拾った女の子を大切に育てた男の末路。

柴又又

第1話

 「あたしも遊びたいしさ。この時間までに帰って来なかったら帰って来ないと見なして遊びにいくからよろしく」



  「悪いけど、君達は今日でクビだ」


 そう告げられるのに時間はかからなかった。


 一体何回聞いた台詞だろうか。


 最初は胸の内を穿たれるような衝撃を受けていたけれど、最近は慣れてしまって思考が重くなるだけだ。


 一緒にクビになってしまった回復術士の女の子とカフェに赴き頭垂れている。毎回一緒に回復術士の方がクビになってしまうのは本当に申し訳ない。ほんとだよ。



 ぼくはスカウトだ。斥候をしている。


 斥候の仕事は忙しい。


 敵を敵よりも先に発見し不意を突いて味方に有意な状況を作り出すのが一番の仕事だ。次に罠の解除。回復薬や毒消し薬の常備も忘れない。宝箱があれば解錠も行う。


「これでも真面目に仕事しているつもりなんだけどなー」


 敵の発見は先に伝えているし、何ならターゲット以外の不要な敵の排除も行っている。罠は見つけ次第解除しているし、戦闘時は味方の補助もしている。


 宝箱は蹴るだけで罠ごと解除できるぜ。


「すみません……私は次のパーティーを探しますので、これで」


「あっはい。あっ。待ってください」


「あの、ごめんなさい。あなたはスカウトですよね。悪いのですが、私もあなたとパーティーは……」


(うわぁ……)


 地味に心を抉られる。


「違います。これ、良かったら使って下さい」



 差し出したのはお金だ。パーティーから頂いた退職金。


「はぁ……。なんですか? やめてください。結構ですから」


「いや、あのっ。ぼくには……」


 行ってしまった。



 ぼくはお金には困っていない。ソロでそれなりに稼げている。


 まーたクビになってしまった。あの子になんて説明しよう。


 また街を移動しなければならない。


 一度クビになると噂が広がるので新しいパーティーが組みにくい。


(しょうがないなぁ……帰るか。帰りたくないなぁ……)

 


 ぼくは一人女の子を養っている。十二歳の時に拾った。


(……まともにパーティーも組めない)


 不適合者。それがぼくの二つ目の名前だ。


(いやだなぁ。ほんとにもう……帰りたくない)


 当時六歳だった純粋無垢な女の子は――。



 借りた部屋へと戻るとその子が洗濯籠を抱えて佇んでいた。


(うわぁ……)


 刹那にそんな心の声を吐露してしまう。


 ――超ムチムチグラマラスボディに育ってしまっていた。


 うわぁ以外の感想がない。


 獣人族の女の子。顔も獣に近い。


「あらら? またクビになったん? しょーがにゃいなぁー」


「ごめん……」


「なんで謝るん? 汚れた服を脱いで? お風呂に入れしー。ていうか汚いしー」


(うわぁ……)


 ごめん。傍に来るとなおさらそれ以外の感想が浮かばない。服の上からでもわかる引き締まったボディライン。小さい頃はもっと……。


「ちょっと服を脱がそうとしないでよ」


「なんでっ? いいじゃん別にさー。あんたの裸なんて見慣れてるんだしさー。早く脱げ脱げ。脱いじゃえし」


(超軽くない?)


「わかったから脱がさないで」


 ぼくより身長が高い。体重も重い。攻撃力が高い。男性からモテる。フェロモンが強い。彼女が傍に来ると女性だと強く認識するほどに香りが強い。それは悪い意味ではなくて、鼻がヒクヒクするし口元がモニョモニョするので困る。


