第3話 莉愛
「ショッピングモールで偶然会ったって感じかな。
今日、私と会うことは旦那さんに言ったの?」
「ううん言ってないよ。旦那が彩華をグループLINEに招待して、通知が来た時に彩華のことを軽く話しただけでそれっきり」
悪い状況になっていることを把握した私はその後のことを話すべきか考えた。
その刹那、川中と寝てしまったことを言えば、生きている実感を感じることは出来るのだろうか?と魔が刺した。
よくドラマで復讐をしたり陥れたりすることを題材にしている作品がある。
そういった行為には一種の多幸感があるらしい。
じゃあ、私はいま目の前で不貞を打ち明けると多幸感に包まれるのだろうか?
でも、不貞の話をカフェで話すことは無く、
オチのない話をダラダラと続けてお開きの時間を迎えた。
別々で会計をしてカフェを出て、お互いに確かめ合うようにまた会おうねと約束を言い合って、
美月と離れた。
美月と別れた後も頭の中に誘惑が渦巻き、
葛藤したが答えは案外早く出た……
それ以降、美月と頻繁にLINEでトークするようになったがカフェで話した際に
彼氏がいないことを打ち明けていたので、
旦那との仲の良さをやたらとアピールするようになった。いわゆるマウント取りだ。
それならまだ苦笑いで済ませたが、
「彩華は美人だからってお高くとまってると婚期を逃すよ?」とか
「同学年だった男子達に彩華が独身だって言っとく!絶対何人かは釣れるよ」とか
「男友達が婚活していて良物件だからアタックしたほうが良い」とか
私の異性関係について土足で踏み込んで荒らしに来たのだ。
神経は苛立ち、それほどご自慢の旦那は妻に秘め事をしていると教えてあげたくなった。
美月に話したいことがあるから電話しよう?とメッセージを送ると、すぐにいいよ!と返信が来たので、LINEの音声通話のボタンを押した。
「もしもし、話したいことってなに?」
「……美月にはまだ伝えていないことがあって」
「んっ、なになに?彼氏出来たとか!?」
「実は美月の旦那さんと一緒にホテルに行ってしまった……ごめんなさい。」
「えっ?どういうこと??」
「最近、泊まりの出張をしたことがあったでしょ。その時、川中は私とホテルに泊まってた。
そもそも川中は、再会した時に私に気があったから、連絡先を聞いてきて積極的に会おうとしてきたし不倫する気満々だったよ。私と会う時は指輪を外してたし」
「いやいや、ありえないから……舐めてんの?
あんた高校の時からなに考えてるか分かんなかったよね?みんな言ってたよ?
身体が寂しいからって声かけてくれた既婚者の同級生と寝るってなに考えてんの?
それで、私が旦那と仲良いこと知って嫉妬して
わざわざ電話で言うとか陰湿すぎ、キモいわ」
畳みかけるような早口がきて、そこで通話は切られた。
内容がちゃんと伝わっているのか少し疑問に感じたがもう一度かける勇気は無い。
不貞行為を打ち明けたが、解放感や多幸感はなくて、なにも変わらず心は無色のままだった。
その後はいつも通りの毎日が続いたが、
今日は少しだけ変化がある一日が訪れる。
勤務している警備会社に近日、新人が入ってくると同僚のおじさんから話を聞いた。
新人が入ってくることでさえ珍しいのに、それに加えて若い女性だそう。
「彩華ちゃんと歳は近そうだから、友達が出来そうで良かったね!俺の心配事が一つ減ったよ笑」
おじさんはそう言って、私よりも嬉しそうにしていて少しだけ不思議な感じがした。
新人の人に親近感を湧いてもらう為に、初勤務は同年代の私が出勤している日にしようという話になって、私が新人の女性に仕事を教えることになり、そしてその日がやってきた。
「武田 リエと言います!これからよろしくお願いします!」
武田さんの挨拶は元気で、第一印象は割と良かったが、甘い香水の匂いが強く香っていた。
出勤のボタンを押してもらおうとしたが、
パソコンの勤怠管理システムにリエのアカウントが登録されていないことが判明し、
今日は私とリエの二人しかいないので私が作成する羽目になった。
リエの名前の漢字が分からなかったので本人に打ってもらうことにした。
すると彼女は<武田莉愛>と打っており名前は初見で読めるのか?考えていたらそれが顔に出ていたらしく
「これでリエって読みます。やっぱり名前が読めないですよね〜よくリアって間違われます笑笑」
