スターライト☆ノヴァ

春日台昇

スターライト☆ノヴァ

 人類が月に新たな植民市を作り、宇宙開発史に新たな1ページを刻み始めてからはや300年。地球が度重なる戦争と目まぐるしい環境変化により、当時の覇権国家群は国連を通じて月面、および火星への移住計画を発令し、人類の人口の大半は月面と火星が第二の故郷となった。

 そして、人類は歴史の轍を踏むように火星自治区独立戦争を経て、西暦2380年は更に複雑怪奇な政情のなか人々は太陽系に生活圏を徐々に広げながら暮らしている。

 木星衛星がひとつエウロパにある、かつてヘリウム採掘員の住居として造られたコロニー。今ではやむを得ない事情で流れ着いた流浪の人々が、狭く煩雑な都市空間にひしめきあっている。

 そのコロニーの最下層、十二階層にある小さな酒場「バッカス」では、追われ流れ着いた流浪の人々とは似合わない風貌の野郎どもが席に座っていた。

 野郎どもは腰や肩に警察の放出品であろう低殺傷テーザーライフルや、拳銃を見せびらかすように引っ提げている。この時代、銃器をぶら下げる民間人は賞金稼ぎが相場であり、店にいる皆が賞金稼ぎであった。

 酒場のマスターも人に語れない事情があるのだろう、カウンター席に着く髭面とハゲ頭の賞金稼ぎ達の前に恐る恐るビールを置いた。

「心配すんな、大将。俺たちが狙っているのは、お前らみてぇにエウロパに尻尾巻いて逃げてきた雑魚じゃねぇからよ。」

「そうそう。アタシたちゃ月面で指名手配されてる野郎を追っかけてきただけよ。」

「それでソイツが今ココ、辺境のド田舎に身を隠してるって話を聞いたからよ。賞金稼ぎ御一行様が来たって事よ。」

 髭面はゲハハと笑いながら、ハゲ頭はオホホとマスターがおっかなびっくりする様を嗤いながらビールを一口飲んだ。

「へ、へぇ。ですが、今日はやけにアッシの店に多すぎやしませんかね?」

 マスターが恐る恐る髭面に質問すると、髭面の眉間がピクリと動いたかと思うとビールが並々注がれたジョッキをドカンとカウンターに叩いた。

「うるせぇ!こっちは第一層から第十二階層まで丸3日、虱潰しに探したけれども、ち〜っとも見つかんねぇんだよ!」

「それに。第十二階層で酒を売ってる所なんて、アンタの店くらいしかないじゃない。荒くれどもがクタクタの身体と心を癒やそうと思えば、自然と集まるのも不思議じゃないわよ。」

 2人はビールをグビグビと飲み進めると、酒場のドアがギイと開いた。

「ほら、話をすれば同業者が来たわね。」

「へ、へぇ。いらっしゃいまし。」

 マスターは店に入ってくる新たな賞金稼ぎを見ようと、顔を入り口に向ける。そこには扇情的な服を着たカウガールとドブネズミのような見てくれのルンペン男というコンビであった。

 カウガールの服装は、西部劇で使われそうな安物なラメ入りの衣装を着てテンガロンハットを被っていた。特に上半身は胸元までしか丈がない派手な装飾をした白のフリンジジャケットのみであり、下着はつけてなくジャケットの隙間から星型のニプレスを貼ったタワワな胸が拝めるほどである。テンガロンハットから溢れた黄金の髪が酒場の下品な照明に照らされ、より彼女を妖艶に見せている。腰につけているガンホルダーから見えるのは、かつて西部劇映画で名を馳せたシングル・アクション・アーミーである。

 対してルンペンの服装は黒のボロボロのコートの下に適当な古着を重ねて着ており、かつて日本で信仰されていた貧乏神を現代に蘇らせたらこんな身なりになるくらいだ。髪は洗ってないのか妙にテカテカと光っており、入口の側にいた鼻の良い賞金稼ぎの1人はルンペンが横切ろうとすると鼻を押さえていた。

