第2話「それ、全部落ちますよ(予言)」
「おかしい。これはおかしい。っていうか絶対、昨日の変な占い師のせい……」
翌朝。桐谷沙織は朝の支度をしながら、鏡に浮かぶ《49/100》という数字をにらみつけていた。
「……ほんとに下がってるじゃん……なにこれ、睡眠でMP回復しないタイプ?……クソ仕様かよ」
昨夜、何もしなかったせいで3ポイント減。どうやら、じわじわ下がる仕様は本物らしい。だが、まだどこか半信半疑だった。
「でもこれ、ただの思い込みじゃない? そもそも浮かんでる数字も、私の脳が勝手に作ってる幻覚って可能性あるし」
服を着替え、ぼさぼさの髪をくくりながらブツブツ独り言。
「今日はあえて、良いことも悪いことも一切しないで、観察してみよう。ふふ、これで証明される……占い師ババアの話なんか信じてたまるか……!」
そう意気込みながら、出勤のため部屋を出た。
その日、沙織は一切の“善行”をしないことを徹底した。
朝、エレベーターで「開く」ボタンを押してほしそうな人がいても無視。電車で目の前におばあさんが来てもスマホに夢中のフリ。ランチのとき、同僚が箸を落としても「へえ~」って顔してスルー。
「……完璧だ」
そして帰り道。小さな検証結果にほくそ笑む。
「これで何も起きなければ、やっぱただの気のせいだったってことよね……ふふ、ざまぁ……」
スマホ片手に、コンビニへ寄り道。
「うーん……今夜は推しのレギュラー番組だし、ビールとチーズと、あとアイスも欲しいな~……新作プリン味!」
どさどさと買い込み、レジ袋に詰めて外に出る。
「ふふふ……明日は休み。推しを浴びながらチートデイ……いや、チートナイト……いやむしろチートライフ……」
浮かれモードMAX。
そのとき。
ビリッ。
「え?」
次の瞬間――
ドシャーン!!!!!!!!
「ぎゃああああああああああ!!!!!!!!」
響き渡るビール缶の爆音。チーズは道路にスライディング、プリン味アイスはアスファルトの上で無残な姿に。コンビニ袋、完全崩壊。
「ええええええ!?うそでしょ!?うっそでしょぉぉぉおおおお!!?!?!?」
慌てて拾い上げるが、すでに泡吹き始めてるビール缶。
「くそぉぉぉぉ……推しと飲むはずだったのにぃぃぃ……!!」
そんな沙織の額に浮かぶ数字は――
《51/100》
「は?上がってる!?いやなんで!?!?えっ!?不幸だったのに!?ってことは……マジで因果関係あるの!?え?ガチなの!?」
数値が微妙に回復したことが、逆に恐怖を呼ぶ。
「……え、待って、これ、ほんとに下がると不幸が起こって、その不幸で回復するっていう……地味に嫌な永久機関じゃない!?え?私、これからずっと“無慈悲な幸せ泥棒”の中で生きてくの!?えっ???」
落ちたチーズを見ながら、崩れそうな心を必死に持ちこたえる。
「うわ、袋……破れてるっていうか、裂けてる……え?なにこれ、強度ゼロかよ……てか、これ占い師が細工したんじゃないの……?ないか……さすがにないよね……いや……わからん……!」
そんなテンパり顔の沙織の横を、小学生たちが通り過ぎながら一言。
「うわ……地面にチーズ転がってる……犬でも食べなさそう……」
「しっ、見ちゃダメだよ、かわいそうな人かもしれないから……」
「うるさい黙れ!!!!」
叫びながら、チーズとビール缶と自分の尊厳を拾い上げ、帰路についた。
帰宅後、部屋の床に座り込みながら、沙織はひとり呟く。
「……今日、ほんとに“何もしなかった”のに、袋破れて不幸になったってことは……やっぱ、何もしない=自然にポイント下がる、って本当なんだ……」
冷蔵庫に入れるはずだったビールの泡は、すでに床にこぼれて消えていた。
「これ……もし50切ってたら、もっとヤバいやつ来てたのかな……いや、でも袋が破れるって……ショボくない……?中途半端な呪い……いやでも、地味に効くな……心に……」
そして額を確認すると、やはり浮かんでいた。
《51/100》
「……わかった。信じた。あの占い師、ガチだったわ……」
沙織は深く息を吐いた。
「とりあえず、次の休みに、“めちゃくちゃ善いこと”してやるからな……覚悟しろ、世界……!」
その目は、どこか静かに覚悟を決めていた――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます