パート7: 無力なスキル、役立たずの『祝福』

どれくらい時間が経っただろう。

地面にうずくまったまま、吐き気と体の痺れに耐えていると、少しずつ意識がはっきりしてきた。

胃のむかつきはまだ残っているけど、さっきまでの激しい苦痛は和らいでいる。


(早く…帰らないと…)


森の夜は危険だ。

いつ、別のモンスターに襲われるか分からない。

それに、朝になって私がいなくなっていることに気づかれたら、大騒ぎになる。


ふらつく足で立ち上がろうとして、視界の隅に緑色の物体が映った。

さっき私が吐き出したものと、まだ少し残っているスライムの亡骸。

あの強烈な不味さと苦痛が蘇ってきて、再び吐き気が込み上げる。


(…でも)


このまま、手ぶらで帰る?

あの苦しくて痛い思いをしただけで、何も得られずに?

それは、嫌だ。


(生で食べるのがダメだっただけかもしれない)

(ちゃんと、料理をすれば…)


そうだ、私にはスキルがあるじゃないか。

神様から授かった、『祝福』が。

【料理スキル】。

食べ物を美味しくする力。


(これを使えば、あの不味いスライムだって、毒だって、きっと…!)


わずかな希望が、胸の中に灯る。

私は急いで、残っていたスライムの亡骸を、持ってきた汚れた布袋に詰め込んだ。

ねばつく感触が気持ち悪いけれど、今はそんなことを言っていられない。


急いで村へと戻る。

幸い、誰にも見つかることなく自分の部屋に帰り着くことができた。

扉に鍵をかけ(といっても簡単な木の閂だけど)、震える手で布袋を開ける。


中には、潰れて形をなくしかけた緑色の物体。

生臭いような、土臭いような、やっぱり嫌な臭いがする。

でも、今度は大丈夫なはずだ。


(スキルを発動すれば、きっと魔法みたいに変わるんだわ!)

(美味しい、甘いゼリーに…!)


私は緑色の塊を小さな木の皿に乗せ、両手をかざした。

目を閉じて、強く念じる。


(【料理スキル】、発動!)

(美味しくなあれ! 毒も消えて、美味しくなあれ!)


心の中で何度も叫ぶ。

スキルよ、私の望みに応えて!



……


………


(あれ…?)


何も起こらない。

何の光も、何の音も、何の匂いの変化もない。

ただ、目の前には、さっきと同じ、不気味な緑色の塊があるだけ。


(どうして…?)


焦りが込み上げてくる。

もう一度、強く念じる。


(【料理スキル】! お願い、発動して!)

(この子を、美味しくしてあげて!)


私の必死の願いも虚しく、スキルは沈黙したままだった。

目の前のスライムは、少しも変わらない。

相変わらず、不味そうで、危険な、ただのモンスターの死骸だ。


(嘘…でしょ…?)


力が抜けて、その場にへなへなと座り込んだ。

頭が真っ白になる。


生で食べてもダメだった。

じゃあ、料理スキルを使えば、と最後の望みを託したのに。

それも、ダメだった。

私のスキルは、モンスターには何の役にも立たない。


(じゃあ、本当に…)


村の人たちが言った通りだったんだ。

私のスキルは、『外れスキル』。

何の役にも立たない、無力な力。

神様の祝福なんかじゃなくて、ただの、残酷な悪戯。


(私の夢は…)


モンスターを食べてみたい。

美味しく調理して、その存在を味わい尽くしたい。

それは、叶わない夢だったんだ。

この世界では、絶対に。


涙が、ぽろぽろと頬を伝って落ちた。

生で食べた時の肉体的な苦痛よりも、ずっとずっと深い絶望感が、私の心を支配していた。

無力感。

どうしようもない、絶対的な無力感。

もう、何もできない。

私の願いは、ここで終わりなんだ。


部屋の隅で、私はただ、声を殺して泣き続けた。

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