身のほど知らずにも極小だけでも幸せを!
渡貫とゐち
相談所
「私は向こうの島へいきたいんですよ」
冷房が効いた店内。
カウンターを挟んで、客と店員が対面していた。
左右を見れば、同じように客と店員が話し合っている。……そうは言ってもここは旅行会社ではないので、島へいきたいのですと言われても対応はできないが。
そういうのは旅行会社へ相談してほしい。
「向こうの島ですか」
「比喩ですよ。だから振り向かなくていいです……振り向いても見えるのは壁でしょ」
「そうですけど……向こう、と言われると反応してしまうのですよ……失礼しました」
「いえ。とにかく私は向こうの、」
「向こうの」
「もういいですから! ……たとえば、遠くの島でのんびーりと暮らすことが目的だとしましょうよ」
「はい」
「島へいくには海を渡る必要があります。海を渡るには、船が必要ですよね?」
「海からいくならば、ですけどね。空ならば飛行機となります」
「手段はどうでもいいんですよっ。言いたいのは、島へいくこと――その先の生活が目的であって、船を使って移動することは手段である! と言いたいんです!!」
と、客が熱弁している。
言いたいことは分かったが、しかしなにが言いたいのだ?
店員は律儀にメモを取っているものの、無駄になりそうな話し合いである。
「ええと……?」
「つまり、船に乗ること――移動そのものを目的としたら島へ辿り着く必要はないってことになりますよね? 船に乗って海の上をダラダラとしていればいいわけですから。島へ辿りつかずとも、なにも問題はないわけです」
「……船が目的なら、そうですね」
それは……ないわけではないだろう。
船をただの移動手段としてではなく、観光スポットとして乗る人だっているのだから。
「そして、船を動かすにはひとりでは無理です……という設定ですね。ゆえに……だからこそパートナーが必要なわけです。男なら女性、女性なら男のようにね」
「…………」
「不足したパーツ、と呼んでもいいでしょう。そうっ、ここは、そのパーツが欲しいんですけどっ、と相談してきた客にパーツを紹介していることになるんですけどね!!」
「なんですか、我々の仕事を批判ですか?」
――結婚相談所、である。
明言を避けていたのか、客は結婚相談所というワードを一度も出さなかった。
しかし内容を聞いていれば批判にしか聞こえなかった。
ようは結婚生活を『島』とし、
結婚を『船』とした場合、交際が『船作り』? のようなものなのだろうか。
結婚したいがためにパーツを探しにくるのはおかしい、と男は言いたいわけだ。
「批判ではありませんが、おかしくないですか? パートナーと幸せな生活を送りたい、そのためには結婚をした方がいい……だから結婚するものだと思っていました。結婚相手がいません、というのは本来あり得ないんですよ。だって相手がいてこそ結婚も結婚生活も発想するわけですから。相手がいないのに後のことを考えても……ねえ?」
「いや私に言われても」
結婚したいから相手が必要だ、探してください――それが結婚相談所だ。
幸せな暮らしを夢見ているのに相手は誰でもいい(多少絞ってはいるが、しかし妥協も視野に入れているなら極端なことを言えば誰でもいいのでは?)って、おかしくないだろうか。
安易に取り換えができてしまうパートナー……代替案がいつでも浮上する結婚生活、幸せだろうか? 長続きするのだろうか。……しないから相談所があるのか? もしかして結婚相談所を利用する人は、ぐるぐると回っているだけだったりして……。
存在し続けているのだから需要はあるわけだ。
誤解のないように言っておくと、この客は別に、批判したいわけじゃない。否定だってしていないのだ。ただの持論である。……まあ結婚相談所でする話ではないとは思うが。
わざわざ言わないでもいいだろう持論である。
「……それで、そんなことを言うために当店の利用を?」
「いや、ただの雑談で。私はこういう思想です、と自己紹介をしておけば、この後で円滑にパートナーが探せるかと思ったんですよ」
「……こちらがはずれをお渡しする、とは考えなかったのですか?」
「おっと、はずれがいるのですか? こりゃあ問題だ」
失言だった。身の程知らずの相談者の条件からこぼれ落ちたはずれのパートナーは、数多くいる。誰か引き取ってくれないか、と悩みの種を抱えているのだ。
しかし身の程知らずの条件から溢れた人も身の程知らずな条件をつけていることが多く、成約されない――悪循環でもある。
立場上、言いにくいことだが、結婚できる人はとっくのとうに結婚している。している人が正義で、していない人が異常者ではないものの――
今の時代、結婚がゴールでもない(そもそも結婚はゴールではなくスタート地点だが)……仕事や趣味に没頭した大人が、年を取って、人恋しさから恋愛をすっ飛ばして結婚したい、と思ってやってくることも多いわけだし……というか大半がそうである。
少なくとも、店員はそういう人しか相手をしていなかった。
「……はずれ、というのは言葉の綾です。大衆がイメージする、美人、美男ではないですよ、という意味で――失言というほどではありません」
「そういうことにしておきますか――構いませんよ、私は条件などありません。誰でもいいので紹介してください。私は結婚を――いえ、島へいって寂しくない生活をしたいだけですから……誰でもいいんですよ」
彼の持論で言えば、パートナーがいないのはあり得ないとのことだったが、取り換え前提の、誰でもいいから穴を埋めた上での結婚生活ならば、相談所を使うことは間違っていない。
恋愛を通る必要がない以上は、相談所で相手をあてがってもらうのが最も早い。
……恋愛のれの字もなく機械的に結婚をすることになるが、それでもいい人間からすれば結婚相談所はまさに理想の店だった。
これでいいのか?
という自問自答はとっくのとうにやり飽きたのだろう。客に躊躇いはなかった。
「……では、適当に見繕ってご紹介しますね」
「…………いや、やっぱり条件なしは最終手段にしましょう。少しだけ条件を付けてもいいですか……? いやまあほんとダメならそう言ってくれていいんですけどね!?」
「…………努力しますが……では、条件をどうぞ」
「美じ――」
「条件を変えてください、いるわけないでしょう身の程知らず」
まあ、探せば問題しかない美人ならたくさんいるのだけど……。
…おわり
身のほど知らずにも極小だけでも幸せを! 渡貫とゐち @josho
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