第1話
エストレージャ王国にはかつて美麗な歌声を持つ王妃がいたという。小鳥に似たその声は夫や子どもたちだけでなく臣民にも愛され、人々はいつしか王宮のことを彼女の愛称にちなんで〝
「その王妃はいつも『わがままな太陽の君へ』っていう曲を歌っていたそうなの。闇の神が夫である光の神にささげた愛の歌だって父上が教えてくれたわ」
開け放った出窓に頬杖をついて、ナギカは雲一つない青空を飛び回る二羽の茶色い小鳥を見つめた。雲雀の王妃がこの部屋で過ごしていた頃、国王は彼女に喜んでもらうべく各国から様々な鳥を運びこませて庭園に放ったという。視線の先で飛び交う小鳥たちは、ひょっとするとその子孫かもしれない。
二羽は戯れるように羽ばたき、話しているというより歌うように囀っている。仲睦まじげで楽しそうだ。二羽はどういった関係なのだろう、友だちか親子か、あるいは。
うーんと首をひねること数秒。ナギカは「分かった!」と若草色の瞳を輝かせ、薄赤く染まった頬にうっとりと手を添えた。
「あの子たちは恋人同士ね、すっごく仲良さそうだもの。まるで父上と母上みたい」
じっくり見れば顔の模様が少し違う。どちらも白っぽいけれど、片方は目を横切るように黒い線が入り、片方は喉と頬だけ黒い。恐らく雌雄の差だろうが、どちらがどちらかなのかナギカには判別出来なかった。
「きっと鳥たちの間でも王妃の歌がずっと受け継がれているんだわ。お互いに愛を囁いて、夜は体を寄せ合って眠るの。そして生まれた子どもたちに歌を聴かせて、それがまた次の世代につながっていくのね」
言葉を紡ぐごとに頭の中で想像が膨らみ、ろくに見たことのない鳥たちの世界が広がっていく。彼らは雲雀の王妃をどのような人物として語り継ぎ、この庭園での暮らしにどんな思いを抱いているのだろう。彼らに訊ねられれば良いけれど、残念ながら人と鳥では言葉が通じない。
――あ、待って。
鳥の嘴を見つめて、はたとひらめいた。
右手に目を落とし、握って開いてをくり返す。黄色いほのかな光が手のひらから何個か浮き上がり、ふよふよと綿毛のごとく風に乗って外へ飛んでいった。
――あるじゃない。鳥の言葉が分かりそうな方法が!
思いついたからには試さなくては。ナギカは右手を鳥たちに向かって伸ばし、出窓から半ば身を乗り出した。つま先立ちで足元にほとんど力が入らないため、体を支えるのはほとんど左腕一本である。
「もうちょっと……近づきたい、のにっ……!」
少しでも鳥との距離を縮めたい一心で、体のありとあらゆる箇所を限界まで伸ばす。
つま先が完全に床から離れていると気づいたのは、体が外に向かって大きく傾いだ時だった。
「えっ、わっ!」
咄嗟に左腕に力を入れたが、たいして効果は無かった。目に映るのは青空と鳥ではなく、窓の真下にある茶色い地面や青々と茂る草木に変わっている。膝を壁に押し付けて踏ん張ろうともしたが、瞳と同じ色合いのドレスに阻まれて上手くいかない。
落ちる、と全身から血の気が引いた。目をつむり、少しでも衝撃を和らげられないかと体を丸め、両手で頭を守る。
しかし何秒経っても痛みを感じない。恐る恐る目を開けてみれば、外に投げ出されかけていたはずの体は窓のそばに引っ込められ、しっかり両足で床に立っている。もちろん怪我もしていない。
ナギカがきょとんと目を瞬いていると、重々しいため息が耳に届いた。
「ずいぶん大胆な方法で抜け出そうとなさいましたね、殿下」
呆れを隠そうともしない低い声に、ナギカの肩がぴゃっと跳ねる。
窓から入る日差しと、白亜の壁に掛けられた数枚の鏡にそれが反射している影響で室内は明るい。絨毯と家具も淡い色合いで統一され、柔らかな温もりを放っている。その中でただ一つ、部屋に不釣り合いな深く濃い色に身を包んだ若い男が出窓の向かい側――ナギカの正面にいた。
月のない夜に似た漆黒の髪は、端正な輪郭に沿って切りそろえられている。薔薇を溶かし込んだような深紅の瞳はまっすぐナギカを見すえ、首元から太腿まで覆う菫色のローブの重厚感と相まってどこか厳めしい印象を放っていた。
