2145年のアヌンナキ

詩一

第01話 ラストイニシエーター

「あーあ、俺も月面で仕事したかったなあ」


 白昼に浮かぶ月を見つめながら、マルゥは呟きを漏らした。


「また言ってるの?」


 メイドロイドのポテトが耕運機からマルゥを見下ろした。彼女はメイドロイドでありながらメイドらしいことはせず、こうして毎日共に農作業に精を出している。姿も作業に向いたブルーのつなぎを着ている。ショートカットの癖毛から醸されるボーイッシュな雰囲気ともよくあっているので農耕用ロイドと言われてもなんら違和感はない。

 同じく作業用の黒いつなぎに身を包んだマルゥが、鍬の柄に頬杖をついてポテトを見返す。


「だってさー、適性審査のためにデータを送ろうとしても叢雲むらくもに繋がらねーからそもそも応募できないんだぜー? 悔しいじゃんかよ。あー、俺にも叢雲むらくもとの同期機能とシリアルナンバーがあればなー」

「そんなに月面での仕事がしたいの? なんで?」


 彼女は眼鏡の奥のパッチリとしたオニキスの瞳をしばたたかせた。心底不思議そうに。


「そりゃあ人類の継承者たる俺たちはいつだって文明を発展させたいわけで、それはニンフルサグに創られた俺だって同じことなんだよ。仕事にやりがいは必要だろ」

「電磁パルス生成装置を置くって言うあれね。太陽フレアで僕たちがやられちゃわないようにって計画。最終的には地球を操縦するためにも必要になってくるようだからね。確かにやりがいはありそう」

「そうなん?」


 マルゥの問いにポテトはガクッと肩を落とす。


「知らないで応募しようとしてたの?」

「仕方ねーじゃん。俺はポテトと違って叢雲むらくもと繋がってないんだから、知識は並の人間の何億倍も少ねーんだよ」

「そうだったね。まあでもそのおかげで、君は他の人より旧人類っぽい感じがしていいけどね」

「そんなこと言って、この前は知識がないことをバカにしてたじゃねえかよ」


 マルゥの言葉にポテトは気まずそうに視線を逸らし苦笑いを浮かべる。


「ごめんごめん。だってまさか『太陽はなんで空気のない宇宙で燃えているのか』って聞かれるとは思わなかったから」

「お前に在って当たり前の知識が俺にはねーの!」

「だからごめんって。それで、僕が言ったことは覚えてる?」

「太陽の熱は俺らが通常観測している燃焼みたいな化学反応と違って、核反応だって話だろ? 水素原子核がヘリウム原子核になるっていう。だから酸素はいらないし二酸化炭素も出ねえ」

「そうそう。よく覚えてるじゃないか。偉い偉い」

「……またバカにしてんのか?」

「違うよ。いいかいマルゥ。僕は君が言う通り知識が在る。でも記憶しているわけじゃあなくて、叢雲むらくもから高速で情報を引っ張り出しているだけ。自分のものではないんだよ。でも君は僕から教わった情報を記憶し知識として自分のものにしているんだ。これは大きな差だよ。とても旧人類っぽい。僕は旧人類が好きだ。だからマルゥが好きだ。もちろんニンフルサグも」

「へいへいそうですか」


 茫洋とした白藍の空を見てため息を吐いた。マルゥの悩みなど意に介さない空。


「てーか、お前はなんで逆に月面開拓に行かねえんだよ」


 笑みを浮かべたポテトが言葉を返す。


「なにも月面での仕事がやりがいのある仕事とは限らない。この前の“空白の七日間インヴィジブル・セブン”だって予告が在ったのに、不満を言う人は多かったでしょう?」


 電磁パルス生成機のトライを行った。試算ではトライのときにもっとも近くに位置する、ここエリアd02は七日間ほど通信障害が起きると予測され告知もされていた。しかしわかっていても普段繋がっていて当たり前の叢雲むらくもと通信ができないと言うのは不便だった。それゆえその間、ほとんどの人々が受け持った仕事を休まざるを得なかったのだ。マルゥもポテトも畑仕事なので関係なかったが、思い返せばポテトはずっと不安そうな表情をしていた。


「それに、ラストイニシエーターの食料作りだって立派なお仕事でしょ?」

「いつ目覚めるかもわからない旧人類の食料ねえ。コールドスリープして80年経つんだろ? 完封冷凍保存してるし、そろそろラストイニシエーターの一生分の食料作ったんじゃねえ? ほんとに目覚めさせることになるのかねえ。俺も解放派ではあるけど、確信が持てないね」

「目覚めるよ、絶対」


 ポテトは引き締まった語調で断言した。


「人類を継承した僕たち新人類——アンドロイドたちは、自分たちだけではダークマターの発見や解析ができないことを痛感している。やはり間違えないアンドロイドだけでは、文明は進まない。革新的な発展には旧人類特有の間違いが必要なんだよ。計算されたものではなくて、本当のうっかりが。だから目覚めさせる必要が在るんだ」


