第2話「見せてみろよ、お前のバスケ」

「じゃあ、午後から練習試合な。対戦相手は青陵高校。毎年、地区ベスト8くらいには残る中堅校だ」


昼休みの教室。バスケ部員が集まった窓際で、修司が声を落として言う。


「軽く、とはいかないかもな……」


「え、いきなり?」と陽翔。


「まぁ、どんなチームかはやってみないとわからないけど。岸本は“見せたい”んだろ、うちの2年チームを」


「なるほどね」


「ってことで、如月もスタメンな」


「……は?」


陽翔は口を開けたまま固まった。


「俺、まだ松陽のバスケ、何にもわかってないんだけど」


「だからこそ、いま出てもらう。考えすぎる前に、感覚で動けるうちにさ」


修司はサンドイッチを食べながら、軽く言ってのけた。


「あと正直……お前がどれくらいの選手か、ちゃんと見ておきたい」


陽翔は言葉に詰まりつつ、ふと窓の外に目を向けた。


遠く見えるグラウンド。


その向こうに、体育館の白い屋根があった。


(見せる、か)


---


午後三時。


体育館の中には、緊張と熱が入り混じった空気が漂っていた。


「5番、如月陽翔。」


初めて袖を通す松陽高校のユニフォーム。


背中にはまだ名前が入っていない。


それでも、陽翔は深呼吸をしてコートに立った。


「いこうぜ、陽翔」


修司がボールを軽く弾きながら言う。


「うん、よろしくな、キャプテン」


「副キャプテンだけどな」


少し笑い合って、試合が始まった。


---


立ち上がりは互角だった。


陽翔は最初のオフェンスで、軽くディフェンスをかわしながらトップからジャンプシュート。


——シュッ。


ネットを揺らしたその瞬間、会場がざわついた。


「入った……」「え、はやくね?」


青陵の選手たちも、すぐに対策を講じてきた。


次のプレーではダブルチームが寄ってくる。


パスコースを消され、強引なシュートになる。


(なるほど。こうなるか)


陽翔は自分を冷静に俯瞰しながら、次の一手を考えていた。


「次、合わせいくぞ」


修司の声。


次のオフェンス、ピックからの合わせで陽翔が外に開くと、修司から絶妙なタイミングでパスが届く。


——再び、シュッ。


2本目のスリーも綺麗に決まった。


ベンチから「ナイス!」「それそれ!」の声。


そして、ギャラリーの最前列。


立って拍手を送る佐倉いちかの姿があった。


(ああ、やっぱりこの音だ)


陽翔は心の中で、ネットを揺らすその響きを確かめるように目を閉じた。


---


試合はそのまま流れを掴み、最終スコアは94対68。


快勝だった。


けれど、陽翔の心は不思議と冷静だった。


「お前、結構えぐいじゃん……」


帰り支度をしていると、森直哉がタオルを頭に乗せながら笑って言った。


「俺、正直さ。転校生ってだけで、ちょっと警戒してたけど。なんか、全然いいやつだったわ」


「そっちもな。スクリーン、でかくて助かった」


「うぉ、それ褒められた? 俺、褒められた?」


「褒めたよ」


そんなやりとりを見ていた修司が、タオルを肩に引っかけて近づいてくる。


「今日の試合、悪くなかったよ。如月」


「……ほんとに?」


「うん。でも」


「でも?」


「次は、“お前のバスケ”をもうちょっと見せてほしい」


その言葉に、陽翔は少しだけ眉を上げた。


「いまのは、俺のじゃなかった?」


「うん、十分よかった。でも、まだあるだろ?」


修司のその目は、どこか挑むように、そして頼るようにまっすぐだった。


陽翔は数秒だけ黙って、それからふっと笑った。


「……見せるよ。次は、もうちょい、俺らしいのを」


---


同じころ、神谷みことは体育館にひとりでいた。


昼間の熱気が残った床をゆっくり歩きながら、リングを見上げる。


「……いい音、してた」


つぶやいたその声は、自分でも気づかないほど小さかった。


みことの心に、今日の試合のある瞬間――


陽翔の打ったシュートの“音”が、まだ残っていた。


そしてその音が、どこか自分の中の何かを、少しだけ揺らしていることにも。


---


その夜。


いちかは部室のノートに、今日の試合記録をまとめながら、ボールペンを止めた。


「如月先輩、かっこよかったな……」


小さな声が、誰もいない空間に零れる。


その言葉に照れて、自分で苦笑いしてから、またペンを動かし始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る