちゃうけど、爪もポロポロ剥がれちゃうのよ。」
彼女にとっては普通の会話なんだろうが、
俺は、いきなり聞いてはいけない言葉を聞かされたような気がした。
「だから保護するためにいつもマニキュア塗ってるの。
でもただ塗っているより折角だからちょっと楽しみたいじゃない?
色々と凝りだしてるのよ。」
「そうなんだ」
「ああ、
何で、そんな顔しないで、私もうすぐ退院するんだから。」
(そっかぁ、よかった。)
俺は心から安堵した。
それと同時に、謝らなければならないと思った。
「あのさ、この前はごめんな、
帽子叩き落としちゃって、」
「気にしてないわよ。
入院したての頃は、皆んなイライラするものだから。」
大人っぽい喋り方だな、
見た感じより年は上かもな。
「杏奈ちゃん、中学生?」
「失礼ね、高校2年よ、」
嘘だろう、俺より年上かよー
「あ、俺も同じ、高校2年、」
(まあ、ここにいる間だけだからいいや。)
「どこ高行ってんの?」
「F高よ、河野君は?」
俺はやっぱり自分で信じていたよりバカだった。
(同じ高校かよ⁉︎
どうしよう、取り返しのつかない事を言ってしまった。)
「お、俺も...F高...」
「えっ、一緒?
1年の時、見た事あったっけ?」
「いや、そのー」
彼女は、ふふふと笑った。
「まあしょうがないか、
2ヶ月くらいしか、学校行ってないから。
入院しちゃったのよ。」
俺は正直バレなくてほっとした。
「でも、もうすぐ退院できるんだろ。」
「うん、なんとかっていう数値が下がったらね。
だから雑菌になれるために、時々院内をうろついているわけ
さすがに内科には行けないけど、」
彼女ははマスクを外した。
「ここは外だから
もうマスクをとっても平気よ。」
(あ、やっぱり年上なんだ)
と思った。
色白な顔は綺麗だった、
痩せているせいか、かわいいというより、もう大人の美人だ。
クラスのアホ女子なんか比べものにならない。
「あ、俺はこんな顔。」
とマスクを外したら、ふふふと笑い出した。
「ごめんなさい、昨日の真っ赤になって目を回している顔を思い出しちゃった。」
「いや、迷惑かけちゃって。」
考えてみたら、俺は彼女にみっともない姿しか見せていないんじゃないか?
急に恥ずかしさが込み上げてきた。
14
俺は頭の横のサイドテーブルに
彼女からもらったアルコールのハンドスプレーと除光液を置いた。
『この除光液は強力すぎて爪を痛めるんですって、もう違うのを買ったから、よかったらまた何かの時に使ってね。』
「杏奈ちゃんか、古川杏奈ちゃんかー
あ、そういえば不思議な事言ってたな。」
『マニキュアは魔法がかけられるのよ、
部屋に帰ったら、このあたりにライトを当ててみてね。』
(どういう事だろう。)
俺はくるぶしにテーブルのライトを当ててみた。
正面からまっすぐに光を当てた時だけ
薄くピンクで“ファイト”
の文字が浮かび上がった。
どうなってるんだ?
手品かなぁ
いろんな角度から、ライトを当てているところに西村と大野がやって来た。
「よう、ヨガでも始めたのか?
昨日あれからどうしたかと思って来てやったぞ。
大野がマジック落とすいい方法見つけてな。」
大野がテーブルの上の瓶を見つけた。
「あ、除光液?
もうあるんだー」
「え、ああネットで検索して、ゆうべ母ちゃんに持ってきて貰った。」
俺は白くなったギプスを自慢げに見せた。
「ふうん、おばさんマニキュアなんかしてたっけ?
これアンタの下着、朝寄って来たんだ。
おばさん今日は来れないって。」
「来なくていい、あいつは俺に迷惑ばかりかけるから。」
「何だそれ。」
今日はまだ人が少ないせいか、
ナースたちがチラチラと部屋を覗いていく。
学校では慣れた光景だ。
西村を見に来ているのだ。
西村亜蘭、今流行りのキラキラネームだが、それだけではない。
父親がどっかのフランス人らしい、
色白で薄茶色の髪とグレーの瞳
ハーフのいいとこ取りだから
テレビで見る、グループのアイドルみたいだ。
めちゃくちゃモテる。
だからバレンタインが過ぎると、おばさんのスナックで出されるつまみはチョコレートばっかりになる。
西村が貰った物の中から、高そうなのを選り分けて、店で使い回しているのだ。
もうひとりの幼なじみ、大野理沙とは、小学校の入学式の時、椅子の取り合いをして、西村と2人揃って泣かされてからの友だち(?)だ。
女子の中でも結構ハバをきかせているらしい。
以前は、なりふりなんて、全く気にしていないほどガサツだったのに、
高校になってから自分が女だと、ようやく気づいたようだ。
髪型とか気にして毎日変えてくる。
俺の金髪を
“スーパーサイヤ人?
いやそれウニだよ、ウニ、似合わねー”
そう言って笑い飛ばしやがった。
やって来たのは、クラスの仲間だけだ。
病院に担ぎ込まれたとき、ハマジが最初に付き添っただけで、あとは先生は見舞いに来ない。
俺が怪我をしたので、階段でのスケボーは、先生方が見回って注意するようになったそうだ。
仕事が増えて、忙しいんだろうな。
俺も病室で、説教垂れられんのも嫌だから、都合がいいや。
15
月曜日の午後に予定通り、俺は4人部屋に移った。
思いがけない人がいた。
(杏奈ちゃんだ!)
杏奈ちゃんは、俺の隣の窓際のじいさんと楽しそうに喋っていた。
俺が車椅子を押されて、ガラガラ病室に入って行くと、
「あら、こんにちは」
と挨拶してくれた。
「じゃあ、また来るね、」
と、じいさんに挨拶して、俺と看護師には
「失礼しまーす」
と言って、出て行った。
(となりのじいさんは何者なんだろう、)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます