1話 幼馴染は有名になりました

 宿屋で過ごした翌朝は日の出と共に起きる。窓を開け、埃がキラキラと光ながら外へ飛び立っていく。その中で太陽の光を浴びて一日の英気を賜るのだ。


「うぅーーん。気持ちいい」


 今日も冒険者として仕事をするんだ。やっと初心者の色無し冒険者から青色冒険者に上がった。これからはゴブリンやビッグラビットみたいな小型魔獣の討伐依頼が受けられる。ここまで長かったなぁ。


「よし、なんか良い事ありそう、な…………あ」


 庭に目をやると、そこには足だけで木にしがみつき、首から鉄球を吊るして空中で腹筋する汗だくの幼馴染がいた。


「ごじゅうさんまん……はちじゅうに♡ ごじゅうさんまん……はちじゅうさん♡」

「ハッ……ハッ……ハッ……」


 やばい、悪寒で心臓が痛くなってきた。もしかして一晩中アレしてたの? 怖い……怖いよ。

 反射的に隠れてしまった。パーティーだから隠れる必要ないんだけど、朝から幼馴染の奇行を見たいとは思わない。


「おはよ、ユウくん!」

「ヒィッ!」

「気持ちのいい朝だね。冒険日和って感じだ」

「たった今僕だけ曇るところだったよ! 人目につくとこでああいうのやっちゃ駄目って約束したよね!?」

「ん? 人目につくとこで恥ずかしいことするなって約束だよね? トレーニングは恥ずかしくないでしょ?」

「一晩中庭で喘ぎ声みたいなの出しながら首絞め腹筋してるのは十分恥ずかしいよ! よく宿屋の人に怒られなかったね!」

「もう、私の喘ぎ声盗み聞きしたことあるの?♡ 言ってくれればユウくんが鳴かせてくれてもいいのに♡ ゥッ」

「やめてよ寝起きにセクハラするの!! ……ほら、興奮し過ぎてまた鼻血出てるよ」


 イリナの鼻血を拭いてあげて、治まるまで待ってからお風呂に入ってもらった。今日は僕のクエストに付き合う約束だったのに、先が思いやられる。




 王都冒険者ギルド。僕の村から町を二つ挟んだここ王都に拠点を移してから、ほぼ毎日ここに通っている。こんな巨大な施設に足を運んでいるだけで、一端の冒険者気分になるのは僕だけじゃないはずだ。

 美しい彫りの入った木製扉を開け、中に一歩踏み込む。


「見ろよ【魔獣使いビーストテイマー】のユウリ・フォルトだぜ……今日も女を鳴かせに来た……」

「英雄【魔光の盾ガーディアンドール】は一緒じゃねぇのか? アイツはやべぇ……野放しにして影から楽しんでんのか?」


 純度100%の紛れもない悪評。五年も言われ続けると実家のような安心感があるなぁ。

 イリナが魔獣扱いされてるせいで魔獣使いビーストテイマーなんて呼ばれているけど、僕はただのアイテムクリエイターだ。神子テスタメントとは別に、誰でも12歳を迎えると全神ゼテロ様から一つだけ加護が貰える。つまり、イリナ達みたいな神子は加護を二つ持ってるわけで、そのもう一つの加護のせいでイリナは影で魔獣と呼ばれている。


「おはよーございます!!」

「ヒィッ!! 居るじゃねえかあの女!!」

「おおおおはようございますぅ!!」


 時間差で入ってきたイリナのせいでまた静まり返ってしまった。最近邪龍退治をしたせいで怖がられているんだろうな。前はもっとマシだったのに。

 さてさて、今日は楽しみにしていた討伐クエストだ。武器は投擲系のアイテムをたんまり持ってきたし、今ならゴブリンの巣も壊滅出来ちゃったりして。


「おはようございますユウリさん」

「おはようございますスズリムさん!」


 母性を感じるほど優しい笑顔で迎えてくれたのは僕が冒険者になった時からお世話になっている受付のお姉さん。二つ年上だけど、僕やイリナと違って落ち着いていて、この王都で一番尊敬する人だ。

 スズリムさんはおっとりとした糸目で僕に微笑み、事前に用意してくれていた依頼書をすっと差し出した。


「やっと討伐クエスト受けられるようになりましたね。綺麗なブループレートがカッコイイです」

「えへへ、そうかな? スズリムさんありがとうございます。これからももっと精進しますね!」

「ふふ、期待してます」


 あー、幸せな気持ちになってきた。


「えーっ!! これまずいよ!!」


 しかし、そういう時に絶対割り込んでくる覚醒型の平穏クラッシャーが隣りにいるのだ。


「なにイリナ。今日は僕の……」

「これ! ウチの村の方にパニッシャーが出たんだって! 死毒を振り撒くAランクモンスターだよ! あの辺には隣町で門兵やってるケインさんがレッドプレートで一番強いから、絶対被害出ちゃうよ!」


 えと、レッドプレートはモンスターで言うCランクだから、Aランクモンスターならゴールドプレート? あぁややこしい! なんで人と魔物で格付けが別の言い方してるんだ!!

