第9話 応報
「……うん、売ろうとした」
想定内の答えだったが、いざ目の前で母の口から聞くと流石に動揺したと同時にその理由が知りたくなった。いや、ずっと知りたかった。
「私がなにか気に障ることをしたから、そうしようとしたの?」
母は少しの沈黙の後に口を開く。
「あんたが納得出来る理由じゃないし、身勝手なのも自分でよくわかってる。
悪いのは私で、あんたはなにも悪くない」
答えることを恐れて濁す母に苛立ちを感じ、捲し立てた。
「今日であなたと会うのは最期にするつもりで来たから答えてよ……
本当はずっと母であることが嫌だったんでしょ?
母である前に女性として生きたかったんでしょ?だから私が邪魔だったんでしょ?」
聖花は心の底をぴたりと当てられて動揺したが、不思議と納得ができた。
「……全部分かってるのに敢えて聞くなんて、
意地悪になったわね笑」
「じゃあ、なんで私を産んだのよ」
「今まで好き勝手に生きてきた罰を受け入れようとしたの……
あんたを立派に育てることで自分が報われる気した。けど少しも報われなかった。
母になるっていうのは、ただ母になるのではなくて女ではいられなくなって母になるのよ。
でも、それが私にはどうしても飲み込めなかった。それで悩んだ挙げ句、
結局はあんたを巻き込んで苦しめてしまった。
詰まるところ、大人にもなれなくて母にもなれなかった半端者ってこと」
彩華は苦笑いをして口を開く。
「勝手に希望を押し付けて産んでおいて、思ったのと違ったから切り捨てるって余りにも大人気ないと思わない?
自分の母がここまで最低な人間だとは思わなかったわ。私が出会った中で一番最低の人間。
……でも不思議と怒りは感じないんだよね。
それは家出してから時間が経ってるからなのか、
あなたが元々いい加減で無責任な女性って知ってるからなのか分からないけど、もう怒る気すら起きない。
本当に生きていても苦しいことばっかり。
私はなんで生まれて来たのかわからないよ」
それを聞いた聖花は儚い笑みを浮かべ、後悔がよぎる。
「彩華って名前はね、私には無かった彩りのある人生を与えたくてつけたの。
でも私からは与えられなかったし、その様子じゃ自分で手に入れたわけでもなさそうね」
「本当に生きる意味がわからない。私もみんなも死が来るまでただ生き延びてるだけの死刑囚にしか見えない」
彩華が溢した言葉を聖花が拾う。
「なに??死刑囚って」
彩華は自身の考えを聖花に打ち明けると聖花は何も言わずに最後まで聞いていた。
「自分もその死刑囚って思うなら、
死ぬその一瞬まで自分の為だけに生きてみたら?
幸せは人によって違うけど、結局は自分が満たされているかどうかだと思うな。
でも、みんなは他人に自分の幸せを求める。
だから、他人を幸せにしようとして疲れていく。
自分で自分を可愛がれば良いのよ
まぁ、私はあんたにアドバイス出来る身分じゃないけど」
彩華は母親の言葉が意外と胸にすっと入り込んだ事に驚いた。
あんなに遠ざけていたのに、近づくと予期しない方向から探していた答えが見つかった気がしたからだ。
「そっか……そういう考えもあるんだ。
あっ、そういえば、もう一つ聞きたかったんだけど私の税金って代わりに払ってくれてたの?」
「あぁ〜最初だけね笑 払ってることが旦那にバレて、旦那はもう娘は成人して家出までしてるなら払ってやる義理はないだろうって。
だからここに引っ越ししてからは払ってない。
ってか、結婚したこと言ったっけ?笑」
「直接は聞いてないけど、探偵から教えてもらった。税金の事は払ってくれてありがとう。
今まで払った分とか覚えてる?払ってくれた分のお金は今度持ってくるから」
「いちいち覚えてないし、そもそも要らないわよ」
「わかった……旦那さんってどんな人なの?今日は仕事で家にいないの?」
母の旦那のことなどさほど興味はないのに、掘り下げてしまった。
「うん、仕事よ。そうね……まぁこんな女に引っかかるぐらいだから、大した男ではないことは確かねぇ〜〜」
聖花は緊張がほぐれてきたので紙タバコに火をつけて一服を始めた。
「私が結婚をしようと思えたのも、一人で生きていくと決めたからできた」
「えっ?旦那さんと二人で生きていく為ではなくて?」
「うん。旦那って言っても結局は他人だから笑
旦那に自分の幸せや、なにかを満たしてもらおうって思うんじゃなくて自分のことは自分でするし、協力が必要なところは旦那と一緒にする」
聖花はキッチンの上に置いてある灰皿にタバコを押し付けて火を消す。
「そう思えるのに時間がかかったし、散々遠回りもした。なにより曲がりなりにも大事に思っていた娘を手放してしまった。自分でも最低の人間だと思う……本当にごめんなさい。