 ハゲ頭は懐から携帯端末を取り出すと、端末のカメラを彼らに向ける。端末は少しして、液晶画面に賞金稼ぎ登録者の情報を映し出した。

「あの痴女がノヴァ・マーズライトで、あのホームレスがラットキングね。やっぱりアタシたち同様賞金稼ぎのようね。」

「おう、大将!酒くれ酒!ビールにウイスキー混ぜヤツくれ!」

「おい、ノヴァ。また酔い潰れるなよ。運ぶこっちの身にもなれ。こっちにはビールでもくれ。」

 ノヴァが景気よく注文し、ラットキングが彼女を諌めながら2人は酒場のカウンター席に着いた。

「へぇ。」

 マスターは注文通りノヴァにはビールとウイスキーのカクテル、ボイラーメーカーをラットキングにはビールを2人の前に置いた。このときマスターはチラと、2人の顔つきを見る。

 ノヴァの顔立ちは整っており、プロポーションも良いため一見女優と見間違えるほどだ。特にガーネットのような赤い瞳は自信に満ち溢れているのかキラキラと輝いている。

 対してラットキングの顔立ちは酷い。平均的な顔立ちだろうが無精髭が生えており、生気のない黒い瞳と隈は彼を見た者に不快感を与えるほどである。

 ノヴァは出てきた酒を前に待ってましたと言わんばかりに両手を数度擦ると、すぐに飲み干してジョッキを空にしてしまった。

「プハー!うめぇ、やっぱり極寒の地だから酒が染みる染みるぅ。」

「おい、飲んで良いのは一杯だからな。店入る前に何度も確認したよな?」

「分かってるって。マスター、同じのもう一つ。」

「おい、クソッ!なんでいつも放漫なんだオマエは……。」

 ノヴァが陽気に話し、ラットキングは陰気に応える。陰と陽、エロスとタナトス。まさにこの2人は反発し合う属性を持ち合わせながら、見事に調和をしている。

 マスターは2人の掛け合いが不思議と面白く感じ、ノヴァに対して今日何度目になるか分からない下らない質問をする。

「お客さん、あんまり聞くのは良くないかも知れんのですが。皆さん、誰を狙っているんですか?」

「コイツだよ、コイツ。」

 ノヴァはそう言うと、ズボンから携帯端末を取り出して画面をマスターに見せる。

 画面には手配書が映されている。手配書の中央には顔写真があり写真の下には賞金額が派手な装飾文字によって飾られている。

 写真の男は華僑系であり、シュッとした顔立ちに仕事の疲労のせいかやや頬がこけている。眉はハの字に下がっており、目つきは心配と不安で満ちている。無地の白いシャツに薄緑のチェック柄が入った若竹色のネクタイを付けており、旧世代のファッションから彼が下層階級のなかでも上位にいるホワイトカラーだと一目で分かる。

 男の名前はウォン・テイラーで、年齢は30代後半である。名前の下に載っている賞金額は、なんと500万Q$クーロンドル。ここエウロパでの生涯年収よりも遥かに上であり、エウロパなら10万Q$でもあれば1年以上は働かずに生活出来るほどである。

 一見、ひ弱な印象を与える彼が一体なにをしでかしたのか。釣り合わない金額と写真に映る軟弱な男というアンバランスな手配書は、マスターの好奇心に火を付けた。

「こ、この男。一体をしでかしたんですか?」

 マスターの問いは、ビールをチビチビとケチくさそうに飲んでいたラットキングが答えた。

「ウォン・テイラー。彼は月面のバイオテクノロジーを主体とする、シェンノン社からとある企業情報を持ち出して行方を晦ましたらしい。シェンノン社にとって持ち出された情報は重要なものだったらしく、他社や他国への逃亡を阻止するために、彼に対して懸賞金がかけられた。」

