魔法世界譚異聞『流転する世界』ラブリー♡ガールズ珍道中

ガリバル丼

第1話 金があったらコイツの依頼なんて受けないんだが


 魔法歴15年6月19日、正午のことだ。かつて世界中を破壊した『崩壊』から15年、世界は大きく変わった。整然とした街並みは、ここ10年で急速に進んだ復興を物語っている。ヒノモト国の事実上の首都であるテイラクも、例外ではない。


 崩壊以前から先進国として知られていたヒノモトだが、その街並みを照らすのはかつての科学による灯りではなく、都市を照らすのは魔法と科学の技術が融合した『魔導科学』による明るく優しい光だ。街ゆく人々は、人間もいれば『崩壊』の折に人間から変異したエルフや獣人、竜や妖怪など様々で、かつての世界滅亡の危機の傷を徐々に癒すように、テイラクを彩っている。


 そんなテイラクの郊外、まだ復興の進んでいない旧市街の片隅に、小さな事務所がある。『なんでも屋九龍』という手作りで杜撰な看板を掲げた、旧時代の鉄筋コンクリート造の事務所は、いかにもうさん臭い。魔導科学による照明ではなく、窓越しに見える灯りは旧時代の電気による灯りだ。


「金が、ねぇ」


 事務所の主である九龍一縷くりゅう いちる…は、自宅兼事務所のオフィスデスクで、唸り声を上げた。雑多な品々が積み重なる事務所は、ただでさえ手狭なのにこれまで解決してきた『魔導災害』の折に手に入れた物品や、封印指定の品々が雑多に詰め込まれた段ボールや書類の類で足の踏み場もない。


「いや、マジでどうすっかな。ガリアでの件、根こそぎ叩き壊したのがマジでまずったな。おかげで素寒貧どころか、このままじゃマイナス突入だぞ」


 九龍は独りごちる。目の前のモニターに映る帳簿の残高は、お世辞にも健全とは言い難い状況だ。西方世界ガリア国で起きた『魔導災害』、現地政府からオファーを受けて解決に乗り出したはいいものの、災害原因ごと新規建造された高層ビルを丸ごと粉砕したのが良くなかった。


 報酬として提示された金額は莫大だった。だが、それを差し引いても被害規模は大きく、責任がある以上は損害賠償を請求され・・・あれよあれよという間に、活動資金が目減りしていった。九龍は人的被害がなければ、ひとまず原因の切除を最優先とする方針で事に当たっているが、今回は完全に裏目に出た。かといって、人的被害が出る前に対処するならば、ああもなろうというのが九龍の弁だった。


「ったく、理解がない依頼主で困ったもんだな。いずれにしたって、あのビルは浸食されてもうダメだったってのに、俺に責任があるだのなんだのと。バカバカしいったらない」


 九龍はお寒い帳簿の数字を見つつ悪態をつく。だが、現実は変わらない。九龍とて、自分に社会性がないのは承知だ。だが、残念ながら彼が思っている以上に、彼自身の社会性は乏しい。


 九龍は帳簿から目をそらし、魔導インターネットに接続する。SNSでの交流や生活の発信といったものとは縁がない男だが、情報収集用に一応のことアカウントは持っている。持っているアカウントにログインし、SNSのページをぼんやりと眺める。現実逃避だ。


「おもろ。コイツ、アホだろ。普通熱魔法でペットボトル沸かすか?免許の無駄遣い乙すぎる」


 九龍は注目の投稿の中で、賛否ある投稿を眺めて独り言を呟く。昨今話題の動画投稿者が、魔法発動免許の取得記念に炎魔法でペットボトル飲料の中身を暖めるという下らない動画だ。


 この世界に新しく根付いた『魔法』は、15年の年月で一般化しつつあった。現代人が突如、世界の崩壊と共に変異・覚醒したのだ。黎明期には大きな混乱もあったが、今は国際的な免許制や法整備も進みつつあり、下らない動画も出回る程度には、平和なのだろう。