「ほらほらっ」


「……なんで服脱ぐの?」


「何言ってるしっ。あたしも入るからに決まってんじゃん。マジ受けるんですけど」


 目のやり場に困る。やだ……。もうやだ。ワシが育てたのに、ワシが恥ずかしくてやだ。


「ほらー。早く入るよー」


「引っ張らないでよー」


「なんだか女の子みたい。ぷぷぷっ」


 がーん。クスリと笑う彼女に心が抉られる。それは一番気にしてるのに――。



 彼女を拾ったのはスラム街だ。


 当時ぼくは駆け出しで両親が魔物に殺されて荒んでいた。


 一人で生きて行くには、ぼくは間抜け過ぎた。


 騙され嵌められお金を失い信用も失い土地や家も取られて借金ばかりが積み重なっていた。


 どうにかお金を工面するのに命を賭ける以外の選択肢がなかった。



 そんなスラム街で暮らす間に拾ったのが彼女だ。


 彼女の母親は娼婦で、客に暴力を振るわれて亡くなってしまっていた。

 彼女の面倒を見る人や後継人がおらず、街の浮浪者に道具として使われそうになっていた所を保護した。それだけは……それだけはぼくの良心が許さなかった。


 自分だけでも生活は大変だったけれど、彼女と一緒に這い上がるのだと奮起して、何度も死にそうなりながら現在に至っている。



 現在は別に対して苦労もしていない。魔物の生態は嫌でも頭に叩き込まれたし……そういえば最近怪我もしていない。


 パーティーを組むのはその方が良い依頼を受けられるからだ。


 ソロだと受けられる依頼が少なくなる。


 ギルド員さんが死なないように制限をかけるからだ。


(あーやばっ。このニオイ。それに柔らかさ。クラクラする……すごいいいニオイ。女の子だ。抱き着きたい。ちゅーしたい……)


 最近そんな考えが脳裏を過って困る。


 のぼせたみたいにクラクラする。


 ぼくってやっぱり男なのだと再認識させられる。


 好きな相手でなくても構わない。


 女の子なら誰でも構わないのではないかと疑心暗鬼にもなる。


(素手で洗わなくてもいいじゃまいか……)


 体中を這いまわる彼女の手が恨めしくて仕方がない。顔が熱を帯びている。のぼせるように思考が鈍くなってしまう。


 好ましいから傍にいたくない。



 ずっと兄妹みたいに暮らして来た。


 ここでぼくが情欲に囚われるのは彼女に対するひどい裏切りのように感じていた。それは良くない。彼女はぼくを信頼してくれている。それは裏切れない。


「でもークビになったのなら、また次の街に移動になっちゃうねー」


「……ごめーん」


「別にいいっしょー」


「あのね? ここに残ってもいいよ? お金もある程度なら工面できるから」


(いてっ)


 爪が肌をなぞり痛みに顔をしかめてしまう。


「はぁ? マジ受けるんですけどっ。あっごめち。引っ掻いちゃったね。もしかして友達や彼氏と別れるの気にしてた? マジ受けるんですけどー。ほんとうけるわ」


 彼氏――こんなに美人でグラマラスなら例え王族が迎えに来たと告げてもぼくは信じるだろう。


「彼氏かー。いいね」


 なんなら王子に求婚されていてもおかしくはない。うん。彼氏の一人や二人がいてもおかしくはない。


 振り返ると冷ややかな視線にさらされていた。


(ひぇっ。なんか悪い事言ったかな……)


「明日移動すんだよね?」


「彼氏や友達に別れを告げる時間ぐらいは……」


 だから怖い怖い怖い。睨まないでよ。


「別にいいっしょ。結婚するわけじゃないし、遊びなんだからさー」


「……こんな事、ぼくが言えた事じゃないけど遊びはダメだよ? 君は女の子なんだから」


「ぼくが言えた事じゃない……。それはつまりあんたは遊んでるってこと? 男女は関係ないっしょ。マジ受けるね? さいこーだね? マジで」


「ある程度はぼくだって遊ぶよ」


「へぇー。ふーん。そうなんだね。ふーん。コイツ……」


(今この子、ぼくの事をコイツって呼んだよ……ショック。確かに遊びに男も女も関係はない。これは失言だった)


「あたしも遊びたいしさ。この時間までに帰って来なかったら帰って来ないと見なして遊びにいくからよろしく」


「わかった」


「あーあー。今度はどの男と遊ぼうかなー」


 何時か刺されそうだなコイツ。



 でもさすがにぼくだって娯楽が無いとやっていられない。


 ぼくの遊びは食べ歩きだ。屋台の出店を見つけて食べ物を買って食べる。その食べ物が美味しいと最高に嬉しい。ぼくの唯一の楽しみだ。でも自分だけ美味しい物を食べていると勘違いされたら嫌だから言わない。勘違いしないでほしい。ちゃんと家にはお金を入れています。



 ぼくに女遊びは無理だ。


 彼女なんて出来るわけもない。


 娼館はボったくられそうで怖いし、変に良い女性に遊ばれたらホイホイ貢ぐ自信がある。付き合ったら家族になって欲しいなんて重いでしょ。


「ありがとう洗ってくれて。背中流すよ」


「おまかせー。でもあたしは全身を洗ったんだからあんたも全身洗えし」


「あははっ。もうっ冗談ばっかり。それはちょっと無理かなー」


「冗談じゃねぇし。ほんとウケるわ……。早く洗えよ」


「えー?」


「洗えよ」


「えー?」


「早くしろや」


「あっはい……」


「ここも」


「そこはちょっと……」


「はやくしろ♡」


(声色に対して目が笑って、いませんよ?)