読み方に感心した所で、仕事が始まり一通りの仕事の流れを教え、返事も良かった。
でも、教えたことが耳から抜けているような感じがした。
夜勤は休憩や仮眠以外にも巡回が終われば自由に使える空き時間があった。
本当は勤務時間内だが、文句を言われる相手もいないのでいつも堂々と怠けていた。
空き時間を迎え、莉愛には好きにしてていいよと伝え、携帯をいじっていると突拍子もなく莉愛が話しかけてきた。
「村崎さんはなんでこの仕事をしようと思ったんですか?」
「う〜ん。寮があるのが一番の理由かな。
武田さんもそうじゃないの?」
「えっ?寮があるんですか?初めて知りました笑 普通にマンションに住んでますよ」
私は逆に何が良くてこの仕事をしようと思ったのか聞きたくなったが先に質問が来た。
「村崎さんは夜勤のシフトで結構入ってるんですか?」
「うん。余計な人と会う必要がないから楽で気に入ってる。こうやって空き時間もあるし」
「そうなんですね。私は沢山の人と出会って話したいけどなぁ〜」
私は再度、何故この仕事をしようと思ったのか聞きたくなったが莉愛が話を続けた。
「私、この仕事以外にも掛け持ちしてて、こっちの仕事はサブなんで週一出勤ぐらいになると思います!」
出勤日数が少ないってことは夜勤のシフトを取られる可能性が低くなったので、ほっとした。
その後は莉愛が会話のボールを投げ続けてくれたので何故この仕事をしようと思ったのか聞きそびれたが、
莉愛が話すことも聞くことも上手だったので久々に会話をしていて楽しかった。
莉愛は言っていた通り、その後も週に一回程度しか出勤しなかった。
そして今日は莉愛が出勤しており、今回も私と莉愛しか出勤しておらず、空き時間で二人しかいない事務所の中で莉愛が唐突に切り出した。
「私、今月でこの仕事辞めます!思っていたものと違いました笑」
あまりにもすぐに辞めるので、誰かに嫌がらせやセクハラをされたのか問い詰めたが、そうではないらしい。
「そっかぁ……また職場はおじさんしかいなくなるのは寂しいね笑」
「その台詞ちょっとおじさんっぽい笑」
「ちょっとやめてよ笑」
仕事を辞める具体的な理由を聞こうかと考えたが、すぐに会わなくなるので詮索は控えることにした。
「来月のシフトはもう出さないつもりなんで村崎さんと会うのは最後になるんですよ。
だから……LINE交換しませんか?笑」
「まあ、別にいいけど……」
そのままLINEの交換して友達に追加した。
休憩時間になり、莉愛のLINEアカウントを改めて見ると名前は[R.]で写真に見覚えがある。
高校の同窓会のグループLINEのメンバーを見ると莉愛のアカウントが並んでいた。
奇縁を感じた彩華は休憩後にすぐ莉愛に伝えた。
「ねぇねぇ、このグループLINEに入ってるのって武田さんだよね……ってことは同じ高校を卒業してるってこと?」
「……まさか同じ高校で同じ代なんですか?
ちょっと奇跡すぎません?凄い!笑」
そこから高校生時代の話題で盛り上がり意気投合した。
話してわかったことは、一度も同じクラスになった事は無く高校生時代に何かの接点があった訳では無かった。
「そういえばこの前、同窓会があったみたいだけど莉愛ちゃんは行ったの?」
「呼び捨てでいいよ!それから同い年だし
これからお互いに敬語はナシで!
同窓会は行ったし楽しかったよ?彩華ちゃんは行ってないの?」
「いや、私もちゃん付けはいいよ笑
私は後から知ってさ、結局行けなかったんだ。
でも、ああいう場所は好きじゃないから知ってても行かなかったけど」
二人で話しながら仕事をしているとあっという間に終業時間を迎え、
仕事で時間が早く過ぎる感覚を初めて味わった。
「明日お休みでしたよね?もっと色々話したいんで、今日仕事が終わったら私の家に遊びに来ませんか?笑」
莉愛は無邪気に投げかけたが、いきなり家に入るのは忍びないと思った。
「さすがに、いきなり家に行くのは大丈夫かな…寮に帰って家事もしないといけないし」
「そういえば、寮がどんな感じなのか気になる!邪魔はしないから……ねっ??」
興味津々でお願いしてきたので、渋々承諾して寮に上げることになった。
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