「姉」と「妹」の逃避行

きつね月

1――


 例えば伏線の張り巡らされた複雑なストーリーとか。

 例えば現代社会の問題に切り込む壮大なテーマとか。

 例えば誰もが共感するような魅力的な主人公とか敵役とか、小説を書くためにはそういうものが必要なんだと思っていた。

 でも違った。

 例えば賞金が出るような大賞とか。

 例えば雑誌に連載を持つとか。

 例えば出版契約とか印税とか、小説を書き続けるためにはそういうものが必要なんだと思っていた。

 でも違った。違ったのだ。


「……」


 私は今、高校二年生。三月のとある金曜日のこと。

 学校から帰宅したばかりで、手洗いやうがいもそこそこにこうして自室の机に向かっている。時刻は午後四時半。このところ陽も長くなってきたので外はまだ明るいはずだけど、雨戸もカーテンも閉め切ったこの部屋はまるで深夜みたいに暗かった。机の上に置いてある暖色の丸いライトが、闇夜にまどろむ低い月のように光っていた。

 目の前には紙。

 手の中にはペン。

 なんの変哲もない普通のコピー用紙に、なんの変哲もない普通のシャープペンシル。

 書いたものを小説投稿サイトにアップしていたころ――具体的には二年ほど前まで――はパソコンを使ってキーボードで小説を書いていたけれど、もうその必要はなくなった。誰かに読んでもらう必要はもうない。

 これから私が書く小説は、これから私が書き続ける小説は、ただ一人のためだけに在ればいい。


 ペンを握る、誰にも読めないような汚い字で、私は世界を書き殴る――




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