 女の子って難しい。みんなこんな感じなのかな。すぐ機嫌悪くなるのはなんとかして欲しい。



 お風呂から上がるとすっかりフニャフニャになっていた。お風呂は気持ち良すぎて天才。お風呂考えた人も天才。毎日お風呂に入れるようにした人も天才。


 お風呂を終えたらご飯。


 寝間着に着替えて、彼女の用意してくれた料理に舌鼓。


「何時もありがとう作ってくれて」


「どう致しまして。どうどう?」


「まだ食べてないよー」


 今日の料理も豪勢だ。ぼくの体の事を考えてくれている。野菜をメインに精の付きそうな料理ばかりだ。これなら明日もしっかり頑張れそう。


「どうよ?」


「すっごく美味しい。これなら何時でもお嫁さんになれるね」


「へぇー……あたしにお嫁に行って欲しいんだ?」


 視線を上げたらめっちゃ睨まれていた。


「それは何時かはお嫁に行くでしょ?」


「そうだね。ほらっ。もっと食べろし。これとか、めっちゃ精が付くから食べろし」


「うん。とっても美味しいよ?」


「美味しい? うんうん。……それで? どう? あたしを見て。なんか思う?」


「ううん? 特になにも?」


「へー。何も思わないんだー。そうなんだー。へー」


(なんで睨むの? なんでなんで? どうしてどうして? 思春期? 思春期なの?)



 夕食を終えたら早めに横になる。眠る事で食事の吸収効率をあげるのだ。これは体作りにとても大事。食事と眠りは正義。圧倒的正義なのだ。お布団に入ると何時も体が火照って困る。全身の血液が強く循環する。男だと強く認識する。女性に触れたくて仕方が無い。女性が欲しい。そして困る。


「いや、あのね? ぼく寝るんだけど」


「別にいいっしょ。それとも何? あたしは今日床で寝ればいい系なわけ?」


「前の布団はどうしたの?」


「明日引っ越すからもうしまっちゃったしー」


「おっちょこちょいだなー」


 今夜は眠れそうにない。やばい。抱き着きたい。肌を擦り合わせたいと考えてしまう。手が回って来て――。


「うー……ちょっと」


「なに? もしかして意識でもしてんの?」


「そんなわけないでしょ」


「へー。そーだよね。意識なんかしてないよねー。……舐めくさりおって」


 体を向けさせられる。


「あのっ。ちょっと。あの……」


 別に舐めくさってはないから。優先しております。優先させて頂いております。


(うわぁ……)


 変な話ではないけれど、ふわふわの胸毛がすごい。語彙力が無いけれど、ふわふわの胸毛がすごい。埋もれる。そしてその奥から現れた弾力に埋もれる。柔らかくて――。


(あっもう……ダメだ)


「ちょっすらないで」


「別にいいっしょ。早くねろし」


 抱き心地最高かよ。


 しばらく体を擦られると、ぼくはもう体の反応に耐えられなかった。


 スヤ―。



 彼女は小さい頃ひどく怯えていて、そして控えめな子供だった。路地裏で汚れてお腹を空かせ。引き取った時も彼女はなかなか心を許してはくれなかった。


 何年もかけてゆっくりゆっくり。


 ひったくるようにパンを取り、狭い場所で一人食べていた彼女が、ぼくの傍でご飯を食べてくれるようになり、お風呂に入ってくれるようになり、一緒に眠ってくれるようになった。


 それは言葉で語れるほど簡単な時間ではない。


 それは今でもそうだ。


 彼女が傷つくと感じる台詞は何時も言葉には出さず喉の奥に仕舞い込んでいる。


 家族の話もタブー。


 本当の家族のようで本当の家族ではない。


 遠慮が垣間見える。料理を作ってくれるのもお掃除をしてくれるのも、彼女がぼくに遠慮しているからだ。


 本当の家族には決してなれない。


 妹のようだけれど妹じゃない。妹と呼ぶと彼女の機嫌を損ねる。ぼく達は兄妹のようで兄妹じゃない。でもそれでもいい。なんて考えていた。



 雄の本懐を遂げようとする意志と家族を守る意思が何時もぶつかり合っている。まぁぼくは家族を守るのだけれど。両親を失ったぼくにはこれしかないから。これは譲れない。譲れない願い。