 モンスターはE〜Sランクで分かりやすい。なのに冒険者は下から色無し、ブルー、レッド、シルバー、ゴールド、ブラック、。ミスティックって何だよ色じゃないじゃん! ……と思う反面、どうせ世界で二人しかいないから気にしない。会うこともないだろうし。

 しかし本当にどうしよう。パニッシャーは致死率が非常に高い毒を武器とする巨大蛇。動きも速く行動範囲も広いから、僕達の村も危険区域だろう。

 まただ。悩む理由がない。僕の初討伐クエストはお預け。こんなことばっかりだから僕だけランクが上がらないんだよね。


「イリナ、今日はそっちを手伝うよ。村のみんなが心配だ」

「ユウくんがいれば万力だ!!」


 百人力って言いたいの? 万力で僕を挟みたいの? どっち?


「ダメですよ? ゴールドプレートのクエストにユウリさんは参加出来ません」


 常識人のスズリムさんは当たり前のように止めてくれる。この人がいるから僕の価値観は歪まずにいられるのかもしれない。

 しかし、イリナは絶対に引かない。あの手この手で僕を連れていこうとする。


「荷物持ちだよ? 遠くで待機させるって」

「今日という今日はダメです。そう言っていつも傷だらけで帰ってくるユウリさんが可哀想だと思いませんか?」

「言い争ってる間に村が襲われたら可哀想だなぁ。ユウリの故郷がなくなっちゃうなぁ」

「ぐぅっ!」


 そして、スズリムさんは口論が弱い。大体2~3ラリーで負けてしまうのだ。

 今日も無事スズリムさんのぐうの音を聞いたところで出発するか。ごめんなさいスズリムさん。貴方のその姿が、僕の覚悟を決めるスイッチになってしまいました。

 僕はマジックバックから『疾風のマント』を取り出して身に付けた。


「イリナ、急ごう。母さん達が心配だよ」

「うん、出発だ!!」


 僕達はギルドを飛び出し、故郷であるエルドラ村を目指し走り出した。







「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」

「ユウくん遅いよぅ」


 嘘でしょ!? この疾風のマントは改造に改造を重ねて5倍速で動けるんだよ!? まだイリナに追いつけないの!?

 実質最上位ブラックプレートは伊達じゃない。そろそろ隣町のリンジンに到着する頃なのに息一つ切らさない。


「ユウくん! あれ!」


 イリナが指差し出しのは崩壊した防壁門。その瓦礫の傍で横たわる一人の門兵。間違いなくケインさんだ。


「ケインさーーーん!!」


 ボロボロで気絶するケインさんを抱き上げる。噛み跡はない。大丈夫。死ぬことはない。町中に被害は無いってことは、ケインさんが一人で追い払ったんだ。こんなに傷付いて、怖かったろうにみんなを守ろうと立ちはだかって……なんて凄い門兵なんだ……。