男はそばにある暖炉にもたれて腕を組んだまま押し黙っているが、その眼差しは「なにか言うことがあるのではないですか」と問うている。ナギカは緩く波打つ黒髪を指先でもじもじといりながら、彼と目を合わせた。
「抜け出そうなんて、そんなことするわけないじゃない! せっかくお兄さまと二人きりなのに」
「でしたら一体なにをなさろうとしていたので? 俺には殿下が窓から飛び出そうとしたように見えましたが」
「だからそれは――」
反論の最中に、ナギカは口を開けたまま固まった。
――気のせいかしら。なんだかいつもの仏頂面じゃなさそうだわ。
なにが引っかかるのかよく観察して気づいた。彼の口角が普段より上がっているのだ。小指の爪の先ほどの些細な差だが間違いない。
――これはもう、今しかないんじゃないかしら。
彼は「殿下?」と訝しげに眉を寄せているが、構っている場合ではない。窓から入りこんだ風にも背中を押され、ナギカはとんっと軽く床を蹴り、弾んだ足取りで男に駆け寄った。
先ほどの鳥と違って彼は確実に手の届く場所にいるし、落下しかけることもない。あと五歩進めば指先が触れるだろう。期待に鼓動が早まり、頬が熱くなるのが分かった。
逸る気持ちのままに手を伸ばした刹那、ナギカの両足は突然床に縫いつけられたかのごとく硬直し、一歩も進めなくなってしまった。
「えっ、あっ、ちょっと!」予期していなかったせいで数分前と同じように上半身が傾ぎ、倒れまいと腕を闇雲に振りながらなんとか堪える。窓から落ちるのは嫌だが、床に転ぶのも情けなくて嫌だ。「ひどいわ、駆け寄ろうとしただけなのに!」
「それは失礼いたしました。大きく腕を広げて近づいてこられましたので、てっきりなにか企みがあるものかと」
男は感情の読み取れない声音で述べつつ、不安定に揺れるナギカの腕に手をかざした。途端に全身は安定感を取り戻す。
もう、と唇を尖らせながら間近で見上げた彼の顔は、一流の職人が精魂こめて作り上げた彫像のごとく整っていて麗しい。肌は卵のようにつるりと白く、アーモンド形の瞳に自分が映されていると思うだけで胸が瞬間的に高鳴った。彼の両耳からぶら下がるラベンダー色のピアスが光を受けてきらめくたび、落ち着きかけていたナギカの鼓動が再び早くなる。
無意識のうちにこぼれたのは文句の続きではなく、蕩けきった吐息だった。
「相変わらずかっこいいわ、お兄さま。大好き」
「そのお言葉、本日は四度目、今月に入ってからは十七回目でございますね」
彼は照れる様子も見せずに淡々と数えて腕を組みなおすと、音もなく横を通り過ぎていく。開けっ放しの窓を閉めに向かったようで、体をひねってどうにか彼の背中を目で追おうとしたが、みし、と脇腹が軋んで叶わなかった。
「そもそも窓を不用意に開けるなと再三申したはずですが。防御の結界が張ってあるとはいえ用心するに越したことはないんです。これまでは換気や息抜きの名目で許可しておりましたが、抜け出そうとするのであれば話は別です。今後は一切禁止にいたします」
「誤解よ、抜け出すつもりなんて本当にないわ! というかあの、ねえ、お兄さま? 足を自由にしてほしいなって思うんだけど」
「俺は陛下から『ナギカが怠けないようしっかり教育しろ』と仰せつかっております。訓練中にもかかわらず殿下にその兆候が見られた以上、大変心苦しくはありますが、易々と拘束を解くわけには参りません」
怠けていないと反論しようにも、数分前の己の態度を顧みればそう受け取られても仕方がない。顔を見て訴えられない代わりに、精一杯の反省を声に込めた。
「分かった、これからちゃんと真面目に訓練するから! だからお願い、抜け出すつもりなんてなかったのは信じて! 考えてみてお兄さま。私がお兄さまに噓をついたことなんてないでしょう?」
「まあ、確かにそうですね。仮に嘘をついたとしても、殿下の場合はすぐ顔に出ますから」
必死の訴えが通じたのか、窓を閉める音がした直後にナギカは自由を取り戻した。
やれやれと乱れた髪を整えつつ、部屋の中央に置いてある椅子に腰を下ろす。今回こそ上手くいくと思ったのに、現実は厳しい。ふて腐れて背もたれに体を預けて天井を仰げば、そこに描かれた愛らしい天使が雲に寝ころびながら微笑んでいた。
「それで? なぜ窓から身を乗り出したりしたんです」
テーブルを挟んで向かい側のソファに腰掛けて、男が不思議そうに訊ねてくる。ナギカは両手の人差し指を胸の前で押し付け合いながら素直に白状した。
「さっき外で小鳥が飛んでたでしょう。恋人みたいにとても楽しそうに見えたから、どんなお話をしてるのか気になって、鳥の言葉が分かるようにならないか試してみたかったの」
「試す、とはどうやって」
「……どうって、とりあえず鳥に触ってみようとは思ったけど、その先はあんまり……?」
「言いたいことは山ほどございますが、ひとまず一つ。飛んでいる鳥にどうやって触れるおつもりで?」
ぐうの音も出ない正論だった。一応あれこれと言い訳じみたものを考えはしたが、どれも真顔で否定される予感しかしない。
羞恥心に耳が赤くなるのを感じつつ、ナギカは呻くように呟いた。
「お兄さまはいじわるだわ。そんなところも大好きだけど」
「殿下のお眼鏡に適い光栄にございます。畏れながらついでに申し上げますが、あの小鳥は
「えっ、そうなの」
「色と大きさがよく似ているので間違われやすいですが、全く別の種類です。恐らく縄張り争いでもしていたんでしょう」
思い描いていた想像と正反対ではないか。小鳥の喧嘩はいつの間にか終わったようで、窓の外では一羽ぶんの鳴き声だけが響いている。
ナギカは力なくテーブルに突っ伏し、むすっと頬を膨らませた。
「わざわざ夢を壊すようなこと言わなくたっていいじゃない」
「俺は事実を伝えたまでです」
そうかもしれないが、それにしたってあんまりではないか。ナギカはテーブルに頬を押し付けたまま彼を見上げて、不満もあらわに唇を尖らせた。
――昔はもっと優しくしてくれた気がするのに。
〝お兄さま〟ことヴェルニアとは物心つく前からの付き合いだ。七歳年上の彼は〝兄〟と言っても実の兄ではない。父方の
それ以来、ナギカは彼を兄と慕うようになった。兄弟の存在に憧れていたことに加え、食事をしたり遊んだり、勉強を教えてくれたのが嬉しかったのだ。悲しくて泣いた時には頭を撫でて慰めてくれ、いけないことをすれば正しく𠮟ってくれたこともある。彼との思い出はどれも色鮮やかで大切な記憶だ。
だからこそ、現在の素っ気なさが物足りない。ヴェルニアとは三年前からほぼ毎日顔を合わせるようになったけれど、その頃から彼はナギカを名前ではなく「殿下」としか呼ばなくなり、話し方も子どもの頃と違って堅苦しい。
大人になったゆえの変化、と言われればそれまでかもしれないが。
――なんだか不思議だわ。言葉遣いが変わっただけで、お兄さまが遠いところにいるみたいな感じがするもの。こんなに近くにいるのに。
この寂しさを抱えているのは自分だけだろうか。ヴェルニアの瞳には喜怒哀楽どれとも取れない光が灯っている。
――私が本当に知りたいのは鳥の言葉じゃなくて、お兄さまがなにを考えているかだわ。
「さて殿下、そろそろ休憩は終わりにいたしましょう。お顔を上げてください」
真面目にやると宣言した手前、反抗的な態度を取るわけにはいかない。ふざけてばかりではなく、やれば出来るところもヴェルニアに見せなくては。もっと会話を楽しみたい気持ちを切り替えて、姿勢よく背筋を伸ばす。意気込みながらテーブルの下でくるくると足首を回して、「そういえば」とナギカは首を傾げた。
「さっき足が動かなくなったのって、どうやったの」
「
「神力を使ってるだけでじゅうぶん特別じゃない」
はるか昔、神が人を作った際の名残だとされる不可思議な力――神力は誰もが持つものではなく、むしろ持っていない者の方が圧倒的に多い。ヴェルニアは代々神力を駆使する魔術師の一族に生まれており、同じ力を持つ母親とともに才能を存分に活かしながら宮廷に仕えている。
