最終話 新世界
ほぼ異形化したレオンとの初めての朝、アベルはレオンを背に手帳を開いた。
レオンが書いた最後のページの続きはまだ白紙の紙が何枚も続いている。
アベルはその空白のページにスキナーからもらった新しいペンを走らせ始めた。
レオンの真似をして自分の心の中にある想いを、この手帳に書き記していくことに決めた。
『レオンが「いぎょうか」してもうけっこうたった。さいしょは、レオンをもとのすがたになんとかもどせないか、いろいろなほうほうをためした。あのかいぞうナノマシンをくわしくしらべたり、げんじゅうみんにきいてまわったりもした。でもどれもこうかはなかった。
でも、今はもうむりにもどそうとはおもわない。レオンはレオンだ。すがたがかわってしまってもおれといっしょにいてくれる。それがいちばんたいせつなことだと、いまはそうおもえるようになった』
『レオンのいしきはブレがある。ひによってまったくはんのうがないときもあれば、ほんのすうかいだけ、 かすれたこえでおれのなまえをよんでくれるときもある。もともとむくちなひとだったけど、いまはもっとむくちになった。でもおれはさみしくない。レオンがそばにいてくれるから。それだけでおれはあんしんできるんだ』
『ときどきなんにちもレオンがイワのようにうごかなくなってしまうときがある。そんなときは、レオンのしんじまったんじゃないかってふあんになる。だからなんどもレオンのからだにふれて、しんぞうのおととたいおんをたしかめるんだ。それをかんじると、ああ、いきているんだって、しんそこホッとする』
『レオンがそうしてくれたように、おれはりょうりをおぼえた。さいしょはまずくてくえたもんじゃなかったけど、すこしはマシになったとおもう。いまはおれがレオンにつくったスープとかたべさせている。ときどき、マズイからいやがるみたいにかおをそむけるんだけど、そのガキみたいなしぐさをみるのがおもしろい』
『レオンとイッショに、ゆっくりと色々なハイキョの町をたびした。レオンが今まで見ていたであろう、ホウカイ前の世界の人間をさがして。高いビルがこわれてじめんにつきささっていたり、さびついたロボットがすなにうもれていたり。でも、やっぱりどこにも、原住民とスキナーの他におれたちいがいの人間はいなかった。まだ見つけていないだけかもしれないけど……
でも今は、それでもいいと思っている。もし他に生きのこりの人間がいたら、こんなすがたになったレオンを見てひどいことをするかもしれない。レオンはもう、自分を守ることがむずかしいから。おれと二人だけの方がきらくでいいかもしれない』
『レオンが、おれがいたからキボウがあるって言ってくれたように、おれもレオンがいるからキボウがあるんだ。レオンがそばにいるかぎり、このこわれた世界も、少しだけマシだ』
『おれにはちちおやがいなかったから、ほんもののちちおやがどんなものか分からなかった。でもいちどだけレオンに向かって小さいこえで「とうさん」ってよんでみたんだ。ぶあいそうなレオンはかすかに、本当ににかすかにだけど、笑った気がした。気のせいかもしれないけど、おれはそう思ったんだ』
『これからもずっとレオンとイッショに世界中を旅する。レオンが見たかったであろう新しい世界のふうけいを、二人でゆっくりと見ていくんだ。たとえ、それがひでぇこうけいだったとしても、レオンがそばにいてくれれば、おれは前を向いて歩いていける。二人だけのしずかであてのない旅だけど、ほろびた世界をおれたちはこれからもイッショに生きていくんだ』
アベルはペンを置くと、地面にそのまま横たわるレオンを見つめた。
ほぼ異形化した姿ではあるけれど、その存在はアベルにとって大切「レオン」という存在だった。
風が廃墟の隙間を吹き抜け、また闇夜が二人を闇の中に包み込む。
アベルはレオンの冷たくて硬くなった手に、自分の手を重ねた。
静かで穏やかな時間が、二人の間を静かに流れていく。
この滅びた世界で二人は確かに固い絆で結ばれていた。
そしてアベルの胸には、レオンが口癖のように言っていた希望が灯っていた。
レオンと共に生きる未来への、 暖かい希望の光が。
END
滅びた世界で 毒の徒華 @dokunoadabana
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