第4話 連鎖

「お邪魔しま〜す」


莉愛はショートブーツを脱いで彩華の部屋に入ったが、傷んだ畳や質素な台所よりも所々に置かれている最新の家電に目を奪われた。


「村崎さんってもしかしてお金持ちですか?」


「お金持ちが此処に住むわけないでしょ笑

別に趣味も無いし、毎日を快適に過ごす為に家電にお金を使っているだけだよ」


死を待つだけの死刑囚が資産を形成して何になる?と考える私にとって貯蓄という選択肢は無かった。


「執行日がいつなのかも分からないのに貯めても意味ないよ……」


彩華は呟いたが、莉愛は何を言っているのか理解が出来ず、何も聞いていないふりをした。


お菓子や飲み物は部屋にあった適当なものを用意して、畳の上に座布団を敷いて座る。

過去に、安いからと座布団を何枚も買っていた自分を少し讃えた。

まさか他人を寮に連れてきて使うことになるとは夢にも思わなかったが。


高校生の時の思い出やあるあるを話して盛り上がり、話題は二人の事に変わった。


「そういえば、莉愛は掛け持ちしてるみたいだけどなんの仕事をしているの?」


「……介護の仕事してるよ!」


「うわぁ、大変そう。私には無理だわ笑」


「確かに大変な事も多いけど、感謝される事も多いから好きだよ?この仕事」


「それは立派だね。私はずっと今の仕事をして、この暮らしが出来るならそれで満足かな。

誰かの為って献身的には働けないよ」


「この生活も良いと思うけど、なんか勿体無くないですか?せっかくの人生を楽しまないと!」


莉愛もこのタイプかと失望した彩華だったが、どういうことをすれば人生を楽しんでいると感じることが出来るのか問いかけた。


「……そう言われるとパッと答えられないですね〜なんなんでしょうね人生って」


人生を前向きに捉えて生きているのだと勝手に解釈していたがこの時の莉愛は陰を纏っていて少しだけ自分の心情と同調した気がした。


これ以降、私と莉愛は頻繁に会うようになった。




莉愛は警備員のアルバイトを退職しその後、

休みを合わせて二人で飲みに行った。

そして莉愛が飲み過ぎて泥酔していて

この状態で夜道を一人で歩かせるのは流石に心配になり莉愛の家まで送る事にした。


と言っても、莉愛の自宅は知らないのでタクシーを拾い家まで案内してもらう。


タクシーは指定された場所に到着した。

暗くてはっきりとは見えないが、

莉愛が住むマンションの外観はいたって普通であり、部屋番号を教えてもらい、ふらつく莉愛を支えながら部屋に向かった。


玄関を潜ると部屋は2LDKでとても広く感じられたが部屋からは異臭が漂っており、堪らず声を上げた。


「………くっさぁ!!」


空のペットボトルや缶が部屋中に散乱しており、食べ残しのカップラーメンや冷凍パスタがそのまま放置されている。


莉愛がいつも香水を強めに付けていたのはこのゴミ屋敷の匂いを誤魔化す為だったのか。


私はこの空間にいるという状況に耐えられず、莉愛はベッドに横たわらせた後、部屋の清掃を始めた。


たった一度の清掃では全然綺麗にならないが、

安心して座れる安全圏は確保することが出来た。


私は疲れてそのまま横になり寝てしまい、

窓から差し込む朝の光で目が覚めた。

すると莉愛も目覚め、酔いが覚めた莉愛は部屋が少しだけ綺麗になっていることに感激した。


「えっ?掃除してくれたの?ありがとう!!

ごめんね、ほんとは綺麗な状態でご招待したかったんだけど」


「いや、この感じを見る限りずっと汚いままだったと推察できるので

どのみちこの状態でご招待されたと思います。

……って冗談だよ笑

あの状態は私も耐えられなかったから自分の為に掃除しただけ。

今日は夜勤だからもう帰るね。まとめたゴミ袋は絶対に処分してね」


「ごめんね……ありがとうめっちゃ助かった!

またLINEするね。ゴミ袋はちゃんと捨てます」


「うん、じゃあまたね。」


部屋を出ると、自分で発した<また>という言葉を再認識した。

そんな言葉を無意識に使った自分に驚いた。


また、莉愛の家に行くことがあれば家にある家電を持ってきて掃除してあげようかな。





「彩華さぁ、この部屋に引越ししない?笑

ルームシェアしようよ!」


莉愛の部屋にいた彩華に屈託のない微笑みで莉愛は問いかけた。


「いや……ゴキブリ部屋は結構です!」


「ゴキブリ部屋はやめて笑」


何度も何度も掃除をしたおかげで部屋は徐々に綺麗になっていた。

掃除の過程でゴキブリが何匹も現れた事から私の中ではゴキブリ部屋という評価に落ち着いた。


「でもいつかは寮を出るでしょ?どういう人生計画なんでしょうか?元先輩!」


「人生の計画なんて考えたことないよ。ただ死が来るまで死なないように生きているだけだから」


莉愛から笑みが消えて真摯に向き合う顔つきに変わる。


「じゃあ……そういう考えなら自殺とかしようと考えた事はある?」


「何回もある。でも自殺が出来ないから明日がやって来て未来に恐怖する」


「それでいいんじゃない?生きていられる間は

自分の命を自分で終わらせても良い理由なんて

この世界にはきっと無いよ」


すぐに返せる言葉を持ち合わせていた莉愛に対して、私は誰にも話したことがない心の中の思想を打ち明けたくなった。


「私が生きることについてどう考えているのか

聞いてもらってもいい?」


莉愛はなにも言わず、首を縦に振った。


「人は全員死刑囚で、執行日をただ待つだけ。

執行日が訪れることも自身が死刑囚であることも忘れて生きている人も多い。

そういう人達は何を糧にして生きて、何に幸せを感じるんだろう……か


彩華は何か陰があるな〜って感じてたけど、昔からそんな風に考えてたんだ。

自分が生きてることを、楽しいとか幸せって思えるように生きていく。ってのは難しいかな?」


「少なくとも、今は人生が楽しいとは中々思えないかな」


「じゃあ、死ぬその日が来るまでにそう思えるようになれるといいね!

