竜と契りし精霊王
@3ixk
序章 竜哭(りゅうこく)の夢と精霊の記憶
――闇に響く声――
空が裂けた。
金属の悲鳴のような轟音が大気を切り裂き、瞬間、天地が赤に染まる。燃え上がる森、崩れる山々、空を翔ける影。
そして――一頭の竜が、天に向かって慟哭した。
その鱗は銀を流したように滑らかで、巨大な翼をはためかせて宙を翔ける姿は、まさに神話の守護者のようだった。
だが、その身体は無惨に傷ついていた。黒い刃のような魔力が翼を裂き、蒼い血が霧のように散る。
竜はゆっくりと降下し、一人の青年のもとへと舞い降りた。
彼は青衣をまとい、金に近い銀の髪を揺らして立っていた。凛とした佇まいと、深い蒼の瞳――。
その姿は、どこかレオニス自身と似ていた。だが、それは鏡ではない。記憶の奥底でずっと眠っていた"誰か"だった。
『ルヴェリアス……すまぬ……』
低く、哀しみに震える竜の声が響く。
青年――ルヴェリアスは、息を呑んだ。
そして、竜に向かって手を伸ばす。
「お前は……守ってくれた。最後まで、ずっと」
だが、その手は届かない。
竜はゆっくりと倒れ、光の粒となって霧散していく。悲鳴にも似た竜の叫びが、世界の終わりのように空へと響いた。
やがて、あたりは漆黒に染まり、何もかもが崩れ去った。
◇
レオニスは、激しく心臓を打ちながら目を覚ました。
薄暗い部屋。魔灯が淡く揺らぎ、夜の静寂を照らしている。
(……また、あの夢)
何度も繰り返す夢。
だが今回は違った。竜の顔も、名も、鮮明に思い出せる。
――ルヴェリアス。
夢の中で呼ばれていたその名を、思わず口にする。
「……ルヴェリアス。僕の、名……?」
その瞬間だった。
部屋に満ちていた静寂が、わずかに震える。
『目覚めよ、レオニス……竜は、おまえを待っている』
それは確かに、誰かの声だった。
耳で聞いたわけではない。けれど、心の奥深くに直接響くような、懐かしくも力強い声だった。
まるで、遠い昔に交わした約束を思い出させるように。
「……誰?」
問いかけに応じるかのように、部屋の影が揺れた。
「……レオニス様」
ふいに声がかかり、レオニスが振り返る。
そこには、金髪の青年が立っていた。滑らかな髪と整った顔立ち、異国の騎士のような上品さをまとった青年――セリュアス。
彼は、人型をとった精霊である。
「また……夢を?」
「ああ。今夜は、声も聞こえた」
「……“彼”ですね」
レオニスはベッドの縁に腰掛け、額に手を当てた。
夢に現れる竜。あの哀しげな目。守ってくれたという確信だけが胸に残る。
セリュアスは、静かに一歩近づいて言った。
「竜が目覚めるのでしょう。貴方の力と、記憶と共に」
「……記憶。やっぱり、これは前世のものなのか?」
「ええ。間違いありません。貴方は、前世において――精霊王ルヴェリアスでした。そして、契りを交わした一体の竜と共に、世界を守ったのです」
レオニスは目を伏せた。
精霊王。あまりに唐突で、現実感のない言葉だ。
だが、夢の中で何度も呼ばれた名と、竜の目の奥にあった深い感情は、それを否定させてくれなかった。
「……竜が、僕を待っている。そう言ってた」
「その通りです。そして、竜はきっと、今のこの地にも……」
「いるのか?」
問いに、セリュアスは確信をもって頷いた。
「はい。姿を変えて、眠っているかもしれません。あるいは、記憶を失って、貴方を探しているかも。ですが、必ず再会できます。精霊王である貴方が、その名を想い出すなら」
レオニスは静かに息を吐いた。
夢に導かれるようにして、何かが動き始めている。それを止めることは、もうできない。
「探さなきゃ。あの竜を……僕の、相棒を」
「ええ。かつての契りを、今一度――」
精霊の言葉に、レオニスは目を細めた。
自分の中に眠る“力”と“記憶”。それが目覚めれば、どんな未来が待っているのか。
ただひとつだけ、確かにわかる。
――夢の中の竜は、レオニスを守っていた。命を賭してでも。
ならば、今度は自分が――。
「セリュアス。明日、例の試験に出ようと思う。聖騎士の候補試験。……竜を探すには、動かないと」
「……承知しました。ですが、あくまで身分は隠して。レオニス様は只の見習いということで」
「もちろん。僕は、ただの一人の騎士候補だよ。今はね」
静かな決意が、胸の奥に灯る。
竜が待っている。
過去の記憶も、失った契りも、すべてを取り戻すために。
少年――レオニスは、再び“彼”と巡り会う運命の中にいた。
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