第4話 真実の愛

「これはこれで美しい。僕は頭の形も整っているからね」


 そう自分に言い聞かせる俺は、ミーシャル・バンギラス。

 花形の舞台役者である。つい3か月前までは。


「キャー、素敵。恋人にして!」


「抱きしめて、ミーシャル」


「私の王子様ぁ、大好き」


 大勢の女の子に言い寄られ、入れ食い状態で全員と付き合っていたら、さすがにバレた。


「最低、最低、最低。人なんて殺せないから、毛根だけ殺ってやったわ。そのぐらいで感謝しなさいね!」


「そんな、お前何したんだよ! くそっ」


 恋人の1人だった感情表現の激しいマリアゲートに裏切られ、全身の毛が消えてしまった、スグヌケールの被害者の俺である。

 なぜ分かったかと言うと、マリアゲートがいろいろとぶちまけたからだ。


 その後の俺は……。

 他の女も毛と一緒に、ハラハラと飛んで離れていった。



 友人達には

「刺されなくて良かったじゃん。けがなくて良かったな」と、笑われた。


 友人の好きな子も俺に靡いていたから、やっかみ半分とちょっとしたイヤミも交じっていたようだが、さすがに笑えない。


 最初は落ち込んでいた俺だが、持ち前のナルシストで持ち直し、それでも舞台に立った。


 ただファンは、髪の抜け具合と同じように減少を辿り、気づけば俺は三枚目に降格していた。


 二枚目ばかりがいても劇に奥行きがないので、三枚目はなくてはならない大事な役。けれど主役はいつも二枚目ばかりが演じる。


(ずっと俺が主役だったのにな、クソッ)


 彼女に3股がばれてこの様だ。

 けれど役者の商売道具髪の毛の一つを使えなくするのは頂けない。多く出る役ほど収入も増えるので、死活問題である。


 俺は収入が減って遊ぶお金もなくなり、毛がないことで奢ってくれる女も居なくなった。


 弄ばれた女からすれば、喜ばしいザマァのようだ。


 いくら自分で自分を慰めてももう立ち直れずに、次第に舞台からも遠ざかっていった。




◇◇◇

「バ、バンギラス様、お、お願いです。舞台に、立って下さい。私、ずっと貴方の、ファンなのです!」


 母と2人暮らしの家の前で叫ぶのは、か弱い女の子だ。


 贅沢な仕立ての服と彼女の後ろで控える護衛騎士を見れば、貴族の令嬢だとすぐに分かった。

 平民が無視を決め込むことは出来ない。


 母親が仕事で不在の為、無精髭のミーシャルが仕方なく扉を開ける。


「あの~、こんな姿で申し訳ありません。私にご用でしょうか?」


「あ、あの、その。スミマセン、突然。でも、劇場の方に聞いたら、お家に、いるからと、言われて……。あの、私は貴方の…役のファン、なのです。是非、舞台に戻って、下さい。お願い、します!」


 ファンだと告げて舞台に上がれと言う女の子は、顔を真っ赤にして俯いていた。


 ミーシャルは固まって動けなかった。

(俺の役が好き? ハゲてから来たんだから、ハゲの役が気に入ったということか? ハゲが好きなの?)


 混乱のままのミーシャルは、呆然として彼女を見つめる。

「………………。」


 ぐっと目を見開いた彼女は、俺に訴える。


「私は舞台が好きで、長く劇場に通っておりました。その、ですね。あがり症でどもってしまい、友人も出来なくて。舞台だけが生き甲斐でした。それで貴方のこともずっと見ていたのです。ある時から、その……毛の方が少なくなられてから、王子の役から父親やおどけ役を多くされていて、よく似合っていると思っていたのです。いつも自信満々で、それでいて心の葛藤が感じられ物語を深めていました。失礼ですが二枚目の時より今の役の方が、自信の裏にある哀愁も悲哀も感じられて良いです。頭の形も大変宜しいと思います。何だか勢いでいろいろ言ってしまいましたが、どうか舞台に戻って下さい。今の劇では満足出来ないのです!」