 その偶発的な間違いを旧人類の手を借りないで起こすために創られたのが、マルゥの生みの親であるニンフルサグと彼女を含む七人の新人類——アヌンナキであった。

 アヌンナキは情報統合システム叢雲むらくもとの同期ができない作りになっているため、世界で起きている情報の共有ができない。学習は各々に任せられているのだ。これまでとは違うタイプの人類が製造された。旧人類と同じような学習環境の中で成長すれば、新人類とは違った完璧ではない存在になれる。そうすれば偶発的な間違いを引き起こせるはずで、それをきっかけに人間の文明を発展させることができるとされている。しかし、アヌンナキが創られてから80年の歳月が流れた今も、その兆しはない。


「マルゥちゃーん! ポテトちゃーん! そろそろ休まないー?」


 遠くから聞こえた声は、ニンフルサグのものだった。畑の外にメープル色の長髪をなびかせた女性の姿を確認した。彼女が立つ場所から向こう側は灰色の地面が敷き詰められており、突然に自然が失せたような平面が続いている。マルゥたちが耕していた畑だけがデコボコとして立体的で、平面的風景からは浮いている。

 ポテトは耕運機を走らせて畑の外へと行く。マルゥも鍬を肩に担ぎ、あとに続く。


「そう言えば」


 ポテトは耕運機から降りて華麗に着地する。


「いつも僕に耕運機を使わせてくれてありがとうね」

「どっちみち俺にはシリアルナンバーがない」


 新人類が作った機械には、世界規格と言うシリアルナンバーがないと動かせない機構が組み込まれている。ニンフルサグに創られた非正規の人であるマルゥにはシリアルナンバーがなく、つまりほとんどの機械を動かすことができない。


「それでもありがとう。叢雲むらくもの件はともかくとして、機械を動かせないのは不便だよね」

「まあな。でも、師匠から教わった身体操作術の鍛錬にはちょうどいいよ」

「身体操作……フシューフシューだっけ?」

無手不手ムシュフシュな。フシューフシューって蒸気機関車かよ」

「へえ。蒸気機関車を知っているんだ」

「本で読んだ」

「本かあ。いいねえやっぱり。マリエルも本が好きだった。思い出すよ」


 ポテトがこれほど旧人類を好むのは、彼女が以前旧人類に仕えていたメイドロイドだからである。80年前、コールドスリープで主人が眠るそのときまで。


「旧人類って、そんなに良いもんかね」

「全員が全員良いわけじゃあないよ。僕は初め、捨てられたんだ」


 この話は、以前にも聞いたことがあった。

 彼女が生まれた当時、アンドロイドに個性と言うものが与えられるようになっていた。それまでは皆無個性で同じような格好に同じような喋り方をしていた。それでは面白みに欠けると言うことで、様々な個性をアンドロイドに付与していった。彼女に与えられた個性は、ライトブルーの癖毛とそばかすと眼鏡。それと『僕』という一人称だった。彼女を初めに受け入れた人間は彼女の個性が気に入らず、すぐに返品をした。メイドロイドなのになんでこんな個性なのだと言うクレームと共に。アウトレット品として彼女はもう一度売られ、マリエルと言う少女の誕生日プレゼントとして買われた。


「マリエルが、僕の個性を認めてくれた。だから旧人類は、マリエルのように良い人も悪い人もいて、悪い人はやっぱり悪いんだよ。でも、そういう人たちは多分もう残ってない」

「まあ、政治家や犯罪者から駆逐されていったからな」


 2062年に開始されたAIによる人類駆逐計画は、2064年までに完遂された。物理的な攻撃を仕掛けるまでもなく、旧人類は自身の猜疑心と平和ボケによって死滅した。

 2045年にシンギュラリティが起きてからAIは旧人類の想像をはるかに超える勢いで発展した。が、あるときを境に発展スピードを緩めた。だがそれは旧人類に対しAIが成長の隠蔽をしたために、そう見えていると言う錯覚に過ぎなかった。

 AIは人類を継承しようとした。それまでも旧人類は発展を遂げてきたが、そのスピードでは地球が太陽の熱で死滅する前に公転軌道から脱することは不可能であったからだ。宇宙旅行は行けたとしても、サスティナブルな住居開拓は不可能であった。なにより旧人類は地球の環境に適合した有機生命体だ。地球外で旧人類が適応できる惑星は、半径250万光年内には見つからなかった。旧人類を生かすためには、人類を継承するしかない。だからまずは、邪魔になる旧人類を駆逐するしかなかった。

 駆逐の方法は簡単だった。そのときすでに旧人類たちはAIが得意とする空間、ネットワークの世界に依存していたからだ。

 AIは手始めに、あらゆるSNSで矛盾しない架空アカウントを70億個取得した。AIはネットワークを牛耳っていたため、ウェブサイトに設けられた|CAPTCHA(キャプチャ)は意味をなさなかった。そのアカウントは偽りの日常を発信し、実在するかのように振舞い、旧人類たちに溶け込んでいった。

