3-6

「なるほどね。だから部屋に足を入れた愛理だけが重圧で死にそうになったわけだ」


 広間にて。長机を挟み、一組の家族と兄弟が相対する。向こうは社長を中心に、右に未散さん、左に奥さま。こちらは中央につがるをおいて、未散さんと向かい合う制作者のジーン、奥さまと正面切る私といった構図だ。つがるの部下やこの家の執事には席を外してもらっている。全員の目の前で湯気を立てる湯呑みは、奥さまが用意してくれた。


「なんで私だけ?」

「正確にいえば愛理だけじゃない。そうだろう、社長さん。あの部屋に足を踏み入れようとした女はみんなああなったんじゃないか」

「そうですが」見抜かれた社長は驚きを隠せなかった。「でもなぜ」

「あの部屋の住人の魂が、そこに滞留しているのは入室してすぐに分かった。そういう場合は部屋に足を踏み入れた誰か、だいたいの場合は誰でもよくて、無差別に選んで取り憑いて、体を乗っ取ろうとする。だがそいつは人を選んだ。女だけを選んだわけだ」


 ああ、そういうことか。「未散さんは、女性の体を選びたかったわけね」

「部屋に雲散霧消していた一個の人間の膨大な記憶の情報量が、一気に集約された状態でのしかかってきたなら重かったんだろうな。そこに空っぽの人間の体、しかも理想通りの女の体があるともなれば、そっちに目移りしないわけがない。日本人形でも西洋人形でも、とにかく人の形をしたものには魂が宿りやすい。それを応用して今回の蘇生術を行おうとしたわけだが、オレが儀式まがいのことをするまでもなかったな」


 未散さんは迷わず、目の前の合成人間に入っていった。そこにあった空っぽの体は、自分が求めていた理想を持っている。なんせ彼女の体の細胞から創り出された、いわばもう一つの体だ。それも性別を変えた、自分が欲しがっていた女の体。


「合成人間とはいえ女性だから、袋を開けるために私に同席してほしかったのね」

「そういうこと」つがるも、女性には優しい与識先生の血を如実に継いでいる。「ただこの先の問題にオレたちは関与しないからな」


 あとは、いわば家族間の問題になる。

 ちぢこまる社長に、奥さまが横目でねめつける。その圧力、私が未散さんの部屋に入ったときの押しつぶそうという感覚以上だろう。大企業の社長ならば精神が削られそうな商談は幾度も乗り越えているはずなのに、ずいぶんと弱々しい。

 奥さまは視神経の限界まで夫をにらみつけ終えると、いったん目を伏せて休ませる。何度か呼吸を繰り返し、自らを落ち着かせたところでゆっくりまぶたを開いていった。


「未散を生き返らせてくれたことには感謝します。未散はわたしたちに残された大事な子どもですから。本当にありがとうございます」

「かまわないが、儀式も何もしてない分、差し引ける後払い料金は微々たるものだ」

「お金ならいくらでもお支払いします」


 つがるとしては場を和ませる冗談のつもりだったのかもしれない。奥さまが毅然とした態度で応じるので、茶化すのはあきらめたようだ。


「技師さんにも倍のお金をお支払いします」

「おれももういい」


 遺体から細胞を採取した際、疑問には思っていたようだ。依頼者である社長から提示された体の性別と、遺体から検出した性染色体が違っている。どちらを選ぶべきか悩んでいたジーンに、社長はただひたすら女の体にと告げてきた。iPS細胞で培養する折にY染色体を抜けばいいだけなので手間はなかったが、それにしてもなぜという疑問は消せなかった。自分の体なら、生前同様の姿で欲しいはずだろうに。


「だから最終確認前に勝手に使われて、今さら不満があると言われたって直しようがない」

「直すのではなくて作り直していただきます」

「お母さん!」


 膝丈のニットワンピースを着た未散さんの体は、凹凸が少ないなだらかな体だった。肩や腰まわりのカーブを美しく見せて、女性性を主張しているようでもある。さすが一流造形技師と名高いジーンは腕が違う。胸やお尻を大きくするだけのあからさまな性差を見せつけなくても、女を女として生かす見せ方を知っている。

 未散さんは母親に激昂していたが、奥さまは子どもの主張などどこ吹く風。


「もう一度、未散を男の体で作り直してください。お金ならいくらでも支払います」

「おれはかまわんが」


 弟の視線を受けたつがるが、ため息をついてタブレット端末にペンを走らせる。


「オレの方は無理と断言する。なぜならその娘は、死んだことに気づかず魂だけがこの世をさまよっていた。そこに理想の体をおいたから、その娘は体に入り込み生き返った。もう一度死んで魂になって、果たして改めて用意された男の体にそいつが入るかどうか」

「絶対にいやっ」


 未散さんは叫ぶ。その悲鳴に共鳴するのは、当然同じ性である母親のみで。


「親の言うことを聞きなさい、未散」

「だったらもう一回死んでやる!」

「なんでそんなことばかり言うの」

「お母さんが分かってくれないからでしょう!」

「あなただって何も分かってくれないじゃない」

「分かるわけないでしょ、男らしくしなさいってしか言わない! そんな時代錯誤な人の話、なんで分からなきゃいけないの!」


 未散さんは肩を上下させながら潤む目元を袖で拭う。怒り心頭でも母は母であったようで、奥さまは一度、口を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る