「だが、このウォンってやつよ。案外隠れるのが上手くてな。最後に確認されたのはここエウロパだったんだが、賞金稼ぎの皆が必死に血眼になって探してもぜ〜んぜん見つからないのさ。」

 ノヴァは左手をくるくると回しながら、右手でジョッキを軽々と持つと二杯目の酒を真水のようにガブガブと飲み干した。

「まぁ、つまり皆どん詰まりって事よ。」

「へ、へぇ。アッシとしては、とんだ臨時収入になってますね。へへ。」

「まぁ、こっちも機材の駐機代やら燃料代が懸賞金を上回りそうだからな。あと1日滞在して、それでも見つからなければ素直に諦めるさ。」

 ラットキングはそう言うと、またチビチビと誰が見ててもみみっちい飲み方でビールを飲み始めた。

 暫くしてラットキングが便所で席を離れたとき、ノヴァは彼に無断で更に3杯、ボイラーメーカーを注文して飲み干してしまった。ラットキングが席に帰ってきたとき、ノヴァは顔を真っ赤にして隣に座るフードを被った男に胸を当てながら呂律が若干回らないで話しかけていた。

「ヒック!なぁ、隣のあんた。そう、フード被ったオマエ。なんだよ、景気悪そうに下向きやがって。ハルマゲドンにでも怯えてるのか?」

「なぁ、こっちに顔見せてくれよ。いいだろ?減るもんじゃねぇべ。」

 フードの男は嫌そうにノヴァを振りほどこうとするも、ノヴァはすぐに彼を腕をガシリと掴む。

「逃げんじゃねぇよ。こっちが胸当ててるの分かってるだろ。等価交換ってやつだよ。胸を当ててやったんだから、フードを脱いで俺に顔を見せる。天地創造始まって以来、男と女はそうなってんだよ。えぇ?」

「また始まった。ノヴァのダル絡み……。コレが始まると、アイツが寝るまで永遠に続くんだよなぁ。」

 支離滅裂な言い訳を宣うノヴァを見て、ラットキングは大きくため息を吐くと天を仰ぎ額に手を当てた。彼のジョッキのビールは半分以上残っていた。

「ったく、釣れねぇなぁ……。」

 ノヴァはつまらなそうに言うと、フードの男の腕から離れる。男は嫌そうな目でノヴァを一瞥すると、席を立とうとする。

 しかしノヴァは諦めていなかった。光速と呼べるほど凄まじい速さで、男の腕を摑んで更に彼が被っていたフードを剥がしてしまったのだ。

「な〜んて!ガキの頃摺りの天才と呼ばれた、このノヴァ様を舐めんじゃねぇ!」

 酒場の皆はフードを被っていた男の顔を見る。男はアジア系であり、シュッとした顔立ちであり頬骨が浮くほどコケていた。

「ん……?オマエ、なんかどっかで見たことある顔だなぁ?」

 途端、辺りの空気は先程とは違い氷が貼り付いたような緊張感と静けさが支配する。

「あぁ!!!」

「アイツよ、アイツがウォン・テイラーよ!!」

 ハゲ頭がフードを脱がされた男に指さして大声で叫ぶ。その声が鶴の一声となり辺りは一変して修羅場と化した。

「ノヴァ!!ソイツを離すな、捕まえろ!!」

 ラットキングがノヴァにそう叫ぶと、ノヴァはウォンを逃がすまいと彼の腕を強く握りつける。しかし、ウォンはコートに隠した催涙弾のピンを引くと地面に叩きつけた。

 プシューッと派手なピンク色の煙が瞬時に店内を包み込む。賞金稼ぎの荒くれどもらは、煙が充満し混乱するなら我先にと互いがぶつかりウォンを追っかけようとする。

 催涙弾の煙によって、誰かがジュークボックスにぶつかったのだろう。レコードが切り替わり往年のブリティッシュロックバンド、Queenの『Don't stop me now』が軽やかに流れ始める。

