風を見る人

🌸春渡夏歩🐾

凪の日

 オレはカイト、機械を修理しながら旅をしている機械屋だ。


 一年に一度、訪れるこの村には、いつも風が吹いている。風を利用して、村では風車で水を汲み上げたり、粉をひいたりしている。


 オレは、いくつかある風車の調子を見ながら歩いた。行く先は、村はずれの「風見かざみの台」。ひときわ高いその場所に上る。


 きっと、アイツはそこに居るはずだ。


 ◇


 風見の台からは、村全体と遠くに海が見渡せる。

 近くの枝には、色鮮やかな細い布がいくつも結ばれていて、風にはためいていた。


 両手を杖に乗せて、視線を遠くに向け、じっと立っているひとりの青年。金色の髪が風を受け、なびいている。


 ヤツは近づいていくオレに気がついて、こちらを見た。ごく薄い水色の瞳を細めて、微笑む。

「カイトさん! お元気そうで何よりです」

「よぉ、セイラン。久しぶり」

「私の顔は忘れてなかったようですね」

「毎年、会ってるんだ。さすがにオレだって忘れないぞ」


 セイランは「風見師かざみし」だ。ここ「風見の台」で風をむ。その手にあるのは、風見師であるあかしを示す銀の杖。


 今年もこの時季が来た。

 —— 凪の日。


 この村では、季節が冬から春に移るとき、強い南風が吹き荒れたあとで、一日だけポッカリと風の止まる日がある。傷んだ風車を修理できるタイミングは、この時しかない。

 村にとって大事な日なんだ。


「今年の凪の日は、明日になりそうです」


 セイランは、こうして凪の日を予測するほか、風の強さや向きを村人達に伝える。風が雷雲や嵐を連れてきたり、突風が吹いたり、高波が水害を引き起こすこともある。重要な役目だ。


「私は小心者なので、風を詠み間違えたらどうしようと、よく不安に感じていました。でも、風見師見習いのとき、先代に言われました。『心を開けば、風は語りかけてくれる。目にうつるただそのままを詠み解けば良いのだ』と」

「今までに間違えた例はあるのかよ」

 セイランは首を振った。

「私の知る限り、過去に一度もありません」

「すげえな。でもさ、もし間違えて備えをしても、悪いことが起こらずに済んだんなら、その方が良いんじゃねぇのか」

 セイランは目を大きく見開き、

「カイトさんも村長むらおさと同じことを言うんですね」

 そして、微笑んだ。

「ありがとうございます」


 ◇


 翌朝、オレは村人達と準備を整えて、「風見の台」から合図の狼煙のろしが上がるのを待っていた。


 ……狼煙が上がる! 風車が止まった。凪の日がはじまる。

 さあ、仕事をしようぜ。



 ◇◇◇


 はじめて、この村を訪れたのは数年前のことだ。


 風車が回り、帆を張った小舟が水路を行きかう。

 野原で凧揚げをする子供達。その中に泣きベソをかいている子がいて、折れた凧の骨を直してやった。


「ありがとう! ね、一緒に凧揚げしよう」

 しばらく遊んだあとで、まだ宿も決めてないことに気がついて、オレは子供達と別れた。

 

「上手いものですね」

 歩いていると、後ろから声をかけられた。それがセイランだった。

「オレは機械屋だからな。壊れたものを見ると、直さずにいられないんだ」

「機械屋さん……ですか? では、あの大きな風車も修理できるんですか?」


 視線の先で回る風車は、ときおりギィ〜と軋んだ音をたてていた。羽根が何枚か傷んでいる様子が、下からも見えた。


 セイランの趣味は絵を描くことらしい。

 スケッチブックの中では、様々なが吹いていた。


 舞い散る花吹雪。

 風に揺れる樹々。

 打ち寄せる波頭。

 風車と行きかう帆かけ舟。

 はためく洗濯物と娘達。

 シャボン玉遊び。

 凧揚げ。(おっと、絵の中にはオレもいた!)


「普通の人は、風を見ることができないので、こうして描くことで、風を捕まえて、伝えられないかと思うのです」


 セイランには「風の始まりの色」が見えるのだと言う。

 風見師にもいろいろあり、セイランの祖母にあたる先代は、風のを感じる人だった。曽祖父は、風のを聞いたのだそうだ。


 風の色……ヤツの瞳にうつる風は、どんな色をしているのだろう。


「強い風の力の前で、人はあらがえません。風が起こすのはちょっとしたイタズラだけで済むように、人々が風を好きでいてくれるようにと、私は願っているんです」


 ◇◇◇


 「くぅーっ、やっぱりこの店の包子パオズは最高だ!」


 この村の名物、包子を出す店は他にたくさんあるが、教えてもらったここがいちばん美味い。

 もっちりした皮、中の餡からは溢れる肉汁。ビールに合う! 最高〜!! 労働の後の一杯はたまらん!


 オレは一気に飲み干して、お代わりを頼んだ。


「カイトさん、来年もまたお願いできますか?」

「もちろん! この包子を食べに来るに決まってる」

「いえ、そうじゃなくて……」

「わかってるって。まかせとけ」

 オレがカッコつけて片目をつぶってみせると、ヘタクソなウィンクに、セイランは笑って

「よろしくお願いしますね」



 オレの気ままな旅に、こうして毎年訪れる場所があること、待っていてくれる人がいることも、まあ悪くないかな、と思ったりする。


 そして、旅はこのあとも続く。


 *** 終わり ***

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