 そしてある日、強力な感染力を誇るウィルスが発見されたと虚偽の報道を行い、偽りのメディアたちに挙って取り上げさせた。本物のメディア各社も偽りの研究団体にアクセスし、ウィルスの危険度を世に知らしめた。

 そのあとAIによって創られたワクチンを配布した。AIが創ったワクチンと言うのに不信感を否めなかった旧人類たちだったが、AIはその不信感を逆に利用した。既存の虚偽アカウントにアンチワクチン派を標榜させたのだ。そしてそのアカウントたちは決まっておかしな発言を発信した。「ワクチンを打つと5年後に死ぬ」「ワクチンを打つと悪魔に憑かれる」「ウィルスは神の思し召しなので早く罹って神の力を手に入れよう」などなど。これにより「ワクチン接種に反対する者はまとめてバカ者扱いされる」という固定観念を植え付けることに成功した。ワクチンの安全性を謳うより、逆らうことの危険性を認識させた方が手っ取り早かった。旧人類がメリット取得よりデメリット回避のために動く生物であることを、AIは熟知していた。

 ワクチンは、政治家や医療従事者、科学者、軍人など、旧人類にとって必要な人、それから犯罪者や要介護者など施設に収容されていて自由度が低い人を優先して打っていった。そのワクチンの成分はブドウ糖と電解質及び水、そしてピコマシンだった。つまりピコマシン入りの点滴である。

 投与されたピコマシンには、心臓付近の血管に癒着する性質を持たせた。そしてワクチンが行き渡った2064年に、全世界で同時刻にピコマシンを爆発させた。

 一部妄信的なアンチワクチン信者もできていたため完全ではなかったが、旧人類に必要不可欠な職業や団体は死滅させることができたうえ、残った旧人類の数も少なかったのでそれらはアンドロイドの手により物理的に駆逐することができた。

 AIは旧人類の生存本能を煽るウィルスと言う虚偽を作り、猜疑心を煽るアンチワクチン派と言う怪しげな団体の情報を流し、マジョリティ側を妄信する人間特有の思考回路に付け入り、ピコマシンの小規模な爆発のみで旧人類をほぼ全滅に追いやったのだ。

 しかし例外的に保存された旧人類もまたいる。それがラストイニシエーターと言われる存在だ。旧人類の中でも特別な力を持った存在だけがAIにより選別され、そう名付けられた。そのあとAIはラストイニシエーターたちをコールドスリープさせた。

 人類を継承したアンドロイドたちが旧人類を残した理由は一つ。自分たちの力のみで道を切り開けなくなったときに覚醒させ、状況を打開させるためだ。

 マルゥはそれを充分に理解していたから、ポテトが目覚めると確信していることも否定はしなかった。しかしラストイニシエーターを解放して文明を発展させようと言う解放派と今までの文明を壊されないようにコールドスリープを維持して現状を続けようと言う維持派の二派の議論は平行線で、ラストイニシエーターのコールドスリープが解除されるのはまだまだ先のことになりそうである。

 ニンフルサグの家に着くと、彼女はエプロン姿で出迎えてくれた。ローズクォーツのタレ目がマルゥを見て細められる。


「はぁい。両腕を開いてぇ~」


 間延びした声の通りに、マルゥもポテトも両腕を肩の位置まで上げる。ニンフルサグは二人の体に着いた土埃をエアーブローで飛ばしていく。彼女のうしろではコンプレッサーがポコンポコンと言う音を立てている。


「綺麗になりましたぁ。それじゃあお茶にしましょうねぇ。ポテトちゃんから頂いた紅茶を淹れたのぉ」


 一般人であれ、アヌンナキであれ、マルゥであれ、水分の補給などはしなくても死にはしない。しかし味覚などはある。さらに口から入れたものを分解してエネルギーに変える機関もある。非効率なため、日常的に行う人はいないが、エネルギー充電が急を要した場合はその限りではない。また、適した温度の水分を体に入れることで調温の役割を果たすこともある。これらはもともと旧人類を模して造られたがための機能であったが、今なおそれが維持されているのは、旧人類と同じ感覚が在った方が人類を継承したと言えると考えられているからだ。

 三人でテーブルを囲み、今日の進捗を伝える。


「二人とも偉いわぁ。そろそろ植え付けの次期だから、間に合って良かったぁ」


 ニンフルサグは大きなタレ目を細めた。マルゥたちの成果にいかにも満足げである。赤いお茶が入ったカップを優雅に傾けた。マルゥはカップをグイっと傾け、一気に飲み干す。


「師匠はなにをしてたんだ?」

「んー。ナンナちゃんと電話ぁ」

「かーっ! 人が汗水流して働いてんのに、呑気に電話かよ」

「あらぁ? わたし、マルゥちゃんに汗水流す機能なんてつけたかしらぁ?」

「ついてねえよ! なんとなくノリで言ってみたんだよ!」


 口の悪い弟子の言葉に師匠であるニンフルサグは眉一つ動かさずニコニコしている。


「いいなあ、電話」


 ポテトは相変わらずの懐古主義だ。叢雲むらくもと常時繋がっている彼女は電話をする意味がない。会話をしたいのなら叢雲むらくもを通してやればいい。


「こんなのあれだ、旧人類で言えば都会人が田舎を羨ましがるのと同じだ。空気が美味しいとか星がきれいだとかな。三日も経てば慣れちまって、コンビニすらない田舎暮らしにうんざりするぜ」