「クソ!おい、誰だはっ倒したのは!」

「アタシじゃないわよ!」

「おい、ウォンが入り口から逃げたぞ!」

「追え追え!!ここで逃がせば、またかくれんぼの再開だぞ!!!」

「ノヴァ、俺は後からサポートする!早くウォンを追っかけるんだ!!」

「アイアイ、ラットキング!」

 賞金稼ぎ達は一斉に入り口に出ようとする。ノヴァは酔いが醒めたのか、まるで曲芸師のようにスイスイと野郎どもの頭を踏んでいの一番に店の外に飛び出した。

 ノヴァが店を飛び出したとき、ウォンはある程度離れており彼の小さな背中が群衆の中に消えようとしていた。

「ハハァ!!狐狩りの時間だぁ!!」

 ノヴァは犬歯を見せるようにニッと笑うと、獲物を見つけた猟犬のように駆け出した。

 ここエウロパコロニーは地上に当たる第一層と最下層の地下十二階層に各ブロックがだるま落としのように区切られている。階層を唯一昇り降りできるのはかつて重機を運んでいた大型昇降機のみであり、我々で言う電車のような役割を果たしている。

『ノヴァ、奴は駅に向かっている。このまま奴は昇降機を使って上層階に向かうつもりだ。』

「アイアイ、わかりましたよ。」

 ノヴァは耳骨振動型の小型通信機越しからラットキングの声が聞こえてくる。ノヴァはラットキングの応答に返答すると、更にギアを上げてウォンを追う。

 ウォンは第一層に逃げるべく、第十二階層にある昇降機用の駅に向かう。ウォンは駅へと繋がる螺旋状の大階段を必死に登るなか後ろを振り向くと、ノヴァを先頭に無数の賞金稼ぎたちが必死の形相で追っかけてきている。

 大階段の脇には様々な露店があり、人々が往来している。ウォンは追っ手を撒くべく、すぐに露店に置かれた液体の入ったドラム缶たちを蹴り飛ばした。

 複数のドラム缶は溝色の液体を撒き散らしながら、ノヴァとウォンを追う賞金稼ぎに目掛けて速度を上げて転がっていく。

「ゲゲ!?あいつ肥溜め投げやがったな!?」

 ノヴァはすぐに飛び上がると、腕に着けたブレスレットからワイヤーガンが射出された。ワイヤーの先端に付けられた小型の銛がコロニーの天井に刺さる。ノヴァはワイヤーを巻いてすぐさま上昇し、自身を振り子のようにして勢いを付けるとそのまま前方へ跳んだ。

 他の賞金稼ぎ達は肥溜めを撒き散らすドラム缶の群れを避けることができず、あるものは糞尿まみれになりながら階段を転げ落ち、またあるものは階段の脇に逃げてドラム缶たちが過ぎ去るのをジッと待つしか無かった。

 ノヴァは地面に着地するとすぐにウォンを追いかけはじめる。ウォンは既に駅舎の中へと向かっており、彼の手には切符が握られていた。

「クソ!おい、ラットキング。昇降機に乗られたら次の便が来るのは3時間後だぞ!」

『焦るな。コッチは今、駅のシステムを乗っ取ったから、暫くは昇降機は動かないはずだ。』

「やるぅ!流石元凄腕の諜報員!」

 ノヴァが駅舎に向かう頃には駅舎内は乗客たちで混雑していた。ラットキングの言う通り、昇降機が現在システム・ダウンによるメンテナンスで止まっているという駅員の説明が駅舎内にあるスピーカーからガーガーと鳴いており、乗客たちは窓口や改札口にいる駅員に質問と罵声を浴びせるべく押し寄せている。

 ノヴァは駅舎の入り口で遅延で混みあう乗客達の隙間を、猫のように柔軟な動きでするりと抜けて改札口の駅員の目を盗み、改札口を何食わぬ顔で通り過ぎていった。

 駅のプラットホームは停止した大型の昇降機がズシリと構えている。かつて大型の重機を運ぶために設計されたものであるため、人間を運ぶならざらに100人以上は乗せることができる。

