平穏

 時は三月の中ごろ。前日に降った雨があがり、心地良いような春晴れの天気。梅の花が咲く中、濱長北高等学校の卒業式は既に終わり、三年生は思い思いの道に羽ばたいていった。今や校舎に残っているのは在校生の俺達1年生と2年生だけである。その在校生達も、春休みへの最大の障壁であった期末考査を終え、後の授業は簡単な復習を残すのみ。皆が皆、殆ど春休み気分で残りの学年生活を過ごしていた。

 これは、そんなある日の放課後の出来事。

 俺、深見常夜ふかみとこよが探偵と初めて出合ったその日の出来事。



 授業を終え、二人を除いた生徒全て出払った、静かな教室に、俺の親友である親君友ちかきみともが箒を履く音が響く。本当は君友の他にもう一人掃除当番はいたのだけれども、生憎の都合で学校を休んでいた。

 君友は仕方ないなといった様子で一人、黙々と掃除をしていた。

 そんな中、俺は君友の邪魔にならないように廊下で静かにスマホを用いてSNSで暇つぶしをしながら待っていた。

 手伝わないのかって? 掃除は”君友の仕事だろう”。

 特になにかの目的があるわけでもない。本当ただの暇つぶしで流れてくる情報を目にする。

 あるアイドルが結婚しただとか、国会で一部減税するといったことや、今年の春は早く来そうだとかそういった他愛もない情報にアクセスする。ただ親友を待つためだけに。

 そんな中で、ふと目についた情報があった。

 それは「名探偵アオは何処へ?」という見出しの内容だった。

 アオ探偵?

 確か結構前にちょっとテレビで見てたような? 最近見ないけど、今どうなってるんだろう? 興味に駆られた俺はその内容を斜め読みした。

 内容は、アオ探偵は二年半程前から行方不明。ある事件に関わってしまい、それで消された可能性がある。

 その事件はなんなのか、世話になっていた警察が何故捜索しないのか?

 また、本人が生きているのは不明。といった内容であった。

 そういえば最近、テレビでアオ探偵見なかったけど今は行方不明になっているのか。

 俺がふと思いついた疑問を解決した時、ちょうど君友が教室から出てきた。掃除を終わらせたようだ。

「ごめん、待たせた。けど別に先に図書室行っていて良かったのに」君友が言った。

 俺と君友は、この後学校の図書室で一緒に本を読む約束をしていたのだ。

「別に急いでないし。一人で先に図書室へいくのもだしな」

 そういいながら、俺達は1一4教室の前側のドアを閉めようとする。

 閉める前に教室を一瞥する。

 黒板横の工具箱。

 きれいに整列がされた机。

 柱に立てかけられたモップ。

 カーテンが閉められた窓。

 どれも教室にあって然りのものしか残ってなかった。教室には、放課後で皆各々出払って、今は誰もいない。時間は、教室の時計で三時半を指していた。教室はドアだけ閉めた。基本、この高校では、生徒の教室には鍵をかけない。

 新校舎にある図書室へ向かうため、東校舎の廊下を通って中庭に続く出口まで行く。

 東校舎の二階からは自分達以外の人の気配は一切しなかった。当然である。

 東校舎二階はアクセスする方法が中庭を通るしか無い。

 東校舎で使われている部屋は1−4と1−5の2つだけ、それ以外の教室、とくに東棟3階以降の教室は、一応名前だけある空き部屋で実質的には倉庫みたいなものである。

 そのため、放課後以降、東校舎には人がまず居ない。

 この事は、この学校にいるほぼ全ての生徒が知っていることだ。

 ん? なにか忘れているような? まあいいか。

 昼休みは生徒でいっぱいの中庭も、放課後の時間には皆部活などで出払っているのか、やはり誰もいなかった。

 そんな人っ子一人いない中庭を君友と二人で通り、西校舎を抜けて、新校舎にある図書室へ向かった。

 図書室へ向かうまで、何人かの生徒にすれ違った。

 本校舎だけやたらと人はいないが、それ以外の場所には人は結構いるのだ。

 まあ、本校舎で、放課後に用ができるのは職員室位しかないし、当然だろう。

 そんなこんなで無事図書室にたどり着いた。

 図書室ついた俺は、前まで読んでいたTRPGの本を手に取り、図書室の長机に向かった。

 本を読む前にふと気配を感じ何となく周りを見渡す。

 図書委員と、司書の先生以外に何人かの生徒。

 そしていくつかの長さ数メートルの長机。

 自分の向った長机の対角に座っているある同じクラスの女子生徒に目を向ける。

 肩までかかるきれいで艶やかな黒髪を頭に巻いた黒いヘアバンドでまとめ、黒玉のような黒色の目をした端正な顔――そしてそれらを霞ませてしまう、制服越しからでもわかる、猫でもいるのかと思う程のとても豊満な胸。