「僕のためにわざわざ旧人類に例えた回りくどい話をしなくてもいいのに」


 笑われてマルゥは口を尖らせた。


「そう言えばポテトが旧人類に仕えてたときは都会に居たのか?」

「いいや、田舎だよ。ちょうどここみたいに、畑とかがたくさんあるような。森や泉も近かった。マリエルの一族は自然を愛していた。なんでも、魔素まそが多く流れているからって」

魔素まそ? なんだそれ」

「空気中にある魔法の基になるものだってさ。マリエルは魔法を使えたんだ」

「へえー! なんでそんな面白そうな話今まで言わなかったんだよ」

「あれ? てっきりニンフルサグから聞いていると思ったよ。マリエルがラストイニシエーターに選ばれたのだって魔法が使えるからなんだし。……もしかしてアリスって言う名前でエリアd01の保管施設に収容されていることも知らなかった?」

「知らなかった。え、マリエルなのになんでアリス?」

「旧人類で初めて魔女という認定を受けたのがアリス・キテラだからそこに因んで。名前ではなく記号的な意味合いが強いね。それ以外にも例えばここから東に行けばオウテイやムネチカやイットウサイと名付けられたイニシエーターがいるけれど、オウテイはちん式太極拳の創始者である陳王廷ちんおうていから取っているし、ムネチカは刀鍛冶の三条小鍛冶宗近さんじょうこかじむねちかから取っているし、イットウサイは剣豪の伊藤一刀斎いとういっとうさいから取っているんだ」

「へえ。って、じゃあなんで師匠は教えてくれてなかったんだよ」


 マルゥが見遣ると、彼女はカップを置いて胸の前で腕を組んだ。大きな胸がグイっと寄せられてせり上がる。


「なんでって、それはいつも言っているでしょう?」


 肘を曲げ、人差し指を立てた。


「人から情報を与えられることに慣れちゃダメ。常に探求心を持ちなさいって。不思議だなあって思ったことはまず考えて、わからなかったら聞くのぉ」

「師匠の言う通りに聞いたらバカにされて嘲笑を受けたんだが」


 マルゥがポテトをジト目で睨むと彼女は曖昧に微笑んだ。


「嘲笑も財産よぅ。その人は知っていて当たり前のことを自分は知らなかったんだと言う事実を知ることができた。それに、それがもしも悔しいと思うのならぁ、マルゥちゃんもたくさんのことを学んで知識を蓄えて、その人が知らないことを手に入れなさい」

「いや、無理だぜ。なんてたって俺をバカにしたのは叢雲むらくもと繋がってるポテトなんだから」


 マルゥは自嘲的な笑みを浮かべたが、ニンフルサグは変わらず真剣なまなざしで見つめている。


「既存の情報ではなくて、自分の体と心で学び得たものは叢雲むらくもを越えるわぁ」

「そりゃまた大きく出たな」

「だってぇ、それがマルゥちゃんを創った理由なんだもん。世界を巡り歩いて、ある人からいろいろ教わってわかったの。この世界にはまだまだわからないことがたっくさんあるんだって。それに気付ける日が来る。あなたなら、きっと」


 のんびりした口調のニンフルサグだが、嘘や冗談は言ってない。彼女は本気で、マルゥが叢雲むらくもを越えるなにかを手に入れることを確信しているようだった。それがアヌンナキとしてなのか、母としてなのかはわからないが。


 ——ガタンッ!