 ホームと昇降機の間はペンキが剥がれ錆びついた鉄柵が敷かれており、柱のところどころにコロニー建設当時の安全指標や政治家のポスターがボロ布のようにへばり付いている。

 照明は杜撰で、チカチカと明滅する裸電球が天井にぶら下がり列をなしている。ノヴァはホームを駆けながら乗客たちの顔を覗くが、照明のせいで誰がウォンなのか判断できない。

「そこの男、今すぐ昇降機から降りなさい!!」

 そんなとき、駅員の驚きと怒りに満ちた大声がノヴァの耳に入る。

 ノヴァは駅員の声のする方向に顔を向けると、なんとウォンが昇降機に無断侵入して昇降機の操作室の中にいるのだ。

「ラットキング、ウォンが昇降機の操作室にいるぞ。アイツ、何か企んでやがる!」

『ノヴァ、安心しろ。昇降機の操作権はこっちの手中だ。一度システムを落としてメンテナンスをするのを含めて2時間程度は動くことができないぜ。』

「いや、何か様子が変なんだ!」

 ウォンは昇降機の操作盤を前にコートの袖から左腕を見せる。その腕は人間の腕とは言い難いものであった。肌色は青みがかった紫色であり、血管かケーブルのような管が何本も腕に絡みついている。

 ウォンは左腕を操作盤の上に置くと、操作盤はバチバチというショートするような弾けた音を立てはじめる。そして左腕の管が操作盤に向かって伸び始め、操作盤を凌辱するかのようにコンソールの隙間やポートに侵入していくのだ。

『おいおい、不味いぞ。何者かがコッチのシステムに再攻撃を始めやがった。すまんノヴァ、一旦昇降機のシステムから引き揚げるしかない。』

「だから言っただろ!畜生、アイツの左腕から何かが操作盤に伸びてたから、それでジャックしたってことかよ。」

 ブガー!ブガー!

 昇降機は上昇するのかホームは警告のブザーが鳴り響き、回転灯が回り始めてホーム全体が赤く染まる。

 グゥンと低いモーターの起動音がすると、ウォンを乗せた昇降機は徐々にホームを離れ始めた。このままでウォンは第一層まで逃げていってしまう。

『ノヴァ、昇降機に乗れ!ヤツを逃がすな!!』

「ったく、アイアイ。ラットキング!」

 ノヴァは舌打ちをすると、勝手に動き出した昇降機のせいで更に混乱する乗客たちの群れをすり抜けてウォンのいる昇降機に向かう。しかし昇降機はホームから完全に離れ始め、ホームからジャンプしようにも届かない距離になりつつある。

「死中に活を求めろってか!ええい、ままよぉ!!」

 ノヴァはすぐにホームの鉄柵に飛び移ると、鉄柵がホームの端まで繋がっているのを確認して、そのまま鉄柵に乗って昇降機に向かって駆け出した。

 カンカンカンと鉄柵を軽快に走るノヴァ。昇降機はもう上がり始め、ノヴァがホームの端に辿り着こうとしているときには既に昇降機の底が見えているのだ。

 ノヴァは飛び上がるとブレスレットのワイヤーガンを昇降機の底に標準を合わせて射出した。ワイヤーの先端にある銛が昇降機に突き刺さると、ノヴァはワイヤーを巻いて昇降機と共に上がっていくのであった。

 昇降機が登り始めて1時間半位経ったとき、昇降機は第一層の駅へと到着した。第十二層駅からの連絡で詳細不明の男性が昇降機をジャックして上がってきた事を聞いており、駅のホームには武装した駅員たちが整列していた。