「あー、笑った。『人間電子レンジやってみた!』じゃないっつーの」


  動画を観終えて、次のネタを探そうとする九龍のパソコンのウィンドウ画面に、メッセージ通知が届く。仕事用に入れている会話アプリケーションの通知だ。捨てる神あれば拾う神ありとはよく言ったもので、現に金欠な九龍にはありがたい報せだ。当然、ウィンドウを切り替えて内容を精査するのだが・・・表情が曇った。


「げぇっ、コイツか。ってことは、ヒノモトからの依頼か」


 九龍はメッセージの送り主を見て怪訝そうに呟いた。・・・東雲一郎しののめ いちろう…、かつて崩壊の真っただ中で九龍と争い、時に協調しつつ崩壊の原因であった『絶望』を討伐したメンバーだ。当時は若手の官僚に過ぎなかった男だが、順調に出世し、今は新たに創設された魔法省の上級官僚として働いている。


 東雲の職業柄、九龍と接触する機会は多い。魔法免許の試験監督や臨時講師、魔導災害の発生時には解決メンバーやアドバイザーとして招聘されることもある以上、職務上、そして懐の都合上簡単に切れる縁ではなかった。


 だが、それはそれとして九龍は東雲のことを好いていない。恐らく、東雲もそうだろうと九龍は考えている。若かりし頃、一人の生存者に過ぎなかった九龍と、ヒノモトの復興を掲げて決起した東雲の間には、それなりの確執もあった。


「普段は部下名義の郵送で連絡してくるのに、よりによって直接かよ。嫌な予感しかしねえぞ」


 九龍は嫌そうにメッセージを開く。長ったらしい前置きや、いかにも『国を想ってやっています』と言ったような文面が来るのを想定して、一瞬覚悟してから文面を見やった。だが、アプリケーション上に書かれている言葉は、実に端的だ。


『世界の危機です。どうか、あなたの力を貸してください』


 九龍は、その文面を見て表情を変えた。『ヒノモトの危機』ではない、何度見直しても、そこに書いてある言葉は『世界の危機』だ。東雲一郎は、こういう所にはうるさい男だ。


「世界の危機ねえ?また、『絶望』でも蘇ったってか?だとしたら次は終わりだな」


『バカバカしい』と言い捨ててから、九龍はメッセージを削除しようかと逡巡する。だが、本当に世界の危機であれば?といった考えも頭の中に過ぎっている。せめて詳細でも伝えてくれれば、断ることもできたのだが、目を惹く一文だけで済ませたのは自分の性格と、東雲を好いていないのを熟知しているが故だろう。


「・・・金があったらコイツの依頼なんて受けないんだが」


 九龍は自分を裏切るような言葉を吐く。いい加減で、社会性がなく、事務所の片づけすら碌にしないような男だが、こればかりは大嘘だ。かつての『崩壊』の際、気に入らないものを片っ端から破壊し、乞われた助けには応じ、変異の極致・・・即ち、偽神・・・『祖種』の領域にすら至った九龍は、こと世界の問題となれば、それを見過ごすことなどできない。


「まあ、話を聞くだけ聞いて、独自で動く線も有りだからな。行ってやるか」


 九龍は自分に言い聞かせるように呟いてから立ち上がると、余所行きの外套を纏う。死の概念を纏う『祖種』となった彼には、日光は聊か不快なものだ。碌に手入れもしていない、全身を覆う外套とフードは、それだけで九龍一縷という男のいい加減さと、力の強さを物語るものでもあった。


「世界、世界・・・か。バカバカしいな」


 九龍はそう呟いてから、事務所の扉を開ける。埃臭い事務所に新鮮な空気が吹き込み、一瞬顔をしかめる。どうあれ、仕事だ。いつもと同じ、世界の危機を破壊するだけのシンプルな仕事。


 だが、まだ九龍は知らない。今回の依頼が、かつての戦いに匹敵するものであること。そして・・・それとは全く別の方向性で、九龍の不快指数を極限まで高めるような内容であるということを。

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