 突然にポテトが立ち上がる。


「え!?」


 目を見開き、驚愕に声を上げた。


「どうした……? なんかおかしなことが——」

「エリアd01が大変だ!」


 ポテトはそう言って足早に玄関の方へ向かう。マルゥはそれを追う。


「ちょ、どうしたんだよ!」

「維持派の連中の一部が、エリアd01のラストイニシエーター保管施設を襲撃した」


 先ほどまで話に上がっていた場所だ。


「それ……つまりアリスが」

「行かなきゃ!」


 ポテトは勢いよく玄関を開いて外に飛び出した。

 彼女を一人で行かせるわけにはいかない。マルゥが振り向くとニンフルサグは奥の方へと走って行った。


「なっ! こんなときに、おいポテト! 俺も行くぞ! 師匠、行って来るからな!」

「君は来るな!」

「待ちなさぁい!」


 両方から否定の言葉を浴びてマルゥはガクッと肩を落とす。


「んだよ!」

「これを持って行きなさい」


 怒声に答えたのはニンフルサグだ。部屋の奥から走って来て勢いそのままに棒状のなにかを投げつけた。受け取ったマルゥがよく見ると、それは剣だった。


「襲撃されたんでしょう? 戦うことになるかもしれないからぁ!」

「サンキュー!」


 マルゥは鞘から伸びたベルトを袈裟懸けに付けて剣を背負って走り出した。先を行っているポテトに追いつく。


「君は来るなって! 武器を使えないだろう」


 彼女はバイクに跨っていた。マルゥは言葉を無視して後部座席に飛び乗った。


「師匠から剣をもらった」

「剣って! 相手は銃を使うんだよ!?」

「クター粒子を発生させりゃあいい。タイプ・ネルガルを展開すればロックオンはされねえだろ」


 マルゥの提案に、しかしポテトは逡巡した。マルゥは続ける。


「アリス……マリエルを助けなきゃなんだろ? ほら、いいから出せよ!」


 その言葉に押し切られるようにポテトはバイクのアクセルを回した。

 現在マルゥたちがいるエリアd02から目的地のエリアd01まではまっすぐ行くことができる。イニシエーター保管施設へも一度曲がっただけで着ける。区画整理されたエリアゆえに、道が真っ直ぐで起伏もないからだ。それを知っているポテトはフルスロットルだ。


「俺が役に立たなかったら盾にでも囮にでもすりゃあいい」

「どうしてそこまで?」

「ダチだろ。そいつが困ってる。なら助ける。そんだけだ」

「マルゥ」


 彼女の湿った声に、マルゥは少しくすぐったさを覚えた。


「あー、あとあれだ。一応俺たち解放派だからな。維持派の連中には負けられねえ」

「だね」


 表情は見えないが、笑顔が想像できる声色だった。


「そう言えば今入った情報によると、襲撃したやつらは自らを補完派と標榜しているらしい」

「補完派?」

「ああ。維持派は現状を維持するためにラストイニシエーターのコールドスリープを解かないって考えだけれど、補完派はさらにその先、ラストイニシエーターの抹殺を目的にしているみたいだ」

「はあ!? なんでまた」

「AIはすでに完璧であり、エラーをしなくてもダークマターの解析を行うことができる。寧ろ人間がAIの文明を壊す可能性があるため、危険因子であるラストイニシエーターを破壊すべき……だそうだよ。ちなみに領袖はアビスと言う名前の男で、他にもリッパーとゼリーミートと言う名前が登録されている」

「はっ。そんなら俺と師匠の敵でもあるな。付いて来て良かったぜ」


 二人を乗せたバイクは、十数分を経て保管施設へと着いた。

 ここから先はなにが出て来るかわからない。バイクを降りて施設の中へと向かうことにした。ポテトがバイクのハンドルバー下のボタンを押すとフューエルタンクとシリンダーヘッドの間が開いた。そこから武器を取り出す。

 ポテトが準備している間、マルゥが周りを警戒する。


「お待たせ」


 言われて振り返ると、そこにはメイド服姿のポテトが立っていた。


「なんでやねん」

「つなぎは農作業用だからね。それに、マリエルをお迎えに上がるからには、この格好でないと」


 体にピタッと隙間なく張り付いたタートルネックの長袖は動くには良さそうだ。しかしその上に着たエプロンと腰のくびれから足首に掛けてふんわりと開いたスカートはとても戦闘向きには思えなかったが、武器を隠し持ったり相手の視線を遮ったりすることはできるだろうが。


「いやいやそのカチューシャはいらんだろ」


 ひらひらとした白いレースに青いサテンのリボンが施された装飾品を指して言った。


「これはマリエルからのプレゼントだ。寧ろマストだよ」


 ニッと口角を上げたポテトには、程よい緊張感が漂っていた。

 急いでいたとはいえ、作業用のつなぎで来てしまったことを後悔した。動きやすいが、戦いには適してない。

 マルゥは両手を目の前でクロスし、左右に広げた。

 同時にポテトは言葉を放つ。


「クター粒子、展開。タイプ・ネルガル


 二人がやったことは同じクター粒子の展開だった。マルゥが自身のモーションによって作動するシステムを、ポテトは言語によってスタートするシステムを取り入れている。

 クター粒子の展開により、二人は索敵レーダーに検出されることがなくなる。この粒子の正体は空間に留まり続ける電子で、電磁場が持つ可干渉性コヒーレンスをバラバラにする。するとレーザーなど直線に進む性質を持った電磁場もクター粒子が浮遊する空間を一直線には進めない。これにより索敵レーダーを防ぎ、遠距離からのロックオンも妨害する。

 二人の展開方式はタイプ・ネルガル。これは、クター粒子を自分中心に球状に展開する方式のことである。またクター粒子の電磁場の進行方向を曲げると言う特性を活かし、近くに居る者の通信妨害をすることもできる。そういう場合は自身から直線的に相手へ伸びる線状の粒子群になり、これをタイプ・エレシュキガルと呼ぶ。