「ケインさん! ほら、おっぱいだよ! 大っきいよ! いつも見てたでしょ!」

「やめてよ!! ケインさんは巨乳好きだけど! 天然物しか許さないフェチズムを持ってるけど意識がない時にまで……」

「お…………ぱ……」

「ケインさん!?」


 ケインさん。貴方って人は……。

 無事目を覚ましたケインさんから詳しい事情を聞くと、パニッシャーは僕たちの村の方へ逃げていったらしい。考えうる中で最悪の事態が起こってしまったようだ。


「すまん、ユウリ……俺が仕留めていれば」

「ケインさんは立派です。パニッシャーはAランクモンスター。追い払えたのは奇跡ですよ」

「いや、ヤツは怪我をしていた。そこをしつこく攻撃したのが効いたのさ……」


 力なく項垂れたケインさんを丁寧に横たえ、僕はマントを翻した。


「急ごう。ケインさんの敵討ちだ」

「ケインは今も元気に私のおっぱいみてるけど?」

「もう見せといてあげて。さぁ行くよ!」


 男の有志に水を差してはいけない。早く立ち去らねば。


そこから村へ向かう途中ようやくパニッシャーを見つけた。何故かキョロキョロと狼狽えていて、そのせいか僕たちはすぐに気付かれた。


「まずいよイリナ、向かってくる」

「ユウくん、アレ持ってる?」

「もちろん。投げるよ!」


マジックバックからアイテムを取り出してパニッシャーの顔に向かって投げる。同時にイリナは森の中に隠れた。


「食らえ! 閃光炸裂弾だ!」


パニッシャーの鼻先にコツンと当たった鉄の塊は、その衝撃で爆発。強烈な光と土魔法ロックブラストをばらまいて視界を奪う。

突如何も見えなくなったパニッシャーは尻尾を振り回して大暴れ。僕は見事に巻き込まれて弾き飛ばされた。


「痛ったぁあああ!!」


まるで巨大なら鞭で弾かれたような痛みが背中に広がり、のたうち回ることも出来ずにその場に倒れた。

でも大丈夫。イリナがいる。


「【野生解放】!!」


イリナの二つ目の加護【野生解放】。闘争本能が高まるほど身体能力が数倍になる壊れスキルだ。気性が荒っぽくなってしばらく興奮状態になるけど、その破格の性能は比肩するものなし。

森から飛び出したイリナは滑るようにパニッシャーの真下に入ると、首の傷跡目掛けて飛び上がった。


「ちぎれろぉおおおおお!!!!」


渾身の蹴り上げ。大剣背負ってるのに、野生解放すると武器を使えなくなる。たぶん、本当は持つのが面倒臭いんだろうな。重いし。

蹴り飛ばされた箇所からグロテスクに裂け、パニッシャーは顔と胴体を切り離して絶命した。敵なのに可哀想な気もするが、これでこの辺りの人々はみんな救われたんだ。

また勲章を手にしたイリナは、ゆっくりとこちらに戻ってきた。労ってあげなきゃ。流石ブラックプレート冒険者ぁあああああ!?!?


「チュッ……ユウくん……♡ 」

「待ってイリナ! 僕怪我して動けなんんんっ!」

「ユウくん……可愛い……好き♡」


しまった!! 久しぶりの野生解放で忘れてた!! 普段我慢している事を抑えられなくなるんだった!!

僕の服に手を入れ、何かを確かめるように指先を滑らせてくる。下からゆっくり捲り上げながら進んだ手は、僕の頬を優しく引き寄せてキスをした。


「ん、んん、ダメだって……イリナ」

「ユウくん、いい匂い……」

「あぁっ、やめてよイリナっ、くぅ」


色んなところを舐め始めたイリナ。火照った熱が僕にも伝染して、何だかフワフワしてきた。

止めなきゃ。イリナの意思に反する今の状態で事が進めば、きっと彼女は後悔する。僕は彼女を守ると誓ったんだ。その身も、その心も!


「あぁ! 気持ちいいなぁもう!」


やば、本音出ちゃった。


「そうなんだねユウくん、今日こそ受け入れてくれるんだね? はぁはぁ、優しい出来ないと思うけど呼吸の数を数えてる間に終わるから……」

「数え終わったら死ぬやつじゃん! 数え切れるものにするでしょ普通!」

「冗談ばっかり♡」

「僕の台詞だからね!?」


流されちゃ駄目だ。早く止めないと僕の貞操がこんな森で……。


「【安らぎの伊吹】」


声が聞こえた途端、イリナは急に力なく僕の上に倒れた。子供みたいに無防備な顔で眠りにつき、静かな寝息を零している。

よく見知ったこの魔法。来てくれたんだ。


「何やっとんじゃこんな所で」

「クーリャ様!」


黒髪黒目の着物という和装を纏った女の子。最近ようやく依代の貸出申請が通った邪神クーリャ様だ。


「助かりました。でも何でここへ?」

「我が張った結界に攻撃された反応があっての。そうか、お主らは結界に阻まれるほど汚れてしまったのか。時間の問題だと思っていたが……悲しいな」

「『あの人ならいつかやると思ってました』みたいなこと言わないで下さい! 阻まれたのはパニッシャーで僕達が討伐したんです!」

「冗談に決まっておろう。ほれ帰るぞ」


冗談って言葉嫌いになりそう。

何にせよ、クーリャ様が来てくれたのは本当に助かった。まだ野生解放を使いこなせていない頃からいつもこうやってイリナを抑えてくれている。根はやっぱり慈愛溢れる女神様なんだ。


パニッシャー討伐完了。僕達はこのまま帰るのも味気ないので、久しぶりでもない帰省をすることにしたのだった。

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