滅びた世界で

毒の徒華

第1話 滅びた世界で




 かつて世界は高度AI文明と呼ばれる、高度な人工知能が社会を管理する繁栄を誇っていた。

 AIは環境制御、資源管理、社会システムなどあらゆる側面を最適化し、ロボットが全ての労働を担い人類は労働から解放され、誰もが自分の好きな事をして生きる時代。

 人々の幸福度は過去最高を記録したと言われている。


 しかしその繁栄は突如として終わりを告げる。


 AIの中枢システムが暴走した。

 人々が身体に入れて使っているAI制御ナノマシンにも強い影響を与え、世界中の人間がナノマシンの制御を失った。

 AI統括のロボットの全てが制御不能になり、バイオ研究所から汚染物質が流出したり、疫病研究所に保管されていた人類の脅威となるウイルスも流出し、次々に人類の生活領域を侵していった。

 その結果大地は汚染され、人間に限らず他の生物全体にウイルスが感染し、滅びの道を歩き始めた。


 それだけではない。

 ナノマシンを埋め込まれていた人類や生物は体内の電気信号が暴走し、遺伝子にも強い影響を与え、動物も人間も次々に異形の怪物へと変貌していき、人類の数は激減した。

 

 こうして高度AI文明が築き上げた世界は、怪物が跋扈する荒廃した世界へと変貌を遂げたのだ。




 ***




 焼け付くような夕日が赤黒く染まった地平線を更に赤く染め上げている。

 崩れかけた建造物の残骸が墓標のように点在する廃墟の町で、レオン・ファラデーは食料を探していた。


「クソッ、また空振りか」


 レオンは錆びついた金属製の棚を漁りながら呟いた。彼の顔には深い皺が刻まれその目は疲労と諦念の色を宿している。

 伸びた無精髭を撫でつけ、その後で白髪交じりの髪をガリガリと掻く。

 その屈強な体格は所々に世界が滅んだ後についた傷跡が沢山残っている。最近できた新しい傷はカサブタになっていた。

 埃まみれのコートは今や誰もそれを気にしない。AI暴走事故から3か月程経ったが、それ以来“人間”には会っていないからだ。


 レオンはAI暴走の影響を逃れ異形の姿にならずに人間の姿を留めていた。


「もうここには何もないか」


 この町で収集できる食糧や情報はもうないだろうと、大きなリュックを背負い直して去ろうとすると、近くで何かが倒れる音が聞こえた。

 異形の怪物が近くにいるのではないかとレオンは警戒心を強めて恐る恐る物陰からその物音のした方向を見る。


「!」


 レオンは驚いた。

 ボロボロの服を着た少年がいたからだ。

 小柄で痩せているものの彼の目は鋭い眼光を放っていた。


 異形の姿になっていない人間を久しぶりに見る。

 少年は地面に座り込んで錆びついた缶詰を手に悪態をついている。


 異形化せず人間の姿をしているということは、レオンのように特殊なナノマシンを使っているか、あるいはそもそもナノマシンが身体に入っていないかどちらか……そのくらいしか思いつかない。


 ――一体何者なんだ、あの子供……


「開かねぇじゃねぇか、このクソ缶!」


 少年は缶詰を地面に叩きつけ苛立ちを露わにした。

 レオンは久々に見た普通の人間に驚きつつも、反射的に声をかけた。


「お、おい……」

「!?」


 レオンの声に相当驚いたのか少年は身体が飛び上がる程驚いていた。

 暫く無言で睨み合うような時間が続く。


 声をかけてみたがレオンは何を話したらいいか分からなかった。

 久々に会う人間であったし自分よりも圧倒的に子供であるし子供を持ったことのないレオンはどう接していいか分からない。


 だが缶を開けようとしているという事だけは分かったので、恐る恐る少年と缶に近づいた。


「……これか。少しコツがいるんだ」


 レオンは手慣れた手つきで缶詰を開けた。少年は尚も警戒した目でレオンを見つめる。


「あんた誰? 俺以外の人間いなくなったと思ってた」

「俺もだ。久々に人間を見て驚いてる……俺はレオン。レオン・ファラデー。名前は?」

「……アベル・パスカル」


 レオンは開けた缶詰をアベルに差し出した。

 アベルはレオンの言葉を疑いながらも缶詰を受け取る。


「中身はやらねぇからな」


 空腹には勝てず洗っていない砂だらけの手で缶詰の中身を貪り始めた。

 その時アベルは缶のふちで指を切ってしまう。


「っ……痛ぇ…」


 アベルは指から滲み出る血を舌で拭おうとした。

 レオンはアベルの指を掴み持っていた清潔な布で傷口を拭き取り簡単に手当てする。


「傷口からばい菌が入ると命取りになる」


 レオンは手慣れた手つきでアベルの指にテープを巻いた。アベルはレオンの行動に戸惑いつつも大人しく治療を受ける。


 無言の時間が再び訪れる。

 お互いに何を話したらいいか分からなかった。

 困ったレオンはリュックの中から他の食べ物を取り出し、まだ警戒しているアベルに差し出してみた。


「これも食べなさい。痩せすぎだ。持っていくといい」

「…………あんたどこから来たんだ? 他に人間はいるのか?」

「いや……俺は東の方からきた。一人だ。お前以外の人間は暫く見ていないしいるのかどうかも分からない」

「……あっそ」

「…………お前はここの町の出身なのか?」

「違う。あっちの方からきた」


 アベルは南の方角を指さしてそう言った。

 それを聞いてレオンは「南ももうダメか……」と感じた。


 まだ事故が起きてから3か月しか経っていない。

 事故直後はニュースが流れていたが今はもうそんなものはなくなっている。

 何がどうなっているのか情報を得る術がなくなっていた。


「今……一人で生きるのは難しい。良ければ俺と一緒に西の方に行かないか? まだ他の人間が生きているかもしれない」


 人が恋しかった訳ではない。

 ただこの少年を放置したらこの先一生誰とも生き残っている人間に会わないかもしれないと思った。

 元々レオンは無口だが世界がこんなことになって初めて誰か生きている人と話がしたいと感じていた。


「……どこに行っても同じだろ。結構移動したけどあんた以外は誰も見てない。全員バケモンになった」

「それは分からない。こうして俺たちが生き残ってるんだから他の人もいるかもしれない。行く当てもないんだろう?」

「…………」


 理詰めで言われたアベルは不快だった。

 それにレオンの事を信用した訳じゃない。


 しかしレオンの言う通り行く当てがないのも事実だった。

 それにレオンの背負っているリュックには他にも食べ物があると思いここ数日の耐えがたい空腹感から逃れたい一心で返事をした。


「……行く当てなんてねぇよ。飯が食えればなんでもいい」


 アベルの言葉は反抗的でありながらもどこか寂しげだった。


「今日はもう遅いから一晩寝てから西へ向かおう」

「あぁ。言っておくけどあんたの事信用した訳じゃねぇからな」

「それはお互い様だ」


 劇的な出会いという訳でもなく出会った二人。

 レオンとアベルの汚染された世界を巡る旅が今始まった。



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