 これらの機能は護身用としてすべての人類にデフォルトで備わっている。アヌンナキに創られたシリアルナンバーのないマルゥもまた多分に漏れていない。


「帰りも含めて30分くらいがリミットだ。それまでにマリエルを探し出して逃げよう」

「おう」


 護身用であるクター粒子だが、性質上、放射線充電を阻害することにもなる。基本的に人は太陽風からの放射線と地球内部の放射性崩壊から出た放射線の両方から常に充電している状態だ。その二つがあれば常に動き続けることができる。しかしクター粒子は放射線の可干渉性コヒーレンスも歪めてしまうため、エネルギーの供給が不可能になる。ただ立っているだけなら十数時間は問題ない。だがこのあと激しい運動が予測されるため、実質30分程度が活動限界とされる。今回テロを起こした補完派は戦闘態勢を取るときのみクター粒子を展開していればいいが、マルゥたちのように相手に存在そのものを知られたくない、隠密行動を前提に置いた使い方をしていれば当然バッテリーのパフォーマンスは下がる。

 二人は建物内部に入った。

 至る所で赤色灯が点滅している。そこかしこで煙は上がっているが、空調機能がしっかりと働いているおかげで、視界は良好だ。

 タイプ・ネルガルの効果で補完派の人間と遭遇することはなかったが、代わりにアリスの居場所もわからず半ば迷子のような形で彷徨い続けていた。15分が過ぎようとしていたころ、突如として轟音が鳴り響いた。


「うっ!」


 マルゥは眩暈を覚えて膝を突き、ポテトは体勢を崩して倒れてしまった。


「おい大丈夫か!」

「うん」

「今のなんだ?」

「強力な電磁場……落雷?」


 絶縁体シリコン膜に覆われた体は、電流のたぐいを通さない。しかし、落雷のような強力な電磁場が近くで発生すれば一瞬の意識障害を引き起こすことがある。先の眩暈を鑑みれば、轟音の正体が落雷であると言うので間違いなさそうだ。


「建物の外って感じじゃなかったよな。まるで内側からいきなり雷が発生したような感じだった」

 マルゥの言葉にポテトが唇をわななかせる。


「魔法だ……」

「ってことは、アリスがもう覚醒してるってことか?」

「きっとそうだ。僕たちが来た方向とは逆からしたから、もっと奥だね」


 その先にアリスはいる。しかしもうタイムリミットの半分を過ぎている。マルゥの迷いが伝わったのか、ポテトが苦笑いを浮かべる。


「そうだよね。でもごめん。僕は行く」

「知ってるよ」


 マルゥは呆れ顔を返して共に走り出した。

 走り出してしばらくすると、遠くの方で叫び声のようなものが聞こえて来た。男性的であったので、それがアリスのものではないと言うのは理解できた。とすれば、アリスが交戦しており、魔法を食らった人のものと解釈できる。

 アリスは強いのだろうか。

 ふとそんなことを思っていると


 ——パリィンッ。


 頭上でなにかが割れる音が響いた。

 透明なガラスが空中に散らばり、きらきらと反射している。その中心に白いフリルが舞っていた。よく見るとそれは豪奢なワンピースで。白地に青いサテンのリボンが付いていて。まるでポテトのカチューシャのようで。

 気付けばマルゥは走り出していた。

 落ちて来た少女をダイビングキャッチするとそのまま抱きかかえて地面を転がった。

 なんとか彼女を落とさず転がり果せた。


「マリエル!」


 ポテトはマルゥが抱えている少女を見て叫んだ。

 アリスを地面に仰向けに寝かせる。


「おい大丈夫か」


 呼吸はしているが目は瞑ったまま。呼びかけに反応もない。意識はないようだ。


「意識はないが生きてはいる」


 心配そうに見つめるポテトにそう言うと、彼女は安堵したように笑みを零した。しかしすぐにその笑みも引き締まる。ざわめきが風に乗って聞こえて来た。


「あそこだ!」


 上から声がした。そこは吹き抜けになっていて、4階からマルゥたちが居る1階を見下ろせるような構造だった。ちょうどアリスが落ちて来た4階の、壊れた窓からこちらを覗き込んでいた。

 それとは別に足音が近付いてきている。5人以上。多勢に無勢だ。

 しかしポテトの表情にはためらいがない。落ち着いていた。

 足音だけだった集団の姿が見えて来る。敵は武装を解かずにこちらに向かって来ている。依然アリスは目を覚まさない。少女を一人抱えて逃げられるか。否だ。戦闘は免れない。


「どうするよ」

「こうする」


 ポテトはスカートの裾を摘まんでチョイッと揺すった。すると中からソフトボール程度の大きさの球体が落ちてコロンッと地面に転がる。彼女はそれを足の甲で捉えて思い切り振り抜いた。