 ゴォン……。

 昇降機が止まり完全にホームと接続した音だ。その音を合図に、武装駅員は鉄柵を飛び越えて昇降機に乗り込んでいく。

 昇降機はガランとしており人の気配がしない。武装駅員たちは報告にあった操作室に向かい、扉を蹴破った。だが、そこには誰もいなく破壊された操作盤しかなかったのだ。

 武装駅員たちは唖然とする。何故なら昇降機に乗ると途中の駅で止まらない限り、何処かで降りることが出来ないのだ。降りれる場所がないのだ。

 もし昇降機が動いている時に降りようものなら、そのまま第十二層まで真っ逆さまに堕ちるだけであり、第十二層駅からも男が転落死した報告はきていないのだ。

「い、一体何が起きているんだ。」

 赤い腕章を着けた上級駅員は驚きの声を隠せなかった。そんななか、ホームから駅員が焦り顔で上長駅員のもとに訪れる。

「上長、大変です!駅舎に賞金稼ぎ共が押し寄せています!」

「なんだって!?」

「どうやら先ほどの無断で昇降機を動かした男、懸賞金がかかっていたようで賞金稼ぎ共は彼が此処にいると言って、強行突破してホームに向かっているようです!」

 駅員からの報告を聞いた上級駅員は憤慨し、昇降機の床に自身の帽子をはたき落とした。

「あの新蛮族どもめが……!!武装駅員総員は

直ちに賞金稼ぎ共の強行を阻止するべく出動すべし!駆け足、はじめ!!」

 上級駅員の掛け声のもと、武装駅員は改札口へと走り出した。そして、第一層の駅舎は数十年語り継がれる混沌としたウォン・テイラー抗争が始まるのであった。

 第一層、エウロパ宇宙港。ここは第一層と少し離れた場所に設立された宇宙港である。エウロパの極寒から宇宙船を守るため、シリンダー状の発着場となっており離陸・着陸する際はシリンダーの先にある分厚いゲートが開くのである。

 ウォンは息を切らしながら、宇宙港の発着場を歩いていた。最早誰も自身を追いかけてくる訳がない。ウォンは勝利の確信を得ながら、醜く変質した自身の左腕を見つめる。

 バイオテクノロジーが生んだ生態クラッキング装置。現代ではAGIによるクラッキング攻撃が主流だが、それでも何処かのPCに接続して経由しなければクラッキングが出来ない。

 しかし、この生態クラッキング装置は別だ。独自に進化させた神経系と装置の生態第二脳による

クラッキング技術は従来のAGIよりも数段上であり、PCだろうが操作盤だろうがすぐさま装置の触手を這わせるだけで素人だろうとあっという間にクラッキングが完了できる優れものなのだ。

 ウォンはこの生態クラッキング装置を開発するメンバーであり、開発するなかで装置が持つ万能性に目が眩んだのだ。生体実験のとき、ウォンは自ら志願して実験台となった。

 そして、装置の実験は見事に成功した。ウォンはすぐに会社の中枢システムを乗っ取ると、重役用の緊急脱出ボートを起動させて会社から逃げおおせたのだ。

 しかし会社も馬鹿ではなかった。会社はすぐにウォンが盗んだ装置を取り戻すべく、多額の懸賞金をかけたのだ。おかげでウォンは装置の力を十二分に発揮する機会を失い、装置の力で宇宙船をパクっては逃げ続ける逃亡生活を余儀なくされたのだ。

「ふふふ……。昇降機の操作盤は初めてだったが、何とか上手くいった。」

「さて、コイツを誰に売ろうか。売るなら地球にいる革命軍の方が良さそうだな。アソコは武器になる技術なら喉から手が出るだろうし、私もある程度の期間は命の保証がされるだろうしな。」

 ウォンはニタリと笑みを浮かべると、目の前にある宇宙船を見る。宇宙船の灰色の船体には、「LEICA」と黄色く文字が描かれていた。

「おいおい。俺たちの宇宙船をパクろうなんて、オマエ結構度胸があるんだな。」

 ウォンはハッとして、すぐに後ろを振り向く。後ろを振り向くとそこにはノヴァがいたのだ。

「クソッ!まだ私を追いかけるつもりか!」

「当たり前だ!オマエを逃せばコッチは明日のおまんまが食えなくなるかな。」

「チィ!」

 ウォンは隠し持っていた拳銃を引き抜こうとする。しかし、ノヴァの早撃ちはそれよりも速かった。

 バァン!

