第12話
正午前の歩道にて。
彼はカバンに虫かごを忍ばせながら、職場に向かっていた。
虫かごの中には、死んだ蝶が横たわっていた。
彼は無表情でカバンを持ち、俯きながら歩いていた。
職場に着いたのは、昼の休憩時間だった。
彼の職場はビルの5階だったが、エレベーターに乗った彼はその階を飛ばし、はるか上へと上昇した。
ビルの屋上につき、彼はその扉を開けた。
屋上は風が強く、突風が彼の髪を乱した。
彼はゆっくりと柵に歩み寄り、外からの景色を一望した。
雲1つない青空に、そびえ立つ数々のビル。
それは、彼が今までに見たことのない、美しい明るさと色だった。
そこから撮った写真なら、どんな加工も必要ないだろうと、彼は笑った。
彼はカバンから虫かごを取り出し、死んだ蝶を太陽に掲げた。
蝶は青白く光り、まるで夢の世界から持ち出した生き物かのように見えた。
彼はその完璧な瞬間に微笑み、虫かごを抱きしめた。
屋上から見下ろす景色は、彼をぞっとさせた。
地面まで、一体何メートルあるのかわからなかった。
彼は虫かごから死骸を取り出し、真下にそっと落とした。
蝶の死骸は太陽に向かって上昇することなく、下へ下へと降下していった。
やがてその姿が見えなくなり、ビルの景色に溶け込んでいった。
もしも蝶が生きていたのならば、蝶はまたタンポポの花壇へと戻っていくのだろうか。
彼は俯きながら、そんなことを呟いた。
その時の彼は、もはや仕事については考えていなかった。
ただ真下の景色に吸い込まれるようにして、身を傾け、1人微笑んでいた。
そうして、彼は蝶を追うようにして、足を一歩踏み出した。
それはまるで夢遊をしているかのような、軽やかな足取りだった。
蝶飼いの男 TAN @tanjentx
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます