風を編む

ろくろわ

それは優しくて

 十八を過ぎた春。

 波多野はたの かなでは、春の穏やかな風を掴まえて、編み込もうとしていたのだが。奏が掴まえた風は、ふわりと奏の指から溢れ落ち、何処かにスッと流れていった。


 私達、波多野家の一族は、風編みの民として昔から誰にも知られず、ひっそりと風を編み続けてきた。いつ頃からしていたとか、何の為に編んでいたのかとかは、もう誰も知らない。風を編まなかったからって、何かが変わる訳じゃない。だけど奏のお婆ちゃんもお母さんも従姉妹の香桜かおう姉ちゃんも、それはそれは綺麗に風を編んでおり、そんな姿を見ていた奏もいつか自分も風を編みたいと思っていた。

 彼女達が編む風は、それぞれの想いを受けて綺麗に色づく。穏やかで包み込むような優しさで編めば、暖かい夕暮れ色に。生命力溢れる息吹をもって編めば、新芽のように鮮やかな緑に。初恋のような甘酸っぱい気持ちで編めば、桜色の初々しい色に。そして、その想いが編み込まれた風は、色を纏い、何処かで待っている、その色付いた風を受ける人のもとに向かって、再び大地を駆け抜けていく。

 

 私は手から溢れ落ちた風を見送った。やっぱり上手く行かない。風を掴まえる所までは出来るんだけど。

 風の編み方はみんな違い、正解など無い。お婆ちゃんに聞いてもお母さんに聞いても、香桜姉ちゃんに聞いてもみんな、好きに編みなさい。としか教えてくれない。

 もう一度、空に手を伸ばし、風を掴まえようとした時だった。

「なぁにやってんの、波多野?」

 空色の風よりも澄んだ私を呼ぶ声がして、伸ばした手をサッと引っ込めた。

「別に何も。倉敷くらしきには関係ないでしょ」

「さっきから手を伸ばしては握ったり開いたりしてて、何もしてない事はないでしょう。また風を編もうとしてたんだろ?」

 風を編む真似をしながら倉敷はニコッと笑った。

 倉敷 快翔かいと。私の幼馴染みで、遠い昔に私が、風を編みたいと話してしまった唯一の奴だ。

「うるさいなぁ。風なんか編んでないよ。それに編めるわけ無いじゃん」

「えぇ~?でも昔から風は編めるって言ってたし、小さい頃に編んだ風をプレゼントしたい人がいるって言ってたろ?」

「そんな昔の話、いつまでいってんのよ!プレゼントしたいだなんて言ってない」

 私はサッと倉敷に背を向けた。大体、なんで私が今もこうして風を編みたいかって気も知らないで。私は思わず風を握り締めてしまった。

「えっ?波多野の編んだ風をプレゼントしたい人って俺じゃないの?俺そのつもりで待ってるんだけど」

「はっ?へぅ?」

 思わず変な声が出て、倉敷の方に向き直った。

「だから俺。波多野の編む風、待ってんだけど」

 真っ直ぐに私を見る倉敷の姿に、何だか恥ずかしくなって顔が赤くなるのが分かった。

「いや、だから風なんて編めないよ。全然上手く出来ないし見せれるもんじゃないの」

 私はモジモジと指を動かす。倉敷の顔が見れない。指先だけが勝手に動いてしまう。

「俺、波多野が風を編めるまで待ってるよ。いつだってまっ「あっ」」

 倉敷の声に重なるように思わず声が出てしまった。

「どうしたんだ波多野?」

「いや、あのね。そのぅ。何か編めちゃったみたい」

「えっ?」

 恥ずかしくてモジモジしてる間に、握り締めていた風を無意識に編んでいたみたい。

「風を編めたの?」

「うん。編めたみたい」

「それって俺にくれるの?」

「……うん」

 私は掌に乗っている編めたばかりの風をそっと差し出した。ゆっくり流れる風は、そのまま倉敷の顔を優しく撫でていった。

「あっ今、風が来たよ!凄く柔らかくて、透明で澄んでて。んで何かドキドキしてた」

 倉敷はまたニコッと笑った。私も思わず笑った。


 だってドキドキしたって仕方ないじゃない。初めてなんだから。


 私の初めて。

 恋を伝える始まりの風は、今から何色にも変わる透明な色だった。


 了

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風を編む ろくろわ @sakiyomiroku

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