 銃声が聞こえ、ノヴァの左手には銃口から煙がたつシングル・アクション・アーミーを握っていた。ウォンは右手の甲から血を流れている事に気が付き、激しい熱さと痛みに拳銃を落とし地面に伏せて悶え苦しみだす。

「鬼ごっこは終わりだ。続きをしたいなら、檻のなかでするんだな。」

 ノヴァは手錠を取り出しウォンのもとへ近づく。ノヴァがウォンの顔を覗くと、ウォンの目にはまだ闘志が宿っていた。

「コイツ……!」

 ノヴァが拳銃を構え直そうとするが、ノヴァの被っていたテンガロンハットは舞い、彼女の頭部は一輪の赤い華を咲かせて地面に崩れ落ちた。

 ウォンの左腕から硝煙があがっている。ウォンは伏せたとき咄嗟に左腕の触手で拳銃を拾っていたのだ。

 ウォンはケタケタと嗤いながらはゆっくりと起き上がる。まだ痛みがキツイのか脂汗が彼の額からダラダラと流れているが、ノヴァを撃ち殺した事による脳内麻薬の分泌が彼を起こしたのだ。

 ウォンの足元にノヴァの脳から漏れた血溜まりが伸びてくる。それを見てウォンは今度こそ、自身は天からの試練に打ち勝ったのだと思い高らかに笑った。

「あーあ。ノヴァ、お前いつも脇が甘いからこうなるんだぜ。」

 気がつくと、ラットキングがドックの床の上で死んだノヴァのもとへ訪れていた。ラットキングは屈んでノヴァの死体を見て、彼女がちゃんと死んでいるのか観察した。

「お前の左腕のそれ、見てくれは酷いが生態用モジュールだろ。」

 ラットキングはウォンの左腕を指さして言う。ウォンは彼がただの貧乏な賞金稼ぎではない事に気が付き、ククと勝手に声を漏らした。

「多分その左腕を使って、エウロパに来たときすぐにコロニーの詳細な地図を入手できたんだろうな。いや、俺もまさかコロニーのなかに建設時代に使われていた裏通路があった事に気がついたのも、今日の昼過ぎだったしな。」

「だから今日まで見つからなかったし、昇降機で登る途中に何処かの壁際にある裏通路に繋がる扉に入って第一層まで来たんだろ?」

 ラットキングはそう言うと立ち上がり、発着場の鉄柵に体の重心を預けて、コートの中にしまってあったタバコを吸い出した。

「それで?私とやり合うつもりか?」

 ウォンは肩で息をしながらラットキングを睨む。だがラットキングはウォンの視線を無視してタバコを美味そうに吸い続けている。そして、チラと腕時計を見ると吸いかけのタバコを床に吐きつけた。

「いや、俺は喧嘩に弱くてな。そう言う荒事はコイツの役割。」

 ラットキングはノヴァの死体を指差す。ウォンはラットキングのおかしな言動に笑う。

「もうそいつは死んでる。そいつに何ができるんだ。」

「ほら、そろそろ起きろノヴァ。時間は稼いだぞ。」

 ラットキングがそう言うと、頭を撃たれ即死したはずのノヴァがゆっくりと起き上がったのだ。撃たれた箇所の傷は皮膚が形成されて閉じており、後頭部も頭蓋骨から脳味噌、頭皮まで全てが完全に治っていた。

