【短編ホラー】樹の下で待つ声
鬼大嘴
樹の下で待つ声
序章:深夜2時の配信
「みんなー、こんばんは!心霊スポット系YouTuberのゆみです!」
スマホ越しにカメラへ笑顔を向けるゆみ。その目には高揚と期待が宿っていた。時刻は午前1時47分。都心から少し離れた、ある県の自然公園に向かっているところだ。
フォロワー数はまだ5,000人と中堅にも満たないが、ここ1ヶ月で急激に増えていた。理由は、テンション高めのリアクション、ちょっと抜けたキャラクター、そして“ビビりだけど逃げない”という謎のガッツ。その三拍子がハマり、SNSで切り抜きがバズっていた。
「今日のスポット、けっこうやばいって噂されてるんだよね。深夜2時になると“誰もいないはずの公園で話し声が聞こえる”っていう…まあ、ありがちな話だけど」
視聴者からのコメントが飛び交う。
フォロワー1: 来たぞー!
フォロワー2: またビビるゆみちゃんが見れる
フォロワー3: 例の場所、マジでヤバいって聞いたことある…
目的地の駐車場に車を停める。すでにライトは消え、周囲には民家も街灯もない。
「じゃあ行ってきますか!」
カメラを回したまま、ゆみは一人で林の中の道へと足を踏み入れた。
30分後——
「…え、なにもないんだけど?」
懐中電灯の光が心細く前を照らす。蚊に刺されながら公園の外周をぐるりと回ったゆみは、軽くうなだれていた。
「コメントの人も言ってたけど、何も起きないじゃん…」
リスナーたちも一部からは失望の声があがり始める。
フォロワー4: マジでハズレかー
フォロワー5: 今日は普通に寝るかも
フォロワー6: あれ…今の、何?
その時、ひとつのコメントが目に留まった。
「ちょっと待って。今、声した?」
「え?」
立ち止まり、耳をすます。
何も聞こえない——と思った瞬間、カメラの映像が一瞬だけ乱れた。
「……?」
ゆみが振り返ると、そこには今までなかった小道が続いていた。細く、草がかき分けられたようなその道は、真っ直ぐに林の奥へと伸びている。
フォロワー7: 道…あったっけ?
フォロワー8: そこ、最初通ってなかったよね
フォロワー9: これは行くしかない!
ぞくりと背筋が粟立つのを感じながらも、ゆみは一歩を踏み出した。
第二章:聞こえた“声”
道は、まるで誰かが歩いた跡のように草が寝ていた。獣道にしては整いすぎていて、人工的な気配すらあった。
「絶対、誰か歩いたでしょこれ…昨日とかに?」
ブツブツ言いながらも、ゆみはテンションを上げようと必死だった。視聴者は逆に盛り上がっている。
フォロワー10: これガチじゃん
フォロワー11: 明らかにヤバいやつ
フォロワー12:やべーやべー、楽しくなってきた
5分ほど進んだ先に見えてきたのは、倒れかけた木製の門柱と、石畳のようなものだった。その先に、黒ずんだ瓦屋根と、朽ちた木造の建物がぽつりと佇んでいる。
「うそ…まさか、これ…お寺?」
それは本堂のようだった。中央に小さな賽銭箱、朽ちた扉、柱の一部が崩れている。境内には苔が生え、赤茶けた鉄のような臭いがする。
「さすがにこれは…ヤバいかも…」
ゆみは一度、コメント欄に助けを求めるようにスマホを見た。
フォロワー13: 引き返せ!
フォロワー14: 今、何か後ろにいた!
フォロワー15: 音…今、音がしたよ!
その時だった。配信を視聴するユーザーのイヤフォンの先から、突然ノイズ混じりの声が聞こえた。
「……せん……と……う……ぞ……み!」
ゆみには何も聞こえていない。だがコメント欄は騒然となっていた。
フォロワー16: 今の何!?
フォロワー17: ガチで男の声入った!
フォロワー18: 逃げて!早く逃げて!!!
「え、ちょ、どういうこと!?」
混乱するゆみは、それでもコメントに従って走り出した。寺を背に、道を一気に駆け戻る。
視聴者数はその瞬間、120人から一気に700人へと跳ね上がった。
第三章:再訪の決意
翌日。動画の切り抜きはSNSで瞬く間に拡散された。
《【ガチ怪奇】深夜配信中に“誰か”が名前を呼んだ!?》
フォロワー数は一夜にして2万人を突破した。まとめサイトにも掲載され、アクセス数がうなぎのぼりとなっていた。
しかし、その影でゆみは悩んでいた。
(あの声、誰だったんだろう…「うぞみ」って何?)