 両親を失った時、ぼくは墓の前で何時もメソメソと泣いていた。良く覚えている。


 誰も助けてはくれない。誰も労わってはくれない。ぼくを愛してくれていたのは、ぼくの家族だけだった。


 お腹が空いて倒れても誰も助けてはくれない。病気になっても怪我をしても風邪を引いても誰も助けてはくれない。それは当たり前で、それを望むのがぼくの甘さだった。


 殺して食べた魔物の味が懐かしい。枯れ葉に包まれて寝ていたのが懐かしい。


 自分の問題は自分で解決しなければいけない。


 俺と言うのは簡単だ。でも他人に頭を下げるのに俺ではダメだった。


 ぼくのような人間が人の社会で生きていくのにプライドは邪魔だ。


 裏の仕事もした。でも結局、俺がやらされたのは人殺しだけだ。もうその仕事を斡旋する人間もいない。みんな殺してしまった。



 彼女を拾って以来、ぼくはずっとぼくのままだ。


「ちょっと……」


 あぁ、エッチな夢見てるな。やだな。


「良いから寝てろし」


 耳にかかる吐息に悶える夢。やだな。


「そこは……触らないで」


 妹なのに……。妹でこんな夢ダメなのに。


「いいから。すっきりしろし……」


「もー……」


 何処で覚えたのそんなの。ぼくの願望が嫌。でも夢だからと甘えて抗わない。夢ぐらいいいじゃんなんて。


「熱くて、どくどくしてるね……いっぱい出たね。よしよし……よしよし」


 手の平すらふわふわしていて埋もれると天にも昇る気持ちだ。吐き出さされて息も絶え絶え……キスされた気がするけれどきっと気のせいだ。


「今日は女遊びしてないね。よしよし……」


 君がいなかったら女遊びをしていたかもしれない。



 次の日目を覚ますと、彼女は普通に起きて朝食の準備をしていた。


 エッチな夢ばかり見て嫌だな。目も合わせられない。


「おはよっ」


「おはよ……」


 まともに視線も合わせられない……。


「チュッ」


 頬に口付けされて困る。


「もー……。子供扱いしないで」


「ふふふっ」



 引越しは滞りなく――街を出る時、彼女の友達数人が現れて別れを惜しんでいた。男女問わず名残惜しそうだった。


 何人かが街に残らないかと打診していたけれど、彼女はクビを縦には振らなかった。


「好きだ‼ 俺とこの街で暮らそう‼ 俺なら君を満足させてあげられるから‼」


 わお。男らしい告白だね。


「もーっ。冗談ばっかし」


「冗談じゃッ」


「ほーら。シャンとするし、いい男なんだからさー。その大きいもんも大切にしまっとき」


「いやっ。俺は……」


「ね? あたしにかまけてんじゃねーし」



 彼女がいなくなったらいなくなったで、楽になるかもしれないと脳裏を過り嫌にもなる。でももう子供でもないでしょ。ぼくが何かしなくとも彼女は十分に自立できる。むしろ邪魔なのはぼくなのかもしれない。


 ていうか醜態を知られる前になんとかしたいですほんと。



 馬車に揺られている間――ぼくは彼女を気遣い、彼女はぼくを気遣ってくれた。こういうのはちょっと良いのかもしれない。


 ぼくはスキル空間斬が使える。空間を越えて斬撃を見舞う術だ。


 斥候としては三次元的にフィールドを把握できる。完全把握は半径200m似内。


 空間斬が届く範囲は集中すれば1kmは届く。


 索敵で捕らえた目標に対して短剣を振るうだけでいい。


 大体はクビを狙う――考えた事はないけれど、空間を裂くのが良いのか、ミスったことはない。大体一撃で即死させられる。


 街道の旅は楽じゃないけれど、この能力があれば事前に皆殺しにできるので問題はない。


「トイレ行きたい」


「わかったよ」


「ほらっ。ちゃんとこっち見てて。警戒するし」


「わかってるよ……」


「はい。次はあんたの番だし」


「こっち見てなくていいから」


「なぁに? 小さいの気にしてんの?」


「小さくて悪かったね」


「可愛い。よしよし……」


「もー……子供扱いしないで」


 トイレは一緒にこなす。寝る時は一緒にかたまって眠る。


「ほらっ。もうちょっとこっちくっつきなよ。他のお客さんに迷惑でしょ」


「もー……」


 困った事に彼女はぼくより大きくて、包まれるとどんな場所でも安眠してしまう。それが良くない。彼女がちゃんと眠れているのか心配になるけれど、それを告げると膝枕を要求される。


