第4話 聖女エリアンヌ
西方、第一都市リュミエールの聖都区。
大理石の塔の最上階。純白のカーテンが風にたなびく室内で、ひとりの少女が盛大にくしゃみをした。
「ぶえっくしょい! ちくしょう!
……っく、何、誰よ今、噂してるの……」
黄金の巻き髪が揺れる。ピシッと整った制服姿の少女は、つんと顎を上げて窓辺に立ち、遠くの空を睨みつけた。
その名は、エリアンヌ・ルクレール。
王国が誇る“正統派の聖女”であり、神の御使いである天使との契約を、無事に果たした者である。
(……あの子、大丈夫かしら)
その“あの子”とは、かつての同期にして、少しだけ変わった聖女候補──セラフィーナのことだ。
エリアンヌは、同期の誰よりもセラフィーナを気にかけていた。
対して聖力もないくせに、一丁前に正義感だけは強い“あの子”。陰口を叩かれても、仕事を押し付けられても。
小言を漏らさず、それどころか笑顔も絶やさずに頑張っていたセラフィーナのことを。
洗礼の日、彼女が召喚したのは天使ではなかった。
現れたのは、常識も空気もピンクのスーツに包んで持ち去っていった、得体の知れない“オネェの悪魔”。
「レヴィアタン、だったかしら? 確か“大悪魔”とか名乗っていたけど……」
思い出しただけで、エリアンヌは眉をひそめる。どう見てもあれは神聖の対極だ。しかし、神聖なる教会に姿を現せる悪魔など、“魔王”か、それとも……。
「……っていうか、そもそも何よ、アレ。
ふざけんじゃないわよ! 悪魔を祓って儀式をやり直させればいいのに、追放ですって? 神官長様は何を考えているのよ! 信じられない……」
ぶつぶつと呟きながらも、エリアンヌの指は窓辺の祈り珠を握っていた。少しだけ、力を込めて。
──彼女が笑っていればいい。そう願うのは、決して、昔からの親友としての想いだけではなかった。
「ほんっと、アタシってバカよね……あんなのに振り回されて……」
声に出すと、少し胸が痛くなった。
「……でも……どうか無事でいてよ、フィーナ」
遠く、白い雲が流れていく。どこかで、誰かが幸せであるように。聖女は今日も祈る。
そしてその背後では、控えている天使が佇んでいた。
整った顔立ち、長い睫毛、落ち着いた雰囲気。だが、鮮やかな青の髪と氷のような瞳がその存在をひときわ異質なものにしている。
『エリアンヌ。また、セラフィーナの夢を見ていたのですか?』
「夢じゃないわよ、尊い祈りよ」
そう言いながら、エリアンヌはそっと瞼を伏せる。
ちらりと視線を上げた先で、サリエルが静かに言った。
『悪魔と行動を共にしているならば、排除対象になりますね。処刑法を考えなければ』
「……はいはい。出たわね、“悪魔絶対殺すマン”!」
エリアンヌはうんざりしたように眉をひそめた。
「強火拗らせサイコパス天使のあなたに、誰があの子を探させるもんですか! あの子は別に悪さしてないわよ。悪いのはあのオネェ悪魔だけ!」
『未然に防ぐのも、我らの務めです』
「うるさい。ちょっとでも勝手に動いたら、アンタの羽むしってやるからね!」
そのやりとりはいつものことだったが、胸の奥に冷たい予感が過ぎるのを、エリアンヌは気づかないふりをした。
その胸の奥に、ずっと刺さったままの名前を、誰にも見せず、そっと撫でていた。
「ああ、もう……! セラフィーナ! このサイコパス天使からも、あの悪魔からも! アタシが守ってあげるんだからねー!」
聖女の儀式で「天使を召喚せよ」と言われたので頑張った結果→オネェ悪魔が出て即追放されました。でも今すっごい溺愛されてます。 てふてふ @tafutafu555
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