Chapter4〜タイプは食指が動かされる人〜
学生時代は地味で目立たない、友達はどちらかと言うと少ないーーもしかしたら、いないに等しかったーータイプの人間だったと思う。
昼食の時間はいつも1人だったし、休み時間も読書をしているか絵を描いて過ごしているか空想しているかのどれかだった。
1人でいることは別に苦ではなかったし、寂しいと思ったことだって1回もなかった。
むしろ、誰にも気を遣わなくていいから気楽だと思っていたくらいだった。
けれども…そんな私を親や担任の先生は“協調性がない”と評して、もっと積極的に人に話しかけなさいと言っていた。
今思うと心配されていたんだろうけれど、他人に興味がなかったうえに話すこともどちらかと言うと得意じゃない私は彼らのその言葉に首を傾げることしかできなかった。
私が碧流くんに出会ったのは高校2年生の時、成海が彼を家に招待したことがきっかけだった。
「…よし、これでいいか」
自室で携帯電話を使って去年から執筆を始めたケータイ小説での投稿をこの日も行っていたら、玄関のチャイムが鳴った。
「誰だろう?」
そう思いながら玄関に行ってドアを開けると、そこに立っていたのは1人の男の子だった。
ゆるくウェーブがかかっている黒い髪に黒縁眼鏡が特徴的な彼は誰だかわかった。
成海の友達の髙嶋碧流くんだ。
いつも碧流くんのことを話しているから彼が誰なのかすぐにわかった。
「もしかして、弟ーー成海の友達かしら?」
そう声をかけた私に、
「そ、そうです…あの、こんにちは…」
と、彼はあいさつをしてきた。
「こんにちは、すぐに成海を呼んでくるから待ってて」
私は碧流くんに返事をすると、成海を呼びに足を向かわせた。
「成海、友達がきたわよ。
髙嶋碧流くん、いつも話している友達がきたわよ」
リビングでテレビを見ていた成海に声をかけた。
「おっ、もうきたか」
成海はそう言ってソファーから腰をあげた。
「お茶の用意をした方がいい?」
「うん、頼む」
玄関へと足を向かわせた成海の後ろ姿を見送ると、私はキッチンで彼らに出すお茶の用意をした。
グラスの中に氷を入れると、そこに麦茶を注いだ。
テーブルのうえに麦茶を入れたグラスを置いたら、リビングに成海と碧流くんが入ってきた。
「それでは…」
私は2人に向かって声をかけると、リビングから立ち去った。
階段をのぼって2階の自室に入ると、
「さて、もう少しだけ執筆するとするか」
と、私はベッドのうえに置いていた携帯電話に手を伸ばした。
別に男が苦手と言う訳ではないけれど、話すのが得意じゃないと言うこともあってか話しかけることは愚か近づくこともできなかった。
そんな感じだから恋人もいないし、つきあった男もいないと言う訳だ。
他人に興味がないうえに、私とつきあいたいなんて言う物好きな男なんてまずいないだろう。
それをもったいないとか何だとか言ってくる人がいるけれど、興味がないのは愚か興味を持てないのは事実なことである。
好きな男のタイプは誰かと聞かれたら、私はこうやって答えるようにしている。
「食指を動かされる人がタイプです」
だいたいの人はドン引きされるか本当に興味がないんだと勝手に解釈をしてくれるので、便利な返事だと思っているし、私もよく思いついたなと自画自賛している。
「風花さんはどんな男の人がタイプなんですか?」
…やっぱり、そう聞いてきましたか。
テスト勉強だったり遊びにきたりと理由はさまざまではあるが、碧流くんはあれから何回か家にくるようになった。
最初はあいさつを交わす程度だったが何回か顔をあわせるうちに、たまに世間話や雑談をする関係になった。
成海が1階へお菓子を取りに向かっている間、碧流くんに先ほどの質問をされた。
思春期ならではの好奇心と言うヤツなのか何なのかはよくわからないけれど聞いてきましたか…。
「タイプ?」
そう聞き返した私に、
「風花さんからそう言った話を聞いたことがなかったなと思いまして」
と、碧流くんは答えた。
いつもの答えを言うために私は口を開いた。
「食指を動かされる人が好きかな」
と、私は言った。
「しょ、食指…?」
碧流くんは私の返事がわからないと言った様子で聞き返してきた。
当たり前の反応である。
「私がその人に対して何かをしたかったり、その人のことを手に入れたいと思った人が好きって言う意味かな」
私が続けて答えたら、
「そ、そうですか…」
碧流くんはこれ以上は聞けない…いや、もう聞いてはいけないような気がすると言う顔で返事をしたのだった。
食指を動かされるなんて言う訳がわからなくて恐ろしいことを言われたのだから当然の反応である。
本当にこの返事の仕方は便利だなと改めて思った。
遠回しに“あなたには興味がない論外だ”と言っていることになるのだ。
相手を黙らせるだけじゃなくて遠ざけることができるのだから本当によく考えたなと、私は自画自賛をしたのだった。
「風花さん、好きです」
高校を卒業して1週間が経ったその日、私は碧流くんに告白された。
その日の夕方、私は“話があります”と言われて碧流くんに近所の公園へと呼び出された。
おとといの夜に成海から一緒の高校に合格したことを聞いていたのでお祝いの言葉をかけようと思いながら、私は呼び出されたその場所へと足を向かわせた。
ベンチに座っていた碧流くんに駆け寄ってお祝いの言葉をかけようとしたら、先に彼に告白されてしまった。
…好きって、私のことだよね?
この場にいるのは私しかいないし、私に向けて言ったんだから当然のことか。
そう思いながら、
「ありがとう、私も髙嶋くんのことが好きだよ」
と、私は碧流くんに告白の返事をした。
碧流くんはホッとしたと言う顔をしていた。
今度こそお祝いの言葉をかけようと思ったら、
「風花さん、僕と交際をしてくれませんか?」
と、碧流くんが言った。
えっ、交際?
となると、さっきの告白は“そう言うこと”だったと言う訳なのか。
「えーっと、交際って“男女交際”のことだよね…?」
もしかしたら違う可能性もあるだろうし…と思いながら聞き返したら、
「そうです、男女交際の意味での“交際”です」
と、碧流くんは答えた。
「あー、なるほど…」
やっぱり、そうなっちゃいますよね…。
別に碧流くんのことは嫌いじゃないし、私ももうすぐで大学生だから誰かとつきあってみてもいいかも知れない。
「あの…」
何かを言いたそうな碧流くんに向かって、
「いいよ」
と、私は言った。
「髙嶋くんと交際してもいいよ」
まさかそう言われるとは思ってもみなかったのだろう。
碧流くんは眼鏡越しのその目を大きく見開いている。
「えっ…い、いいんですか…?」
かなり信じられないと言った様子である。
てっきり振られるんじゃないかと思っていたのかも知れない。
「うん、いいよ」
私が返事をしたら、碧流くんは顔を輝かせた。
とっても嬉しそうだなと、彼のその顔に私はそう思った。
「あ…ありがとうございます!
不束者ですが、どうぞよろしくお願いします!」
碧流くんは勢いよく言って勢いよく頭を下げた。
…現実で“不束者”を、それも男の方から聞かされるとは思ってもみなかった。
「うん、よろしくね」
そんなことを思いながら、私は碧流くんに言った。
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