 良く夫婦に間違えられる。


 彼女は妹扱いすると超絶不機嫌になるので妹扱いはしない。タブーなのだ。そして何時も厚着をさせて頭まですっぽり覆う布で包んでいる。



 こんな事を言うのは何だけれど、彼女はとても魅力的な女性だ。


 スカートが劇的に似合わない点を除けばの話。


 普通に顔や体を晒していると求婚が絶えない。ガチだからね。寄った村で彼女を略奪するための集団が結成された事実がある。なんでやねん。全員張った押したぼくの努力を誉めてほしい。馬車を所有する商人からの求婚も耐えない。お前、妻と娘がおるやんけ。お兄ちゃんそれは認められません。



 三日後――到着した街で物件を探す。


 慣れたものですぐに良さそうな物件を見つけて荷物を押し込めた。


 屋根があり、トイレとお風呂が別ならぼくはいいけれど、彼女はなるべく狭い部屋が一つだけの所を好む。



 部屋が決まり荷物を押し込んだらぼくはギルドへ向かう。お金を稼ぐためだ。


「今日ぐらいゆっくりすればいいのに。ほらっデートでもするし」


「そういうのいいから。行ってきまーす」


「あ? ギルド行くのはいいけど夜帰って来なかったらどーなるかわかってるよね?」


「はいはい。遊びはほどほどにね」


「は?」


「何時か刺されるから男遊びはダメだよ」


「帰って来なかったらどーなるか肝に銘じていけし」


(おーこわ)


 ソロだと受けられない依頼が多いけれど裏技はある。


 事後報告すればいいのだ。強い魔物の討伐依頼を眺めて居場所を知り、依頼を受けずに討伐した後に報告すればいい。


 デメリットはある。まずダブルブッキング。これは正式に依頼を受けた人達に謝罪をしなければいけなくなる。慰謝料を請求された事もある。


 次点でギルド職員からの心象がめちゃくちゃ悪くなる。一度ならいいけれど二度目からめちゃくちゃ目を付けられる。経験済み。ギルドマスターがあまりにも文句言うからボコボコにした事がある。でもやるね。



 ハイエナも効率が良い。


 ダンジョン等で敵を倒さずに宝箱だけを漁って持ち帰る行為だ。


 めちゃくちゃ嫌われる。めちゃくちゃ嫌われるけれど効率は良い。


 キマイラの討伐依頼あるじゃん。やったぜ。


 キマイラは頭が三つある魔物で前半分がライオン、後ろ半分がヤギ、尻尾が蛇の魔物だ。大型の魔物なのでみんな避ける傾向にある。ライオンの前足にある鋭い爪と牙は危険だし、ヤギの後ろ脚での蹴りは強烈。尾の蛇に締め上げられたら全身の骨が砕けるし、毒を注入されたらまず助からない。



 さてお仕事の時間です。


 依頼書にてあらかたの場所は把握しておりますー。現地に到着致しましたら早速索敵致しますー。斥候スキル、サウンドノックと千里眼を併用しキマイラはおよそ2km先――その他魔物多数を捕捉します。各個空間斬にて撃破させて頂きません。頂きません。全部倒したらね。怒られるからね。目標だけね。自然に優しい男なのだぼくは。


 差し足忍び足で近づきます。スキル、インビジブルを使用します。このスキルはね。強いよ。自分を四次元的な存在まで高めて存在事態を現三次元から離脱させるスキルです。


 200m似内に近づきました――キマイラさんは寛いでいらっしゃるようですね。


 インビジブルはね。強いけどね。向こうがこっちを察せられないのと同じでね。使用している間は三次元に干渉できないんよね。だから近づいたら解かないと何もできないんよね。


 サウンドノックは音を利用した索敵法で半径200m~5km似内の空間を音により三次元的に把握できる。デメリットは耳の良い魔物にこちらの位置を把握される事。でも森の中は色々な音が流れているのでほぼほぼ大丈夫。


