第4話「人生初、打算で席を譲った女の末路」
「ねえ、善行ってなに?」
日曜の朝、カーテン越しの陽光を浴びながら、沙織はベッドの中で唐突に人生の問いを口にした。
「いや、待って、私いまめっちゃキモいこと言ったよね?自覚ある。うん、ある。朝から哲学は重いって」
でも、考えずにはいられなかった。なぜなら――
《現在の数値:54/100》
昨日のカフェぶちまけ事件でポイントは上がったものの、やはりまた少しずつ減ってきている。何もしないでいると、幸せじゃなくても削られる仕様らしい。呪い、仕様多すぎ。
「よし……今日は“能動的な善行”ってやつをやってみよう」
洗面所の鏡に向かって宣言する姿は、どこかアイドルの推し事に向かうオタクのような覚悟を帯びていた。
電車に乗る。日曜とはいえ、車内はまあまあ混んでいた。
「さて、なにをすれば“善いこと”になるのか問題」
ドア付近に立ちつつ、沙織は目を光らせる。いかにも“善いことできそうなシチュエーション”を探して、右見て左見て乗客をスキャン。もはやセコムレベルの警戒態勢。
そのとき――
「……あっ」
つり革につかまりながらふらつく、杖をついたおばあさんを発見。誰も席を譲っていない。
「ここだあああああああああ!!チャンス到来ッ!!」
心の中でシャウトしつつ、席の方へ視線を向けると――
空席、あった。
隣のお姉さんがさっき降りたばかりで、まさに今がチャンス!
すっ……と自然な動作で席へ向かう沙織。
(誰かに先を越される前に……!)
バサァァッ!
完璧なターンでスカートを翻し、座ろうとしたその瞬間――
「おばあさん、どうぞ」
……あ。
周囲にいた男性(たぶん大学生っぽい青年)が、フレッシュな笑顔でおばあさんに声をかけていた。
「ありがとう、若いのに優しいわねえ」
「いえ、当然のことですから」
キラーン☆(※笑顔がまぶしい)
沙織(座りかけ)「……。」
まさかの、善行横取り。
(うそでしょ!?今、心で“よっしゃ善ポイントゲットぉぉ!”って叫んでたとこだったのに!?)
でも、落ち込んでるヒマはない。彼女の脳内パラメーターは、今も静かに減り続けているのだ。
「ダメだ、このままじゃ……!」
立ち上がる沙織。次の機会を狙って再びつり革モードへ。
数駅後。
今度は、ベビーカーを押したお母さんが乗車。明らかに立ち疲れている雰囲気。
「……今度こそ!!」
目前の座席の人が立ち上がったそのタイミングで、スッと沙織が声をかける。
「あの、よかったらどうぞ!お子さん連れて大変ですよね!」
「えっ、ありがとうございます!」
やった……!
母親が座り、ベビーカーを安定させたところで、軽く頭を下げられる。
「本当に助かりました、ありがとうございます」
「いえいえっ……私、ただの通りすがりの善人ですので……!」
どこかで聞いたようなセリフを口走りながら、沙織は心の中でガッツポーズ。
(よっしゃあああああ!きた!これは絶対ポイント上がったやつ!!)
そして、スマホを見る――
《57/100》
「ふおおおおおお!!!上がってるぅぅぅ!!」
車内にこだまする心の叫び。
(やった……!ちゃんと“良いことしたらポイント上がる”って証明された!!)
幸せを感じた瞬間――
《55/100》
「……下がってるやん。」
ポイントってやつは、ほんとに手強い。
電車を降りて、帰り道。
「でもまあ、よしとしよう。私、やったもん。ちゃんと譲ったもん。えらい!えらい私!」
ポジティブに気持ちを切り替える。自己肯定感は大事。
「あの大学生が先に譲ったとき、めっちゃ悔しかったけど……ちょっと感動もしたな……。優しさって、こういうことなんだなって……」
(でも私のほうが、呪われてる分だけ動機が切実だけどね!?)
家に着いた頃には、再び《54/100》。なんとなく、「善行しなきゃ……!」という焦燥感がクセになりそうな気配すらある。
「これ、まじで一種の宗教だわ……“善行教”……」
とりあえず、今日は善行ミッション達成。風呂上がりのアイスを食べながら、沙織は満足げに天井を見つめた。
「次は……もっとでかい善行して、どーんと上げてやる……!」
野望を抱きつつ、今日もポイントに踊らされるOLが一人。
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