そんな中、心霊系のトップ配信者 JO からコラボの申し出が届く。さらに、ゴスロリ心霊配信者で知られる まみch も加わり、三人で同じ場所へ再訪することが決定した。
「フォロワー3万人超えおめでとう!」
JOの明るい声が車内に響く。
「まじでバズったね、ゆみちゃん。でも、今回は“ガチ”探しに行くから覚悟しといてね」
「はいっ!」
JOの車で再び同じ公園へ。時間は前回と同じ、深夜2時。雰囲気も再現するためだ。
「今度は、最後まで行こう」
まみchがボソリと呟いた。
第四章:呪われた御堂
あの道は、すぐに見つかった。
ゆみが言っていた通り、草が分かれて踏み跡ができていた。JOが先頭に立ち、懐中電灯とカメラを手に進む。まみchは一眼レフを抱えて、黒いレースの服で無言についてくる。
やがて現れたあの寺は、前回と変わらずそこにあった。
「これ、普通の日本家屋じゃね? 寺ってより民家?」
JOが首を傾げる。
しかし、部屋のあちこちに赤い紙の札が貼られていた。
「これって呪いの札じゃないの? ねえ、これヤバいやつじゃない?」
テンション高くはしゃぐゆみに、ひとつのコメントが飛び込む。
フォロワー:19 それ、差押えの札だよ。破産したときのやつ
沈黙が広がった。
見れば、仏壇・位牌・仏像・神具…全てに赤い札が貼られている。
「……心霊スポットってより、ガチで差押え廃寺ってこと?」
やや肩透かしを食らった3人だったが、逆にそれが「リアルだ」と話題になった。視聴者数は一気に15,000人を超える。
そして、JOが言った。
「本堂は俺が調べてくる。まみchは写真撮って。ゆみちゃん、ちょっと中もう一回だけ見てきてくれる?」
再び分かれる三人。
「と言ってもなー、ぶっちゃけ何もない感じはあるよねー。みんなどう思う?いっその事何か壊してみる?」
フォロワー20: やめとけ
フォロワー21: 廃墟でも確実に誰かの所有物だから器物破損になるよ
「だよねぇぇー」
ゆみはがっくしと項垂れる
第五章:墓標の木
「おーい! ゆみちゃん、まみch! こっち来てくれ!」
外からJOの声が響いた。合流して心霊写真を撮っていたゆみとまみchは顔を見合わせ、小走りで声の方へ向かう。
照らされた先には、異様な木がそびえ立っていた。まるで一本杉のようだが、どこか人工的な、いや、“造られた”印象がある。
その木の中腹、3メートルほどの高さの位置に——鉄の杭が刺さっていた。
「これ…なに…?」
まみchが思わず声を漏らす。JOは軽く息を弾ませながら語り出した。
「俺、ちょっとこの寺の事を調べてみたんだよ。ゆみちゃんのあの配信、音声が入ってたろ? “うぞみ”ってやつ。あれ、もしかしたら——“樹下に入る”って意味じゃないかなって」
ゆみとまみchは、目を見開いた。
「つまり…これがその“樹下”の木?」
「多分な。しかもこの寺、破産したって話だったけど、その前に“樹木葬”で経営再建を目指してたらしい。だけどうまくいかなくて…最後の住職、自分の骨もここに埋めたって噂もある」
まみchはカメラを構え、何枚も写真を撮った。ゆみはただ、木を見上げた。杭の周囲には、まるで傷のような黒ずみと、乾いた赤い染みが見える。
「……そりゃ声も聞こえるわけだよね」
思わず出たゆみの言葉に、三人の間に一瞬の沈黙が走った。
第六章:コメント欄の異変
「もう一回、お祈りして帰ろうか。最後にいい画が撮れるかも」
JOの提案で、三人は再び寺の中へ。お香のような香りがまだ残っているような気がした。
と、その時だった。
フォロワー22: 今すぐ帰ったほうがいい
フォロワー23: てか逃げたほうがいい!
フォロワー24: 本当にまずいって!
フォロワー25: ゆみちゃん、お願いだからコメント見て、そこ……どこなの?
一気にコメント欄が騒ぎ始める。何かに気づいたフォロワーが、リンクを貼っていく。
彼らは配信中でそれをみる事はしなかったが、リンク先を見たフォロワーが次々と情報をコメントしていく。
フォロワー26: 差押え札、仏具や位牌に貼るのは原則違法
フォロワー27: この寺、九州にあるんじゃないよ
フォロワー28: 四国にしか一致するお寺ないんだけど……
ゆみはスマホを見ながら、血の気が引いていくのを感じた。
「私たち……どこにいるの……?」
第七章:叫び
「ちょ、やばい、やばいって」
ゆみはすぐにまみchとJOにコメントを見せた。
「え、でも確かに九州の〇〇公園で間違いなかったよな?ナビもそうだったし…」
しかしフォロワーは動揺していた。
フォロワー29: その杉を樹木葬に使ってた寺は四国にしかない
フォロワー30: GPSのズレじゃないよ、映ってる地形も全然違う
フォロワー31: そこの木、別の場所にあるはずなんだって!