 千里眼は鷹の目の上位スキルで空間を超越して対象を視認することできますー。デメリットは視界がその光景に奪われて近場が察せられない事。


 インビジブルを解いて、万が一に備えて第六感スキルを展開。


 自分で説明しよう。第六感とはなんかいい感じに反射神経が高まり、なんかいい感じに物事を察して迎撃できるスキルなのだ。ちなみに第七感も習得している。


 この第七感は次元を感知する能力だほい。この能力のおかげでぼくは空間斬やインビジブルを使用できる。


 第六感で被弾した事ないから大丈夫っしょ。あひゃひゃ。



 キマイラさんの近場の木――木との対比で体の大きさを把握します。


 一度千里眼を解き、近場の木にナイフで目印をつけます。


 振り幅の目安です。こんなものでしょうか。


 ではキマイラ三分クッキングのお時間です。


 目印の幅を脳裏に焼き付け千里眼を発動、対象を視認し、空間斬――まず飛ばすのはライオンの頭です。空間斬は座標攻撃なので油断すると普通に外れます。


 一振り――ライオンのクビが両断され落ちました。突然の攻撃で混乱しているようですね。乗じて次にヤギのクビを落としました。最後に蛇、コイツはクビではなくてお尻と繋がっている部分を狙います。終わりました。


 今日は三振りで終わりましたね。やったぜ。後は素材を回収するだけだ。



 最初にライオンを落とすのは機動力を奪うため。ライオンの頭は前足の動作も担っているので、クビを落とすと必然的に上半身の動きも止まる。次にヤギの頭を狙えば下半身の動きも止まる。蛇はそれでも自立して動くので、根本を狙って確実に体から分断する。


 空間斬は座標攻撃なので狙い安さは大事。だーいじ。


「ふはははっ」


 素材大量ゲット。やったぜ。



 問題はある。やり過ぎると魔物がいなくなってしまう事だ。だから一日に狩る数はある程度抑えないとすぐに移動になる。魔物がいなくなるからね。仕方ないね。


 これは冒険者としても致命的だ。冒険者組合の危機だからね。仕方ないね。


 いや……普通に治安を考えたらそうした方がいいのだけれど。



 しかし物事とはそううまくはいかないものだ。


 今日は問題になってしまった。


 キマイラの首を持って帰ったら滅茶苦茶受付嬢に怒られた。


 ダブルブッキングも起きた。受けたパーティーにはめちゃくちゃキレられた。


 別に街が平和なら誰が倒してもええやろがい。なんて言い分は通用しない。


 決闘を申し込まれたのでボコったら怒られた。なんでだ。



 ついでに漁った宝を換金しようとしたら出所確認が行われ、疑われて牢屋にぶち込まれた。ペナルティで久しぶりに牢屋に入れられた。調査を終えるまでそこで反省して下さいだってさ。ついでに受付嬢から一晩中命の尊さについてコンコンと説かれた。


「寝ていい?」


「ダメです‼ まだ話は終わっていません‼ 貴方にも家族がいるでしょう⁉ 自分がどれだけ危険な事をしたのかわかっていますか⁉」


「逃げる暇がなくてさ」


「戦うよりはるかに簡単でしょう‼ 貴方斥候ですよね‼」


「うひー……」


「うひーではありません。貴方の噂はこの街にも届いていますよ‼ レッドリストに登録されています‼ 王都の元Sランクギルドマスターをボコボコにした話は有名ですよ⁉」


 マジかお。だってなんかムカついたんだもんあのハゲ筋肉。


「いくら強いと言ってもソロではダメです‼ 貴方が死んだら残された妹さんはどうするのですか⁉ キマイラ等下手をしたら命を落としていたんですよ⁉」


「妹じゃない定期」


「じゃあ奥さんですか⁉」


「説明するのめんどい……」


「全然反省してないじゃないですか‼」


「おおう。ジーザス。ラーメン、イザカヤ、ピーナツバター……」


「何訳の分からない事を言っているのですか‼」


 偉大な異邦人が残していったありがたいお祈りの言葉なのにー。



 結局解放されたのは朝だった。


「いいですか⁉ くれぐれも依頼はギルドを通して下さいね‼ わかりましたか⁉ 後決闘時に壊した壁は弁償ですからね⁉ キマイラの料金から引いておきます‼」


「わかった。わかったから掴まないで……ぐぇえ」


「はぁ……くれぐれも、お願いしますね? ギルドマスターの時のように領主を脅してギルド資格の剥奪を無理やり無効にしないで下さいね。ギルドマスターさんが自信を無くして引退しちゃったんですから。わかっていますか?」