「なにを仰いますか」ナギカの指摘にかすかに眉を寄せ、彼は肩を軽くすくめた。「殿下も俺と同じ力をお持ちでしょう。その気になれば、あの程度の拘束など簡単に解除出来ていたかと」
「そう、かもしれないけど!」
ナギカは右手を差し伸べるようにヴェルニアに突き出した。ぐっと力を込めれば、右手全体が黄色い光にふわりと包まれる。
光の正体はナギカの体に流れている神力だ。人によって得手不得手はあるが、神力は一般的に〝なんでも出来る超能力〟として知られており、先ほどもこれを使って鳥の言葉を知ろうとしたのだ。
しかし今のところ、ナギカがまともに出来るのは目に見えるように光らせることくらいだ。基本的な使い方や応用などは、ヴェルニアから学んでいる途中である。
「お兄さまみたいに子どもの頃から力の使い方を習ってきたわけじゃないもの。加減だって上手く調整できないし、うっかり自分の足ごと拘束を吹き飛ばしちゃったら怖いわ」
「ですから俺が教えているんでしょう、殿下が危惧した通りのことが起きないように。せっかくですから試してみましょうか」
「試してみる? なにを?」
ナギカの問いに答えるより先に、ヴェルニアがテーブルの上に右手を乗せる。瞬きほどの合間に、彼の手から肘までが赤く輝く淡い光に覆われた。蛍が無数に集まったような光の幕の向こうから、しなやかな指と、中指と小指にはめられたアメジストの指輪がうっすら透けている。
「先ほど殿下に施した拘束を可視化したものです。殿下にはこれを今から解除していただきます」
「え、でもどうやって?」
「神力は『力を使った時になにが起こるのか』を頭の中でいかに明確に想像して、発現させるのかが重要です。殿下が『拘束を打ち消したい』と具体的に考えれば、神力は
ヴェルニアが空いた片手で拘束されている方の手首を指さす。このあたりを掴め、ということか。ナギカは恐る恐るそこを両手で包むように掴み、緊張を吐き出すように深呼吸を二、三度くり返して、手のひらに意識を集中させた。
熟練の魔術師であればただ立っているだけでもあらゆる術を使えるそうだが、ナギカにとってその域は夢のまた夢だ。とにかく今は基礎と応用をくり返し、力の使い方を体に覚えこませなければならない。
神力は手のひらから放出されていると考えるのが一番扱いやすいという。魔術師の大半もなにかしら術を使う際には必ず手を使うらしく、ナギカもその方法で力の操作を学んでいる。
赤い光はヴェルニアの手首から指先まで満遍なく覆い、時おり立ちのぼる泡のように一部だけふわふわと浮遊しては音も立てずに弾けて消える。欠けた箇所は瞬きの合間に補修され、それが何度もくり返されている。光はヴェルニアに触れている場所からナギカにも伝ってくるけれど、肘のあたりに辿り着くまでに薄くなって消えるため、こちらまで拘束される恐れは無さそうだ。
――『拘束を打ち消したい』と具体的に考えるってお兄さまは言っていたけれど、意外に難しいわ。
光には感触どころか温度も香りも無い。本来は色も無いはずだが、それではどのように力が働いているかナギカが理解しきれないと判断して、ヴェルニアはわざわざ赤く光らせているのだろう。
――糸とか蔓みたいな形だったら、解いたり切ったりするのを想像すればいいんでしょうけれど。ただ揺れてるだけの赤い光なんて、どうすれば消えるのかよく分からないわ。
なにかしら名案が思いつくのを期待して、意味もなく天井や床を見やって唸る。
最後に左側の壁に顔を向けて、ナギカは目を瞬いた。
そこには数分前にヴェルニアがもたれかかっていた暖炉がある。季節は夏から秋に移り変わる狭間にあり、当然ながらまだ薪はくべられていない。
――……揺れる赤い光……。
――なんだかこの光って、ちょっと炎に似ている気がする。
視界の端で光の泡が弾けた。それに引き寄せられるように手元に視線を戻せば、光の揺らめきがますます炎に似て見える。
では炎はどうすれば消えるか。暖炉であれば自然に消えるのを待つことがほとんどだが、火事が発生した際など大急ぎで消したい時は水をかければよく、ロウソクに灯されたものであれば息を吹きかければそれで済む。
――それなら!