混乱する三人。だがその時だった。
——ガサリ。
木々が揺れたかと思うと、突如、野太い声が響いた。
「……せんと……樹の下に……ゆみ……!」
瞬間、視聴者数は2万人を超えた。
「だから、早くせんと、樹の下に入ろう、ゆみ!」
「……え?」
驚愕するまみch。声の主は、JOだった。
JOが、カメラの光に浮かび上がった顔で——まるで恫喝するような老人の表情で、叫んでいた。
「ゆみ!早うせんと、樹の下に入れぇえぇ!!」
第八章:歪んだ帰路
「うそだろ…JO…!?」
まみchはカメラ越しにその異様な顔を捉えていた。
剥き出しの白目、異常に張り詰めた頬、歯を食いしばり叫ぶ声。それは彼女たちが知る明るく理知的なJOではなかった。
「早う、ゆみ!入れって言いよるじゃろがぁあ!」
「やだ、やだやだやだっ!」
ゆみは反射的に駆け出していた。まみchもその背中を追う。
木々の間をかき分ける音と、背後で叫ぶ声が混ざる。
ふと後ろを見れば、JOもこちらに向かってきていた——ただ、いつもの顔に戻っている。
「え、どうした? 俺、なんか言ったか?」
混乱した様子のJOが問いかけるが、まみchは目を見開いたまま答えない。
「さっきの、撮れてる……あんた、顔が……違ったよ」
彼女の声は震えていた。
ようやく公園の入り口に戻ったと思った瞬間——そこには、整備された公園など存在せず、ただの荒れ果てた畑が広がっていた。
その中心、地面に放置されたように停められた車、辺りは闇に沈んでいる。
「ここ…どこ?」
言葉にならない言葉が、ゆみの口から漏れた。
第九章:声の主
その晩、三人は必死に地図アプリを頼り、市街地へと戻った。
深夜三時過ぎ、見覚えのあるコンビニが現れた時には、ゆみは座り込んで泣いてしまった。
その翌日。
フォロワーの一人が送ってくれた情報をまとめたリンクを改めて開いたゆみは、思わず手が止まった。
「この寺は、四国の山奥にある破産した寺です。かつて樹木葬を売りにしていましたが、運営不備により放置され、差押えを受け閉鎖されました」
そこには、住職が生前に撮ったという映像もあった。
老いた男が、静かにカメラの前で語る。
「…管理ができんようになってからも、木の下には人の骨がある。…入れんように、杭を打った。…じゃが、あれは“墓”じゃ。あそこは、ワシの…最後の場所になるじゃろ」
その声。
——配信で流れた、あの音声と酷似していた。
ゆみは震えた。
最初の夜、「…せん…と…う…ぞ…み!」という声。
JOが叫んだ時の言葉と顔。
声の主と顔の表情は、まるでこの住職そのものだった。
最終章:取り残された魂たち
その後、配信は切り抜きとして拡散され、数日で再生数は300万回を超えた。
ゆみのフォロワーは一気に10万人を超え、まみchもJOもそれぞれに数字を伸ばした。
だが、三人は再びその公園に行くことはなかった。
——なぜ、違う場所にたどり着いたのか。
——なぜ、JOにあの声が憑依したのか。
——なぜ、最初の配信で名指しで「ゆみ」と呼ばれたのか。
誰にもわからなかった。
あの場所に踏み入った瞬間、地理的な概念すら狂っていたとも言われている。
樹木葬として選ばれた木。差押え札に囲まれた仏壇。管理されないまま放置された“墓”。
——そこに、誰にも祈られずに置き去りにされた魂たちがいるとしたら。
声が、名前を知っていた理由。
もしかすると、彼らがずっと 「視ていた」のかもしれない。
ゆみのアーカイブには今でも、あの声が残っている。
ノイズの向こうで、何度も、何度も。
「早く、樹の下に…入ろう……ゆみ……」
エピローグ:数字の影で
半年後。
心霊系インフルエンサーの特集番組で、ゆみのこの体験は再び取り上げられた。
だが彼女は出演を断った。
代わりに、彼女のチャンネルは「黙祷」だけを流す配信を数分間行った。
その間、視聴者たちはコメント欄にこう書き込んだ。
「祈るよ、あなたが安らげるように」
「もう誰も樹の下に入れないようにして」
「今でも、見てるんだよね?」
深夜2時。画面の向こうに、あの公園の林が、微かに映っていた。
完
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