 いや、あのハゲ親父はマゴと遊びたいから引退したんやで。


「すみませんでした……。ありがとうございました」


「まったく……今度したらお家まで行きますからね⁉」


「ラーメンイザカヤピーナツバター……」


「また訳の分からない事を‼」


「ラーメンイザカヤピーナツバター‼」


「もうっ‼」



 朝帰りなんて初めてだ。


(まぁ彼女は遊びに行っておらんじゃろが)


 大切に育てた女の子が超絶美女だが全然ぼくに靡かない件について。


 一筆書けちゃうぜ。うほーい。


「ただいま……」


 家の扉を開けると彼女が腕を組んで立っていた。


(うわぁ……)


 心の中で思わずそんな声をあげてしまう。テンションダダ下がりだぜ。


「はぁ……とうとう。とうとうやりましたね。とうとう……てめぇ……とうとうやりやがったな‼」


 襟首を掴まれて引き寄せられる――力が強い。


「待って。ギブギブ。確かにやりおったけど」


 ギルドでペナルティを受けた。彼女にとっては身内の醜聞だろう。


「とうとう朝帰りしおったな‼ このニオイ‼ 女のニオイ‼ あたしのものなのに‼ 何処の女だ‼ 許さない‼」


「何の話?」


「あたし帰れって言ったよな⁉ 言ったよね⁉ あーもう……ほんと悠長にしてたらこのざまよ。もういい。もういいわ。あんたが悪いのよ‼」


「あのっ。待って‼ ちょっと‼」


 備え付けのベッドへと叩きつけられる。でも柔らかいからボヨンボヨンした。ぼくを傷つけるつもりはないらしい。そんな怒らなくてもいいのに……。


 お風呂入らないとお布団が汚れちゃうよー。


 馬乗りとかお兄ちゃん悲しいです。



 ブチブチブチと音がして驚愕した。これミスリル製の鎖帷子です。素手で破く人初めて見ました。お高いです……。


(お高いです‼ やめて下さい‼ オーダーメイド‼ オーダーメイドです‼ お兄ちゃんは貴女をそんな風に育てた覚えはありません⁉ いやあるかも……)


