Chapter3.5〜嫌われた…?*髙嶋碧流目線〜

ーーやってしまった…。


「何をやったんだ、俺は…」


ベランダで洗濯物を干しながら、先ほどの出来事を思い出した僕は呟いた。


風花さんの書斎に入ってゴミ箱に溜まっていたゴミをゴミ袋の中にまとめていた時、ふと彼女のデスクのうえに置かれたタブレットが視界に入った。


悪いと思いながら何となく画面を覗き込んでみると、風花さんが原作を担当している漫画のあらすじがあった。


登場人物は男で…そう言えば、BL(ボーイズラブ)の漫画原作を担当することになったって前に言っていたな。


「…あれ?」


そのあらすじを読み進めていたら、僕はあることに気づいた。


「これ、僕と成海じゃないか…?」


名前の感じとか登場人物の雰囲気とか僕と成海に似ているような気がするんだが…?


「そんな訳ないか…」


そう呟きながら読み進めると、話のシチュエーションもどこか似ているような気がする。


キッチンのシーンとかやりとりもどこかで聞いたような気がするんだが…。


「これ…やっぱり、俺と成海か…?」


そう呟いたら、

「んっ?」


その声に振り返ると、マグカップを持っている風花さんがドアのところに立っていた。


「へ、碧流くん…?」


僕の名前を呼んだ風花さんの声は震えていた。


「風花さん」


僕は彼女の名前を呼ぶと、

「この登場人物、俺と成海に似ているような気がするんですけれど」

と、言った。


「気のせいだと思うよ?


何で私が自分の夫と弟をモデルにしないといけないのさ」


そう言った彼女の顔は、どこか引きつっているように見えた。


俺に見られてしまったと言う焦りなのか、それとも後ろめたい気持ちがあるのか。


どちらにせよわからないけれど、風花さんのその顔は引きつっていた。


風花さんにこのことを問いつめてみると、“自分が読みたいと思った理想のものを形にしただけ”とのことだった。


登場人物の名前と俺と成海の名前が似ているのはたまたまだったと言うところだろう。


風花さんは“考え過ぎ”だと言っているし、そう言うことなのかも知れない。


下手に問いつめたらキレられるか、最悪の場合は嫌われてしまう可能性もあるからこれ以上は問いつめない方がいいかも知れない…と、判断した僕は話を終わらせたのだった。


温厚でおっとりとした彼女がキレるなんて言うことはないと思うし、それ以前に彼女がキレたところを見たことがない。


それにしても、本当に風花さんは顔がいいな。


在宅で仕事をしているからいいものの、どこかに勤務していたら大変なことになっていただろうな。


どこの馬の骨だかわからない男共に言い寄られたり、身勝手な女共の嫉妬を買うことになっていただろう。



そんな美しい彼女が在宅の仕事をしていることは自分にとっても好都合だし、その夫が僕だと言うのもとても嬉しい。


改めて風花さんと結婚できて幸せだなと思っていたら、

「ち、近過ぎるから!」


慌てている彼女の顔が目の前にあったので、自分はマジマジとその顔を見つめていたことに気づいた。


「意味がわかりませんよ」


いつも落ち着いている…と言うよりも、おっとりとした感じの風花さんがこんなにも慌てているところを見たのは初めてのような気がする。


それがとてもかわいくて愛しかったので、

「ーーッ…」


僕は彼女と唇を重ねていた。


いきなり、それも思わぬ展開に風花さんのその目は大きく見開いていた。


彼女のこんな顔を見たのは初めてかも知れない。


「風花さんもそんな顔をするんですね」


僕はそう言った後でゴミ袋を手に持つと、書斎を後にしたのだった。


ゴミ袋を玄関に置いて、洗濯機から取り出した洗濯物を持ってベランダへと足を向かわせた。


洗濯物を干しながら…ふと、気づいた。


「何をしたんだ、僕は…」


風花さんの顔を至近距離で見ただけじゃなくて、彼女の唇にキスをしてしまった。


それに関してはつきあっている…いや、結婚しているから別にいいんだ。


「僕、風花さんからちゃんと同意を得たか…?」


問題は、そこである。


風花さんからの同意を得ないまま、彼女にキスをしてしまったと言うことである。


これじゃあ、まるで変態じゃないか…。


僕が風花さんに行ったことは、少女漫画でよくある無理矢理キスをしてくる最低男じゃないか…。


ーーやってしまった…。


そう思ったら、僕は両手で頭を抱えたくなった。


「何をやったんだ、俺は…」


僕が風花さんにしてしまったことは、あきらかに彼女の同意を得ていない行為だ。


これはビンタをされても暴言を吐かれても、ある意味では文句は言えない…。


さすがに離婚はないと思うけれど、風花さんの同意を得ないままキスをしてしまったことには変わりはない。


「これ、風花さんに嫌われたヤツじゃないか…?」


そんなことで風花さんが僕のことを嫌いになる訳がない…と言いたいけれど、

「もし嫌われたらどうすればいいんだ…」


どうしてもネガティブな方の気持ちが勝ってしまった。


可能性としてはないと言うのはわかっているけれど、あったらどうすればいいんだ。


もし風花さんに嫌われたら…いろいろな意味で立ち直れないうえに、これから先の人生を生きることなんて無理かも知れない。


我ながら大げさだと思うけれど、風花さんに嫌われるなんて言うことはないと思う…と言うか、思いたい。

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