 ノヴァは鼻を摘むと、フンと息を入れて鼻に溜まった血を吹き出した。

「おはよう、ラットキング。」

「おはよう、ノヴァ。良く眠ってたぜ。」

「……って、あらら。俺のオキニが血でグショグショだ。これじゃあクリーニング出しても駄目そうだな。」

 ノヴァはムクリと上半身を起こし胡座をかいた。そして自分が着ていた上着を脱いで、上着が自身の血でべっとりと汚れているのを確認した。

「おい、なんだよ。頭を撃ち抜いたんだぞ!!」

 驚愕するウォンを見て、ノヴァは少し驚いた後ケタケタと笑った。そして起き上がるとウォンに向かってこう言った。

「そうだな、普通の人間なら死ぬはずさ。だがアタシは違うんだよ。」

「あんた、俺の二つ名知ってるか?女殺しのノヴァ、早撃ちノヴァ、破壊屋ノヴァ……。」

「そして、怪物ノスフェラトゥノヴァ」

「俺は地球火星間戦争が生んだ科学の結晶、所謂生体兵器さ。」

 地球火星間戦争。その言葉を聞いたウォンの目には目の前に立ち塞がる痴女が、得体の知れない化け物に映っていた。

 地球火星間戦争は後世から人類史上最も凄惨な戦争と呼ばれており、人類史上初の惑星間戦争であったため血で血を洗う凄まじい戦闘が日夜起きていた。そしてこの戦争ではオーバーテクノロジーとも呼べる飛躍的に進歩した生体兵器の実戦投入がアチコチで起きており、現代でも秘密裏にされている生体兵器があると噂されるほどである。

 そんな負の歴史の坩堝で生まれた不死身の化け物が、目の前で爛々と輝く瞳をウォンに向けているのだ。

「う、うわぁあああ!!!!くるな、くるなぁ!!!!」

 ウォンは発狂したのか、拳銃を何発もノヴァに向けて撃つ。ノヴァはため息を吐くとそのまま、ウォンに向かって歩みはじめる。 

 胴体、四肢、太もも、右目、右頬、左耳、右肺、ウォンの放った銃弾はノヴァに当たるが、ノヴァの身体は瞬く間に修復していく。

 ノヴァがウォンと足一つ分まで距離を詰めたとき、ウォンが持つ拳銃は弾切れであった。

「くるな、化け物!時代に置き去りにされた亡霊めぇ!!!!」

 ウォンは最後の抵抗として左腕の触手でノヴァの喉を貫こうとする。だがその攻撃は虚しく、ノヴァは触手を半身で避ける。そしてノヴァはそのまま右腕を振り被り、右手の指先を一点に閉じるとウォンの左腕目掛けて穿いた。

「チェストォオオオ!!!!」

「アァアアァア!!!!」

 ウォンはノヴァの右手の突きによって左腕は筋肉、神経、血管や骨がブチブチと裂ける音を立てて肩まで裂けた。この攻撃で生態クラッキング装置も完全に破壊された。

 ウォンは余りの激痛と死への恐怖で地面に倒れるとそのまま白目をむいて気絶した。

 ノヴァは右手にこびりついたウォンの血肉を床にはたき落とす。

「ノヴァ、もう救急車と警察は呼んでおいた。これで500万Q$は正真正銘俺たちのものだ。」

 ラットキングはタバコをノヴァに差し出す。ノヴァは差し出したタバコを加えると、ラットキングが火を付けた。

 ノヴァは美味そうにタバコを吸うと、プウと紫煙を閉じた天井に向けて吐き出した。

「あぁ、そうだな。ラットキング。」

「この後なんだが、どうだ。祝杯も兼ねて一杯飲もうか。」

「お?ケチンボが珍しい事を言うな。」

「いやなに、お前が酔ったおかげで今回賞金は俺等が纏めて掻っ攫えたからな。」

「じゃあ。うんと強い酒を頼もう。そして酒の神バッカスに乾杯といこうじゃないか。」

 2人はアハハと笑う。

 西暦2380年8月。この極寒の地エウロパから、後にアステロイド・ベルトを股にかけた賞金稼ぎススターライト・ノヴァの、伝説の幕開けであった。

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