 はぁはぁ、と息を切らす女の子は、真剣な眼差しだ。こんなに情熱的に演技を褒められたのは、ハゲてから始めてだった。




「ハハッ。ありがとう、ございます。……もう1度頑張ってみますよ。本当にありがとう。あと、どもるって言ってたけど、全然そんなことないですよ。俺こんなに情熱的に口説かれたの初めてですよ(いつも俺が口説いてるから)」


「え、くど、口説いてないです。違いますわ!」


 その後も女の子は、顔を赤らめながらも一生懸命に話してくれた。

 彼女はマリリン・グラノーレ子爵令嬢。

 後に友人に聞いたところ、大変に才媛だそうだ。

 特に文才に優れているらしい。



◇◇◇

 俺はその後、突然休んだことを支配人に謝罪し、舞台に復帰した。


 最初はカンカンだったが、ある人が間に入ってくれたからと特別に許された。


 それがマリリンだったことは、後日知ったことだ。


 彼女は特に、ハゲが好きだった訳ではなかった。


 俺が二枚目役の時から応援してくれた熱心なファンで、恥ずかしくて会いにも来なかったそう。


 彼女の家は代々海外本の翻訳をしたり、本の出版を生業にしており、幼い時から文学に浸って暮らしていたと言う。


 だからだろうかあまり社交が得意ではなく、いつも大人しいと思われ、仲の良い友人が出来なかったらしい。嫌われてはいないが、誘われないという感じだったようだ。


 ただ彼女の6才上に兄がいるから、兄繋がりの年上の女性とは普通に話せてはいたらしい。

 会話を振ってくれるから話も楽で、特に彼女が好きな演劇のこと等を微笑んで聞いてくれるのも、嬉しかったそうだ。


 そのせいもあってか、同世代の男女にはますます萎縮してしまっていた。

(何を話せば良いの? 誰も話を振ってくれないし。変なこと言って笑われたくないし。どうしよう!)


 半ばグループの出来上がっている中に入るのは、辛いことだった。


 そんな感じで彼女は、ますます観劇や劇の台本書きに傾倒していったそうだ。



 二枚目の俺には淡い気持ちを持っていた彼女だが、それは舞台の上だけのこと。

 私生活では女性を侍らせる俺に、軽い失望を抱いていたようだ。浮気者は若い貴族女性には嫌われたようで。


 けれどその(俺の)男女間の物語のような実話を聞けば、それもまた物語のように思え、創作意欲も沸いたと言う。


 その女性達とのトラブル後に、頭髪が徐々に減少したのもつぶさに見守り、想像を膨らませていたと言うのだ。


 次第に俺の役が変わっていく様子も。


 そして完全にハゲて三枚目に落ち、その演技力に自身の心情が入り交じり、演技の幅が深まったことさえも。


 その後突然に俺が舞台から姿を消し、彼女は混乱したらしい。


「どうして? あんなに光る演技をしていたバンギラス様が! ご病気かしら!」


 舞台の脚本家も、彼女の家からの翻訳本を利用していたから、俺のことを(世間話のように)彼女の父に伝えたらしい。


「ミーシャルは今まで美形でモテてたんだけど、ハゲてからはモテが全滅したらしい。声をかけても振られて凹んじまって、引きこもりさ。突然降板されても困るんだよね、まったく!」


