第2話 【一人目】バリオン・グラベル

ギルド《蒼天の翼》は、その名の通り、空を翔ける鷲のような俊敏さと、切り裂く刃のような鋭さを信条としていた。軽装の剣士、素早い弓使い、範囲殲滅の火力魔導士。火力、火力、火力。とにかく早く、華麗に敵を討つ。それが彼らの美学だった。


その中で、バリオンだけが浮いていた。


全身を黒鉄の鎧で包み、まるで鉄塊のように動きが鈍い。巨大なタワーシールドを常に両手で抱え、剣も魔法も使わない。攻撃は一切せず、ただ仲間の前に立ち、すべての攻撃を受け止める。


 彼の戦術は完璧だった。敵の注意を一身に引きつけ、味方への被弾をゼロに抑え続けた。


 だがある日、クエスト帰還直後の作戦会議で、その“完璧”は踏み潰された。


「──バリオン、お前はクビだ」


 リーダーのヘルムスがそう言い放った時、室内の空気が一瞬で凍りついた。


「……は?」

彼の声は低く、震えていた。


「いや……待ってくれ。何かの冗談だろ? 俺はずっと、前に出て……全員を守って……」


「それは事実だ。お前の防御は確かに凄い。俺たちは一度も死んでない。だがな──」


 ヘルムスは言葉を切り、テーブルに置かれた紙を叩いた。そこには“クリアタイム”の統計が書かれていた。


「他のギルドに比べて、俺たちは平均2.5倍、討伐に時間がかかってるんだよ。わかるか?」


「それは……俺が攻撃してないから?」


「ああ、そうだ。お前がいくら受けても、敵は死なない。結局、攻撃が足りない分、俺たちが頑張らないといけない。集中力も切れる。戦闘も長引く。全体の効率が落ちる」


「でも、死ななかっただろ? 仲間は守った……! 俺は、間違ってない!」


「バリオン、お前は古いんだよ」


ヘルムスの冷たい言葉が、鋼の鎧よりも重くのしかかった。


「今は火力の時代だ。防御なんて、被弾しなきゃ要らないんだ。回避して、速攻で殲滅する。それが現代の戦術だ。お前みたいな“立ってるだけの壁”は、邪魔なんだよ」


バリオンは言葉を失った。ギルドの面々も、目を逸らしていた。


誰も否定しない。誰も庇わない。

そうか、そういうことか──


「……わかった。いいよ。俺が邪魔なら、抜けるさ」


 立ち上がった時、椅子が軋んだ。重装鎧の重みが床を鳴らした。


「でも、俺は間違ってない。防御は無意味なんかじゃない。“生き残る”って、それだけで価値があるんだ」


誰も何も言わなかった。


その背中が扉をくぐる時、ギルドの誰かが小さく呟いた。


「……最後に一発くらい、殴ってくれたらな」


バリオンは振り返らなかった。

その夜、彼はギルドから少し離れた酒場で、黙々とエールを飲み続けた。

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