介護の仕事してると、自分一人じゃ生活出来ないとか色々な理由を抱えた高齢者の方を見ることが多くて、

その人達を見るとまだ自分で自分のことを世話できる状況って幸せなんだなって思うなぁ」



莉愛は重たい空気を飲み込む笑顔を見せ、彩華はどう返していいのか分からなかった。


今の空気を変えるように莉愛は話題を変えた。


「そういえば、噂で聞いたんだけど高校生の時にたまに話してた倉持美月って子がいて、知ってる?」


以前に会った川中美月の旧姓だと私はすぐに気づいた。


「ううん。その子がどうかしたの?」


「今は会ってないんだけどね。

高校生の時はたまに話すぐらいの仲だったんだけど、この間、離婚したんだって。

旦那の不倫が原因だってさ。お腹に赤ちゃんがいたらしいんだけど……最低だよね」


一瞬で肝を冷やした。

彼女の家庭を破壊したのは紛れもなく私だ。

一時の好奇心で自分を満たそうして結果的に誰かの幸せを奪ってしまった。

多幸感に包まれることは無く、残ったのは後悔だけだった。


「そうだよね。最低だよね……」


その言葉は自分も含めた上での発言であった。

そして離婚の原因は自分にあると莉愛に白状することは無かった。




それから二ヶ月が経ち、莉愛の度重なるお願いを受け入れた私は寮を出て同棲することにした。


私が家に来たことで莉愛も重い腰を上げ、度重なる清掃を行ない、

ゴミの放置もしなくなったので部屋は清潔に保たれていった。


私は莉愛と同棲して分かったことがある。

莉愛はしっかりと化粧をして、いつも華美な格好で出勤するということだ。

介護の仕事をしているのに……

感覚的に少し引っかかる部分はあったが、

莉愛の女子力には感嘆していた。

だからこそ、私生活に難があることを惜しく感じていた。


お互いにシフト制の仕事をしているので、

休日は合わせて取り一緒に過ごすようになった。

休みになると、私が生きているということを楽しめるように莉愛が一緒になにかをしようといつも考えてくれていた。


今回は料理をすることになり、回鍋肉を作ったが二人とも普段から料理はしないのでレシピを見ながら作っても上手く出来上がらず、

豚肉は火を通し過ぎて固くなり味は濃かったが、達成感はそれなりにあったので満足してお互い美味しく感じていた。


「そう!その笑顔を見れたからコンロを油まみれにした甲斐がありました!笑」


莉愛は口に食べ物を入れた状態で得意げに言ってきたが、

無意識に笑って食べていた自分が恥ずかしく思えた。

時折、莉愛は誰かを笑顔にできると、自分の事のように笑うことがあった。


夜になり二人はそれぞれ布団に入って沈黙が流れた。ふと、莉愛の両親が一度も話題に出たことがないことに気付き何気なく聞いてみた。


「莉愛のご両親ってどんな人?どんな仕事してるの?」


「……両方とも亡くなってるよ?」


躊躇いもなく現れた短い言葉だが飲み込むのに少し時間がかかった。


「あっ、ごめん。ご両親のことを聞いたことがなかったからつい聞いちゃった……」


「ううん。お父さんは市の職員をしていて震災の時に避難する人達を誘導して崩れた一軒家の下敷きになって亡くなったんだ。

お母さんはパートをしてたんだけど、お父さんが亡くなってからは笑わなくなっていって……

それからはお母さんを笑顔にすることばっかり考えてたなぁ。

お母さんもそんな私を気を遣って笑ってくれるようになったけどいつも作り笑いで

結局、一度も心の底から笑ってくれた事は無かった。

それで三年ぐらい前にお母さんが脳卒中で亡くなって

そこからは住んでいた団地を離れて一人暮らし。


昔、お父さんが、人は誰にも教わっていないのに笑うことが出来る。

それって素敵なことだし、誰かを笑顔にすることも素敵だと思う。

って言っててね、私も誰かを笑顔に出来たらなって思うようになったの」


母親を喜ばせたかった。という気持ちは過去の自分が持ち合わせていた感情なので共感することができた。

そんな風に考えていると莉愛から自分の両親はどういう人なのか?と問われた。


「今の話を聞いた流れで言える親じゃないよ。

父親は物心着いた時にはもういなかったから、

母子家庭で育ったんだ。」


莉愛はその話の続きが気になったが、その後に言葉が紡がれる事はなかったのでそれ以上は聞かなかった。


「そういえば莉愛って介護の仕事以外に仕事してるの?」


不意を突かれて驚いた莉愛は観念して口を開いた。




「私、風俗店で働いてるんだ」


その言葉を聞いた瞬間、母が脳裏に浮かんだ。

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