 顔にポタポタと落ちて来たのは彼女の唾液だった。指に指を通されて拘束されている。唾液からは甘いニオイがした。


「あたしが……どんな気持ちだったかわかる? 一晩中どんな気持ちで待っていたかわかる?」


「いや、あの……ごめん。遊びに行かなかったの?」


「遊び……? あたしが男と遊んでもいいんだ? へー? もう絶対に許さない」


「あのっ。違くて。ギルドに拘束……ひゃん」


 変な声が出た。生暖かい舌が胸元を這い、変な声がでた。


「へぇ? なに? ギルドの受付嬢と一晩中一緒にいたわけ? いいご身分ね?」


「ちがっちがうって‼」


「もういい‼ もういいわ‼ この服についた香水のニオイ。マーキングされてんじゃん。マジ許せんわ‼」


 口元を蹂躙される。蹂躙されている。声も出せない。


「初めからこうすれば良かったのよっ」


 起き上がるのに時間はかからなかった。このニオイ。このニオイが良くない。こんんなの無理。抗えない。ムンムンしている。


「昨日楽しんで来たわりに随分と元気なのね」


「誤解だってば……ダメ。ダメだから。それ以上」


「何言ってるの? 入りたい癖に。ほらっ見なよ」


「それは……その」


 腰が、ゆっくりと沈んでいくと、体がのけ反ってそれをさらに求めてしまう自分がいる。こんなの無理。むりむりむり。


「待って‼ 待って‼ 待って‼ ダメ‼ ぼく達は‼ 兄ま‼」


 ミチミチミチミチ……。


 腰が沈み込むと意識は宙に遠のいていた。


 包まれている――締め付けられて目の前が真っ白になる。体が無数に痙攣し、その圧倒的な解放感に抗えなかった。


「あっ……あっ……あっ……あっ……」


 体がビクリと定期的な痙攣を引き起こし、そのたびにダラしない声が出る。それなのに体はのけ反って。もっともっととのけ反って。


 戻って来た意識と過呼吸。


 彼女がニヤニヤしながらぼくを眺めていた。


 顔を逸らしてしまう。


「はやっ……」


 そう告げられて涙目にもなる。


「……仕方ないでしょ。初めてなんだから」


 そう告げると彼女は目を丸くしていた。


「そうなの?」


「そうだよ……もー……」


「遊んでるんじゃないの?」


「……食べ歩き。女遊びはぼくには無理……」


 ゆっくりと彼女の体が覆いかぶさり密着してくる。圧倒的モフモフ感の前に力は抜け握力すら入らない。ぼくは無力だ。



 「そう……なんだ」


「もー……こんなのダメなのに……」


「わかった。責任取る」


「責任って……もー……何言ってるの……。こんなの遊びなんでしょ」


「そんなのした事無い」


「……遊ぶって言ってたのに?」


「それは……あなたが、あたしに興味無さそうだったから。ちゃんと初めてだし……あたしだって。昨日はなんで? なんで朝帰り?」


「依頼を受けていない魔物を倒してペナルティを受けたの。牢屋で一晩中」


「女のニオイは?」


「受付嬢に一晩中コンコンと説教されてた」


「そう……なんだ。でもこれおかしいよね? 絶対マーキングされてるよね? ニオイを付けるのなんてあたしに対する挑戦だよね? マジ許せないんですけど」


「もー……そろそろ離して」


「無理」


「なんで?」


「あんた昔から優しかったよねー。汚れたあたしを拾ってさー。温かいご飯用意してくれて。何時も甘やかしてくれて。噛んでも怒らなくて……添い寝してさ。あたしを迎えに来たあいつらを追い返して……手が出せないようにしたのよね? あたしをこんなにしたのはあんただって自覚ないよね? あたしの脳を焼いたのはあんただからね」


「そんなの……普通でしょ?」


「普通じゃない‼ だから待ってたのに……。あたし、良い女になったよ? 沢山の男に求められるような良い女になったよ? 男はみんなあたしを求める。あたしに夢中になる……。でもあんたはあたしを求めない。うふふっ。笑っちゃうよね。もう許さない。もう我慢しない。もう無理。それにあたし今、すごくあなたを求めている。もうダメ。我慢できない。絶対に離さない。絶対にダメッ。もう離さない。あんたはあたしのものなんだよ。絶対に離さない」


 こんなの無理だよ。無理。圧倒的柔らかさ。モフモフ感。癒しの極致と雄としての本懐が混ざり合い頭がおかしくなる。


 癒されているのか滾っているのかどちらなのか判別できない。


 それなのに、それはとても……。心臓が強く鼓動するのに動きたくない。動けない。なすがまま。何をされても構わないだなんて。



 次第にぼくのタガも外れてくる。彼女が王族の娘だと告げられてもぼくは信じただろう。それほどに彼女は良い女性だ。そんな女性に求められたら抗えるわけもない。


 三日が経過する頃にはぼくの方が離れられなくなっていた。


 彼女の力が強すぎてどちらにしろ抗えないのが正解だけれど。


 なぜこんなに力が強いのか。


(ベヘモスの肉のせい? レッドドラゴン?)


 倒したけれど換金できなかった肉の数々を思い返す。


 コイツぼくより強そう。


(ミスリルの鎖帷子がボロ雑巾になってるんだけど……)


 もうぼくにはどうしようもない。彼女が望むなら彼女の望むままだ。


「浮気したら……ニオイでわかるからね?」


「あのさぁ……良い女なの……自覚したほうがいい」


「そう?」


「もう夢中過ぎておかしくなりそう……」


「そうかそうか。よしよーし……よしよし。いい子いい子」


 彼女がいれば女は他にいらない。むしろ邪魔まである。このニオイがもうダメ。何時までも嗅いでいたい。嗅ぐとすぐに元気になってしまう。でも嗅いでいたい。


「もー……子供じゃないってば」


「うふふっ。だって可愛いんだもん。あたしのもーの……」


 雁字搦めで動けない。でももっとちゃんと……。


「ねぇ? 聞いて? ちゃんと……愛し合いたい」


 その言葉を聞いた彼女に蹂躙されるのに時間はかからなかった。なんでだ。



 背中に這わせた手――力を緩められそうにない。ずっとくっついている。


 ピッタリと身を寄せるぼくを、彼女が嬉しそうに見下ろしていた。


(うわぁ……)


 それはまるで獲物を捕らえた獣の目だ。


 それでも構わない。首を伸ばしてその唇へと唇を寄せるとすぐに押し倒されてしまった。蹂躙されるのに時間はかからない。


 逃れるのは簡単だけれど……彼女を傷つけるつもりがそもそもない。


 仕方ない。ぼくも離れられそうにない。


「もっと……痛くしてもいいよ?」


 そう告げると、彼女はいっそう目を細めて喜んだ。

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拾った女の子を大切に育てた男の末路。 柴又又 @Neco8924Tyjhg

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