謝罪一つで彩華の気持ちも受けた心の傷も変わらないのは分かっているけど謝らせて……
ごめんなさい」
「あなたがしたことは許せないし、これからも許すつもりもない。
親としても同じ女としても大嫌いだよ。
だけど……それと同じくらい大好きな部分もあった。私を今まで育ててくれてありがとう」
キッチンの前で聖花が泣き崩れていく。
「じゃあそろそろ行くね、今日は話せて本当に良かった」
聖花は娘である彩華がまた去ろうとしていることに寂しさを抱いたがその思いを心から外に出してはいけないと受け入れた。
彩華は玄関先まで行き、振り返って聖花に声をかけた。
「じゃあね」
「うん。またね」
彩華は部屋を出て、聖花はドアの鍵を閉める。
「またはもうないよ……さようならお母さん」
彩華はドアを背に呟いてその場を離れていった。
咄嗟に「またね」と言ってしまったが、そのまたは二度と来ることはないということは気づいていた。
聖花は最期の最期でも娘に嘘をついてしまう、どうしようもない母であると自分自身に嫌気がさして玄関の前でしゃがみ込んだ。
私は母と良い意味で決別をして心に引っかかっていたものが取れて気持ちがとても軽くなっていた。
母のことや、これからの自分のことを色々と頭の中で考えている内に自宅に着いて靴を脱いだ。
家事をそつなくこなしていると莉愛が自宅に帰ってきた。
「ただいま〜!どう?お母さんと会えた?」
莉愛はそう言いながら、靴を脱ぎ捨てて小走りにキッチンに近づいてくる。
「おかえり〜!うん、会えたよ。話もちゃんと出来た」
母となにを話したのか、莉愛に詳細を伝えた。
「って感じでした。他にも話したい事があるから、まずはご飯食べよ!」
莉愛は頷き、焼きそばを作って一緒に食べた。
洗い物を一通り済ませて、話せる状態になりお互い机に座って私から切り出した。
「いきなりなんだけど、私も莉愛もこれからは自分の為に生きていくっていうのは駄目かな?」
「えっ?どうしたのいきなり??」
予期していなかった予想外の提案に莉愛は驚く。
「私も莉愛も母も、自分の為ではなくて誰かの為に生きてきた。他人を満足させる為に。
でも、そんな生き方だと限界が来るし、満たされないんだと思う。
みんなが毎日を生き抜く為の糧とか、幸せとか私にはまだはっきりとはわかんない。
けど、自分に満足して、自分の気持ちに基づいて思うように生きているって言えるなら、それが幸せって事なのかなって
莉愛は自分を一番に考えて生きたことってある?」
莉愛は頭の中で思慮したが、当てはまることが無いことに気付いた。
「無いけど、誰かの為に生きるってそんなにいけないことかな……」
「ううん。駄目じゃないけど、自分がどう生きたいかを考えるより、他人にどう思われたいかを気にするのはきっと自分の心が枯れてるんだよ。
だから他人に潤いを求める」
「でも、一人では生きられないし他の人が幸せそうにしてるなら自分も幸せにならない?」
「そうだね、みんな一人では生きられないし助け合うこともあるけど、
私が言いたいのは他人に依存せずに自分の芯をしっかりと作って持ち続けるってこと。
他人の頭の中に自分の幸せが宿ることは無いと思う。それは経験してよく分かった。
私達はまだ自分の幸せをよく知らないんだよ。
だからこれから探しに行こう、二人で」
「なんか……お母さんと会ってから変わったね彩華。一気に大人びた感じ」
「とっくに大人です笑
もうじきお店に前借りしたお金の返済も終わるから、返し終わったらすぐにお店を辞める。
強要は出来ないけどさ、仕事について考え直してみたらどう?
お客さんのことを考えて続ける必要なんてないよ」
莉愛は即答せずに沈黙が続き部屋に緊張の空気が流れた後、
かかっていた靄が晴れたような顔つきになり口を開いた。
「実はね……介護の仕事も風俗の仕事も、
内心はうんざりしてた笑笑
みんな好き放題言って求めてくるし、こっちがなにかしてあげても当たり前みたいな顔で、
しかも要求はエスカレートするし。
介護の仕事は暴力や暴言はよくあって、でもそれはボケてるから大目に見てね、許してあげてねって言われるだけ。
お母さんの事があってから人を笑顔にすることに必死になって、
自分のことよりも他人を大事にして笑顔にすることが良いんだって。
そうすることが一番良い事なんだって、今まで自分に言い聞かせてた」
話している莉愛の顔に陽が灯り明るくなっていく。
「……でもこれからは少しだけ自分勝手に生きてみようかな!」
「うん!いつ死ぬか分からないからお互いもう少しだけ我儘に生きよう」
二人はこれからの生き方について語り明かした。
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