「まあ、なんてことでしょう。病気じゃないなら、戻って来ないかもしれないのね。どうしましょう!」



 父親と脚本家の話を偶然聞き、衝撃が走るマリリンはミーシャルの元に走った訳である。


 意外と行動力あるよな。



◇◇◇

 そんな感じで舞台に戻った俺は、自信を持って役に挑む。

 毛がない今、キャアキャア言われることもなくなり、甘えは許されず演技が全てだ。俺は発声練習に取り組み、人物の考察も深め役に成りきる。

 何より応援してくれるマリリンを喜ばす為に。


 その後、俺にもファンが増えた。


 それは演技に対するものに対してだった。



「あの役は君にしか出来ない!」


「鳥肌が立ったよ。本当に死んだと思って、泣いた!」


「あの苦悩は素晴らしいよ。本当の将軍のような貫禄だ!」


「歌も良かった。声が後ろの席まで響き渡った」


「感動しました。本当にもう、泣けましたぁ」


「「「貴方が(君が)居ないと始まらないよ!」」」



 多くの好評を得て俺は、どんな役でも演じられると重宝され人気役者になった。

 収入もかなり増えた。その金に寄ってくる女達もいたが、俺が毛も金も失くした時の態度は忘れられない。

 俺はすっかり女に興味をなくしていた。だからと言って、男が好きなのではないけど。


 俺が駄目になった時、母親さえ溜め息を吐いていた。


「せっかく美形だったのに、残念ねえ。20代でこれなんて! 女性を大事にしないからよ。これからはうんぬんかんぬん………………」


 発破をかけたのかもしれないが、ドン底の俺には聞き入れることは出来なかった。

 死んだと聞かされた父親も、実は女と逃げたとその時聞いて、だめ押しになった。


「俺のこと嫌いなのかな? もうどうしたら良いんだ!」


 そんな時に来たのがマリリンだった。

 どんなに励まされたことだろう。



 だから俺は真摯に彼女に向き合った。

 今の演劇のことや今後演じてみたい役、どんな物語が好きか等などを。


 彼女は俺と初めて話した後、会話することに少し自信が付いたらしく、どもりが軽くなったと喜んでいた。

 特に俺がしたことはないけれど、彼女が笑うと嬉しくなる。


 同世代との会話も、相手に合わせて当たり障りなく熟せるようになったと言う。

 特に気にされていないなら、適当で良いのだと思えたそう。



 俺に訴える時に真剣に言葉を選び、拒否をされても伝えようと精一杯の力を使ったことで、普段の会話くらい何でもないと気楽になれたらしい。


 そんなに一生懸命だったなんて聞き、彼女と話す度に告白されているようで俺の方が照れている現在。



 どもりもなくなった美しいサファイアの瞳の彼女は、女性らしく成長し縁談も多く来ているらしい。


 長いミルクティ色の髪を1つに纏め肩に流し、俺から見ればまるでヴィーナスみたいだ。



「私は社交が苦手なのです。誰か貴族じゃない方が、私を拐って下さらないかしら?」 なんて言うのでドキリとする。


 控え室には、俺と彼女と彼女の護衛しか居ないのに。


(俺が手を挙げたら、護衛に切り殺されるんじゃないかな?)

  なんて護衛を見ると、初めて会った時とは違う優しい顔をしていた。


(何これ、公認なの? 罠なの? 誰か教えてくれ~)


 心で叫ぶ俺の百面相に彼女がまた、お腹を抱えて笑っている。


「ふふふっ、もう。ミーシャル様ってば笑わせようとして!」


(確かにこれは、貴族として暮らし辛いかもな。じゃあ、良いのかな?)



◇◇◇


 その後俺はベテラン役者として、時にはかつらを被った役等も熟すようになっていた。

 所謂オールマイティーと言うやつだ。

 ハムレットやリヤ王等、ふさふさと一部ふさふさだ(転生者の脚本家もいますので)。


 そんな時でも彼女は言う。

「やっぱりいつものミーシャル様が良いです」と、微笑んで。


 俺もそれに答えたり。

「腹を抱えて笑ったり、俺の演技で号泣するマリリンが大好きだよ」って。


 もう、恥ずかしい~って、子供の前でも大きい声で照れまくるのが本当に可愛らしい。

 今は子供達も呆れるくらい、仲が良い夫婦になった。


 俺は毛が無い方が幸せになれたみたいだ。


 ほら良く言うじゃない。


「転んでもけがなくて良かったね」って。




 まさに俺は、毛がなくて良かった良い例だ!




 次回の演劇は、とうとうマリリンの脚本らしい。


「父ちゃんは頑張るぞー!」


「「「おう、頑張って!」」」



 今日も明日も父ちゃんは、家族の声援に答え続けるのだ。


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