 とてもすごい。ふくよか――――。

 だが、そんな見た目でも、彼女は不思議と寂然と落ち着いて見える。

 そして、それと同時に、彼女には気品と言ったものとは違うような、近寄り難い拒絶的な雰囲気があった。

 そのせいでクラスには馴染めずにずっと一人でいる。

 クラスの皆は彼女から拒絶的な雰囲気を感じるのは、彼女が人嫌いなのだろうと言って、あまり関わらない。

 腫れ物や浮いた存在って程では無いけど、触りにくい存在。

 そんな感じで扱われているけど、、スポーツも出来て学校の成績はトップクラス。

 それが芽生めぐみいちしさんである。

 彼女を観ていると俺は何か不思議な気持ちがする。

 女の子は苦手だけれども。

 もっと彼女を知りたい。

 なんとなくだけどそんな気持ちが。

 むこうもこちらの視線に気づいたのか、俺を一瞥し、すぐに視線を戻した。

 相変わらずの素っ気ない態度である。

 だけど、芽生さんがそのような態度をとるのは、人嫌いというそれだけじゃなさそうだと思うんだよなぁ。

 根拠はないけど。

 そのような事を考えていると。

「右か左どっちだ?」

 という君友の声を聞いて声の方向を振り返った。

 振り返ったその先には君友俺の眼の前に差し出した両方のにぎり拳があった。

 いつものである。

 俺はそれを見て、すぐに、「右」と答える。

 開かれた君友もの拳には、俺がいつも使っているサイコロが握られていた。

「お見事。やっぱり当てるよな」

「まあな」

「神経衰弱をノーミスで全部揃えるだけはある」

「おいおい、それは誇張だぞ。流石に2回は外す」

 このように君友は俺が勘のいいことにかこつけてこういう遊びをしたり、頼りたい時にお願いしたりしてくるのだ。

 くじ引きの代行とか何回頼まれたことか。

 俺自身、勘がある程度いいこと自覚しているし、この手の遊びは簡単なコミュニケーションみたいなものだ。

 そのコミュニケーションが終わった後、「どうした? 彼女の方ばっか見て。気になる? やっぱり胸か?」本を探し終えた君友が俺の隣に座り、耳元で冷やかした。

「胸も気になると言えばなるけど。それ以外も」

 君友の耳元で打ち明けた。

 実際、俺は彼女にすごく興味はあります。

 勿論猫が入っていそうな胸も。

「んー、気持ちはわかるけどやめといた方がいいとおもうぜ。あの人なんか近寄り難いんだよな。目もなんか淀んでて怖いし……」

 君友は噂をしている件の彼女には聞こえないように俺の耳元で続けた。

 そうだ。彼女には何となく近寄りがた雰囲気がある。異質というかそんな感じだ。

 そのため、あんな身なりでもクラスで孤立、というよりかいつも一人でいるのだ。といってもイジメられてる訳ではなく。みんな触れない存在いったところか。皆彼女に遠慮しているのだ。

「だけどさ、なんか彼女苦しそうなんだよなぁ」 

 俺は君友と同じように、耳元で囁いた。

 俺はその後不思議に感じた。

 誰かに聞かれた感じがしたからだ。

 俺達の会話にを聞く奴なんているわけがないのに。

「苦しそう? 俺にはとてもそうは見えないけど。見た目とても落ち着いて見えるのに?」

「なんで苦しんでるようにお前は感じるんだ?」

「ただ、なんとなく。 勘ではあるのだけど」

「勘ねぇ。まあお前の勘は当たるから、あながち間違いではないのかもしれないな」

「それで、本当に彼女が苦しんでいるなら、お前は彼女に何をするんだ?」

「そうだな……もし彼女が苦しんでいていて助けが欲しいのなら、彼女の力になって助けてあげたい。俺ができることから何でもしてあげたい」

「そりゃなぜそうするんだ?」

「苦しんでいる人が助けをもとめるなら、自分のできる範囲で助けるのはおかしいか?」

「まあ、おかしいとは思わないぞ。お前が俺の掃除を手伝うってくれなかった事に目をつぶれば」

「それはお前の仕事だからだろう! それに、お前はあの時そこまで苦しんでは無かっただろ。お前助けてなんて一言も言ってないし」

「ちぇ、まあそうなんだけど。それは置いとくとして」

「それならなんでお前から芽生さんに声をかけないんだ?」

「それは……その…………」

 俺は言葉を詰まらせる。そうして少しづつ顔が赤くなっていくのを自分でも感じた。

「やっぱり恥ずかしいんだろ〜 自分から声をかけるのが」

 図星である。

 女の子と関わった事があまりないから、抵抗感がどうしてもあるのだ。向こうから話しかけてくれないかなぁ。

 それに、俺の考えはあくまでも勘だ。あっている保証などどこにもない。

 彼女は別に、苦しんでなどおらず、俺のいらぬおせっかいの可能性もあるのだ。

「それ以外にも彼女は普通じゃない、なんというか、理外の存在というかそんな感じがする」

 話をそらそうと、彼女について俺が感じた事を囁いた。  

「ふーん理外の存在ねぇ……」

 君友が興味深そうに囁いた。そして続ける。

「それなら、女の子の苦手なお前が興味を持つって事はもしかしたら彼女、女じゃないのかもしれないな」

「何言ってんだ? どう見ても彼女は女の子だ」

「見た目だけじゃどうだか。中身は男かもしれないぞ。最近はそういうのもあるらしいじゃん」

「そんなわけあるか。いくら何でも彼女に失礼だろう」

「流石に言いすぎか。まあ、茶化しはこれくらいにしておいて本題に入ろうぜ」

「ああ、そうだな」

 この時、ふと時計を見ると三時四十五分だった。

 俺たちはTRPGの本を取り出し、本を読みながら、次立てるセッションの打ち合わせを行った。

 モンスターは何を出すかとか、罠で大岩でも転がすかとか不利と不利は打ち消しあうのだろうかとかそんな話をうるさくない声で相談したはず。

 そんな事をやっている間ずっと、対角の芽生いちしさんこちらが気になるのか手持ちの本に目を通しながら時折こちらを一瞥していた。

 うるさかったのだろうか? 騒いではいなかったはずだけど。

 三人はそのまま図書室で過ごした。

 皆贅沢で平穏な放課後を過ごしたのであった。

 午後5時前までは。

 

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