ナギカは両手により強く力をこめた。全身に巡る神力が全て手のひらに集まり、風となって飛び出しながら光を散らすさまを想像する。
ふわ、と前髪が揺れるのと同時に風を感じた。窓はヴェルニアによって閉じられたため、外からのものではない。
扇でゆったり仰いでいるようなそよ風は、確実にナギカの手元から発されていた。
「! お兄さまっ」
抑えた声でヴェルニアを呼べば、彼は「まだですよ」と首を横に振る。
そうだ、まだ風を起こせただけで拘束は消えていない。ナギカは咳払いをして散りかけた集中力を呼び戻した。
風は少しずつ、けれど着実に効果を発揮しているようで、立ちのぼる光が時間を追うごとに増えていく。光の幕はいつの間にか肘から手首まで範囲を狭め、拘束を解除するまであと一息なのは明白だ。
風の勢いを増そうと手首を掴む力を強めて、ナギカはヴェルニアの様子を窺った。
――あ。
彼も拘束の解除が間近なことを察しているのだろう。光に目を落としたまま微動だにせず、ナギカが顔を上げたことに気づいた様子もない。
その唇は、柔らかくしなる弓に似た弧を描いていた。
角度のせいでそう見えるのかと思ったけれど間違いない。長いまつ毛の下の瞳は慈しみに満ち、きりりと引き締まりがちな眉からもいくらか力が抜けて眉尻が下がっている。
子どもの頃から何度見ても飽きたことのない、ヴェルニア本来の穏和な表情がそこにあった。
「殿下。……殿下?」
「へぁっ」声をかけられたのと、とんとんとテーブルが振動した音でナギカは我に返った。「な、なに?」
「終わりましたよ」
どこかぼうっとしたまま、ナギカは掴んだままだったヴェルニアの手首を見る。拘束の残滓はどこにも見当たらず、彼は自由を取り戻した手の感覚を確かめるように指を動かしていた。
「終わった……終わった?」
何度か呟きをくり返すうちに、ようやく実感がわいてきた。ナギカは自分の両手をまじまじと見ながら「終わった!」と歓喜の声を上げた。
「出来たわ! ちゃんと神力を使えた! ねえ見た? お兄さまの拘束をぜーんぶ消せたの!」
「ええ、よく頑張りましたね。集中力もお見事でした」
褒められて嬉しくないわけがない。部屋中を飛び回りたくなったのを堪える代わりに、腹の底からあふれ出す喜びのままナギカは絨毯を踏み鳴らした。
「光が炎みたいに見えたから、水をかけて消すのと、風を吹きかけるかで悩んだの。でも水だと加減が難しいし、失敗したら部屋が水浸しになっちゃうでしょう? だから風の方にしたの」
こんな風に、と胸を張って、ナギカはヴェルニアに両手を向ける。
その動きに合わせるように、白く渦を巻く風の塊が机を弾き飛ばすほどの勢いで手のひらから放出された。
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