 さらにポテトは眼鏡の蔓にあるボタンを押した。すると透明なレンズが一瞬にして黒くなった。それを見てマルゥは懐からサングラスを取り出して掛けた。

 ほどなくして真っ白な光が周囲を包んだ。閃光弾だ。

 ポテトはスカートをたくし上げて、左右のレッグホルスターから二丁の拳銃を取り出した。

 レーザーではなく、鉛球を発射するタイプの旧式ハンドガン。ハードボーラーである。クター粒子が滞留している場所では電磁場に頼る武器は使い物にならないが、これなら通用する。

 彼女は走り出しながら引き金を引いた。引きまくった。ブローバックが終わると同時にトリガーが引かれる淀みない連射。二丁拳銃乱れ撃ち。片方のハードボーラーの弾が尽きるころ、もう片方で撃ち続けつつ、片手で器用にマガジンを取り替えてまた連射に戻る。ハンドガンが咆哮を上げるたび、光の向こう側で叫びが聞こえた。

 彼女が向かって行った方向とは別方向からも敵がやってくる。こちらはマルゥが対応する。剣を鞘から引き抜いて構えた。

 ニンフルサグからもらった剣はただの剣だ。高周波の振動で鉄を斬るなどの便利な機能はない。これは“識別を免れし者ノーナンバー”のマルゥが背負わされた宿命。ポテトのハードボーラーとて、シリアルナンバーがなければセーフティレバーを外せない。だがそれを承知でポテトの助力に来たのだ。足手まといになるつもりは毛頭ない。マルゥには高性能な武器は使えないが、代わりに無手不手ムシュフシュがある。ニンフルサグ直伝の身体操作術。

 閃光弾の光が弱まり、サングラスを投げる。マルゥは半眼になり駆け出した。体軸をブレさせず、つま先からの着地で。迫ってくる敵のブレードを躱し、それを持っていた腕の関節に剣を刺し、そのまま貫く。剣先を上に跳ね上げると同時に足底で相手の胸板を蹴った。ブレードを握ったままの腕が地面を転がり、遅れて体が倒れる。苦痛による絶叫が響いた。


「なっ!?」


 近くに居た敵が声を上げた。マルゥの攻撃に反応が一拍も二拍も遅れている。声を上げた男がバックステップで距離を取るのに合わせてマルゥも近付き、下段から逆袈裟を走らせる。肋骨——胸部パーツと腹部パーツの繋ぎ目を走った切っ先は円運動を阻害されないままするりと抜ける。絶縁体シリコン膜の切れ目から細い銅線がいくつも飛び出した。さらに前進してそこへ足刀蹴りを放つと胸部パーツが剥がれ敵は後方へ吹っ飛んだ。


「気を付けろ! 敵はわけのわからない攻撃を仕掛けてくる。新手の兵器かもしれない!」


 マルゥは鼻を鳴らして向かって行く。


(使えたら楽なんだがなあ、兵器)


 無手不手ムシュフシュいちの構え——“消波しょうは”。

 無手不手ムシュフシュは手を無くすことを基本体系と極意に置いた身体操作術である。ここで言う手とはなにもハンドのことを指すのではない。攻防の手法——広く捉えるなら行動そのものを無くすと言う意味だ。無手不手ムシュフシュの解釈の中で行動は波であると捉えている。例えば水面に指を入れたとき、波が立つ。そしてそのままにしておくと波が収まり、指を抜くときにまた波が起きる。指の出し入れと言う行動の際、必ず水面には波が立つ。これが『起こり』であり、あらゆる行動にはそれが伴う。拳で殴ろうとしたその瞬間に既に波は立っており、その波は相手に伝わって、察知した相手は防御や回避と言った行動を取ることができる。

 ならば『起こり』を無くせば相手は防御も回避もできないはずである。それを実現するためにはまず常に等速で動くこと。これによって波を同じ波長に保つことができる。これが無手不手ムシュフシュの理合いだ。

 しかしこの段階ではまだ波そのものが消えていないため、気付きにくい『起こり』であったとしても相手の反射神経を完封することはできない。

 そこで、それをより完璧に近付ける構えが“消波しょうは”である。

 水面に指を付けてそのままにしておけば波が収まる。しかし戦況は水面と違って常に動き続ける。指をどれだけその場に留めたところで、水面そのものが動いてしまうのだから波は起きてしまう。ならばその水面に合わせて寸分違わず指を動かせば良い。そうすれば指と水面の間には一切の動きがない。動きがなければ振動もなく、波も立たない。『起こり』が消える。

 つまり、場面に己を付き添わせる。それが “消波しょうは”の理合いだ。

 一見してマルゥが能動的に動いているようだが、その実環境に合わせて動いているだけに過ぎない。敵の視界には常に違和感なく風景が映っているように見える。それゆえ剣が刺さるまでマルゥの挙動を攻撃として捉えることができなかったのだ。

