わたしのラブレターが空を飛んだ日

さなこばと

プロローグ

 わたしを庇って、祐吾ゆうごは死んだ。

 大きな夕陽が空を鮮やかに染める、学校からの帰り道だった。


 車線の狭い道路の隅を、わたしは祐吾と二人で喋りながら歩いていた。授業中ずっと眠かったこととか、週末のデートの行先のこととか、そういったことをだらだらと話すだけの、いつもの大好きな放課後だった。

 ――でも、その幸せは、祐吾の返答が途切れた瞬間にもろく崩れさった。隣り合って歩く祐吾が、突然肩から強くぶつかってきたのだ。

 突き飛ばされたのだと、それだけはすぐにわかった。

 祐吾は正面を向いてこわばった表情を浮かべていた。怖い、とわたしは真っ先に思って、それからひどい困惑へと落ちた。温厚な祐吾の突如とした乱暴に、その理由の見当もつかないまま、わたしは道路沿いへ体ごと傾いでいった。

 見上げた先に棒立ちの祐吾は、くしゃっと顔を歪ませた。

「ごめん、彩海あやみ

「え、え……」

 戸惑いを胸に抱えて、わたしは路肩に衝撃とともに倒れ、砂利を押しつぶして半身に擦り傷と打ち身を作った。その激しい痛みに一瞬ぎゅっと目を閉じて、再び視界を取り戻したとき――祐吾は前方から疾走してきた車に勢いよくはね飛ばされた。


  ……


 数日間、わたしは体の検査と事情聴取と心のケアを認められて学校を休んだ。

 自分の部屋のベッドに伏したまま、頭の中では、祐吾が死ぬ瞬間が灯籠のようにぐるぐるとめぐっていた。スピード違反で走る車、ボンネットに当たって宙を舞う裕吾の体。ドサリという重くて生々しい音。

 どうして、わたしを置いて死んだの?

 亡くなった祐吾の葬式は、家族のみで小さく済ませていた。いち彼女でしかないわたしは参列することができなかった。

 お線香を上げに行くには、わたしの心はまだ整っていなかった。

 カーテンを閉め切って電気もつけない暗い部屋の布団の中で、スマホの画像ファイルから祐吾の写真を一つ一つ眺めては一日を過ごした。放課後に生徒玄関でわたしを待ってくれている姿、文化祭でやきそばをおいしそうに食べている姿、わたしのお兄ちゃんとゲームの話で意気投合している姿。

 わりと控え目で好青年とはいいがたかったけれど、気遣いのできるすごく優しい男の子、それが祐吾だった。

 付き合い始めて一年くらい。

 大好きな、たった一人のカレ。

 久しぶりに学校に登校すると、交流があって仲が良かった祐吾の死を悲しむ子が大勢いた。クラスメイトをはじめとして、わたしと彼が付き合っていたことを知る子は、そばまで駆けてきて悼んでくれた。

 どこか静寂の浸透した教室の暗い雰囲気。

 祐吾がいなくなった、寂しさと空虚の充満する日常。

 それで思ったのだ。

 わたしもあのとき、祐吾とともに死んだらよかったのだと。


 ――いや、違う。

 きっとわたしも、祐吾と一緒に、

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