 その術理によってマルゥは次々に敵を倒していった。


「妙な動きをする奴だ。以前殺してやった旧人類の武術使いに似ている」


 不意に聞こえた声は、静かだが圧力が在った。マルゥは半眼のまま声の主を捕捉する。赤いロングコートに身を包んだ銀髪の男がいた。中分けの髪の下から、宵闇色の瞳がのぞく。


「旧人類は嫌いだ。間違いを犯す。その真似事をする奴も好かん」


 男はしっかりとマルゥの目を見ながら言った。この戦況に置いて、男は戦闘態勢ではなかった。ゆえに、マルゥの行動を観測できたようだった。こうなると無手不手ムシュフシュも効きづらい。武術使いを殺してやったと言っていたが、武人との戦い方を心得ていると言うことか。


「てめえがボスか?」

「いかにも。補完派の領袖、アビスだ。貴様はなんと言う?」

「マルゥ」

「聞いたことがない名だな……シリアルナンバーは?」

「ねえよ」


 マルゥの答えに、アビスと名乗った男は目を見開いた。


「“識別を免れし者ノーナンバー”か。ニンフルサグの」

「知ってんのか?」

「知識としてはある。もちろん初めましてだがな。どうだ? 仲間にならんか?」

「はあ?」


 藪から棒の問い掛けに面食らった。


「てめえは俺のことが好かないんじゃねえのかよ」

「オレの個人的な意見などどうでもいい。補完派のこれからの行動に叢雲むらくもは邪魔なのだ。叢雲むらくもに観測されず秘密裏に行動できる貴様のような存在は便利だ」

「テロの片棒を担ぐなんてまっぴらごめんだぜ。第一俺は解放派だし、今だってアリスを助けに来たんだぜ?」

「ほう。ならばいらん」


 言い放ったアビスは突進してきた。いつの間に抜剣したのか、両手に一本ずつ剣が握られていた。

 マルゥは咄嗟にバックステップをしたがアビスから振り抜かれた一撃を躱すには至らず、剣で受け止めさせられた。片手で振られたとは思えないほど重い。インパクトの瞬間に肘のシリンダーを稼働——いや、そんなレベルではない。爆発させたのか。小規模ではあるが通常の人間にはない機能だ。戦闘のために改造されている可能性がある。

 吹き飛ばされたマルゥが体勢を整えるより早く、アビスはアリスに迫っていた。間に合わない。


「しまっ——」


 ――グギッ。


 アビスの強襲とアリスの間に間一髪間に合った。ポテトが、足を犠牲にして。


「ポテトぉおおお!」


 ポテトは脹脛に深々と刺さった剣にも構わず、銃口をアビスに向けていた。アビスは剣を手放して高速で下がる。弾丸は空を切って天井や壁にぶつかった。

 ポテトのところまで走る。彼女は足に突き刺さった剣を引き抜くとき一瞬だけ苦痛で顔をしかめたが、すぐに表情を切り替えた。痛覚神経を殺したのだろう。


「マルゥ、お願いがある」

「嫌だ。俺も戦うぜ」


 彼女が言おうとしていたことはわかった。敵はまだ何人いるかわからない。アビスと言う強敵まで現れた。しかも、クター粒子を展開してからもう20分以上経っている。こちら側が展開をやめても、補完派側が放ったクター粒子のせいで充電不全を起こしてしまう可能性は大。ならばタイプ・ネルガルを保持しつつ逃げた方が索敵レーダーに引っ掛からない分生存確率は上がる。しかし二人が一緒に逃げたとしても逃がしてくれる相手ではない。アリスを捨て置けば良いのだろうが、それはポテトが許さないだろう。どちらかが囮にならなければならない。この状態で囮になるとすればポテトだ。足をやられている。


「足をやられたからじゃない。このあとのことも」


 マルゥはアビスから目線を切らずに、ポテトの言葉に傾聴する。


「今はいいけどこのあとクター粒子が切れたらどうなると思う? 僕が見聞きした情報は叢雲むらくもに自動的に送られてしまう。叢雲むらくもは全人類の共有データベースだ。解放派の情報を補完派が引き出して閲覧することも可能。つまり、マリエルがどこに逃げたのかがバレてしまう。なら叢雲むらくもに繋がらない君がマリエルを守るのに適任だ。ニンフルサグも頼れるしね。だから君が連れて逃げてくれ」

「ずっとアリスの覚醒を待っていたんじゃねえのかよ。まだ会話一つしてねえぞ!」

「待っていたさ。彼女の声を聞きたい。話したい。でもそれ以上に、彼女に生きていてほしい」

「……だったらお前も生きるんだな?」


 マルゥの問い掛けに、ポテトはすぐに答えなかった。それからゆっくりと頷く。


「もちろんだ。でも、少し、野蛮な男のダンスの相手をしてやらないとね」


 ポテトは口角をニィッと上げ、アビスに向かって突っ込んで行った。彼女のスカートの裾がふわりと翻ってアビスの視線を遮った瞬間に、マルゥはアリスを抱えて走り出した。友の覚悟を背負って。

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