VS フェンリル

「── ッ!」

「── くっ!」


周りの生き物の動きが止まった中、 僕とフェンリルはゆっくりと縁を描くように動き、互いの出方を伺う。そして風が吹いた瞬間、僕とフェンリルはお互いの中点で爪と刀をぶつけ合っていた。


── 硬い……!様子見とはいえ、傷一つつかないなんて……!しかも、力も強い……ッ!


フェンリルの爪の硬さに驚きつつ、このまま力で押し合うのは分が悪いと判断した僕は僕は相手の力を利用しつつ距離を取る。


「ルォン!」


するとフェンリルが突然、短く吠える。その瞬間、フェンリルの背後にいくつもの魔法陣が展開され、透き通った氷の槍が僕を目掛け、とんでもない速度で飛んでくる。ただでさえ視認性が悪いのに、それに加えて速さが乗ったそれは、非常に避けづらいものになっている。


「遠近両方に対応です、って、ずるくないかな!」


僕はそれを時に躱し、時に刀で受け流しつつそう愚痴をこぼす。


「私たちも援護を……!?」

「何で!?魔法が……!」


そんな僕の様子に不利を悟ったのか、ミリアとトウカが魔法を発動しようとする。しかし、フェンリルの威圧のせいかうまく発動できないようで、僕たちに効果が届く前に魔法が霧散してしまう。


「サンダーアロー×64!」


僕は隙を見て雷魔法を展開し、次々と飛んでくる氷の槍を迎撃していく。


── 比較的相性がいいとはいえ、流石に速度重視のアロー系で貫通重視のランス系の相殺は厳しいかなって思ってたけど……。"琥珀"の底上げすごいな……。これがなかったら多分、撃ち落とせなかった……。


相手の槍の勢いを少しでも殺そうと放った速度重視のサンダーアローがフェンリルの氷の槍とぶつかり、あたりに水蒸気が満ちる。その様子に僕は舌を巻きつつ、フェンリルと時には魔法を撃ち合い、時には爪と刀をぶつけ合いながら相手の体力を削っていく。


「凄い……。ノア君、あんなに疾く……!」

「……レオン。貴方には見える?」

「ギリギリ目で追える程度ですが。」

「……私も鍛えようかな……?」


そんな僕の動きを見、3人はそんな声をあげる。しかしそんな中、僕は内心焦りを感じていた。


── 不味いな……。今はまだ魔法で相殺できてるから戦えてるけど、このままだと僕の方が早く体力切れになる。……だからと言ってこれ以上ギアを上げるのも無理だし……。


するとそんな焦りが刀筋に出てしまったのか、僕の"風流"がフェンリルの爪の表面を滑る。


「まずっ……!」


僕がそう焦りの声を漏らすのと同時に、フェンリルの爪が僕を捉える。咄嗟に"琥珀"を間に挟んだものの、その衝撃で僕は吹き飛ばされる。


「ぐっ……!」


そのまま大木に叩きつけられた僕はなんとか立ち上がるも、そのまま膝をついてしまう。


「ちっ……口切った……。」

「お兄ちゃん!?」


僕は血の味を感じつつ口の中に溜まった血を吐き出す。それを見て、トウカが悲痛な声をあげる。


── まずいな……。動けないことはないけど、何本か肋骨逝ったかも……。……五体満足状態ならまだしも、こんな状態であいつに勝つのは無理かな……。……仕方ない、一旦引いて……。


僕は身体に痛みが走る中、自分の状況を鑑みてそう判断する。そして撤退の指示を出そうとしたところで、頭の中にふとアナウンスが響く。


【確認しました。スキル 共鳴が発動します。】


その瞬間、僕とトウカの間に何か繋がりができるのを感じる。


「これは……?」

「いっ……。何……?……もしかして……。」


突然の現象に僕とトウカは疑問の声を上げる。しかし、怪我の影響もあり即座に動けない僕とは違い、トウカは治癒魔法を発動する。その結果、


「!……傷が治った……?」


フェンリルの威圧のせいで上手く発動できていなかった魔法が、トウカを通じて僕の傷を癒やした。


「やっぱり……!お兄ちゃん、聞いて!」


その現象を見、トウカは僕に呼びかける。


「この"共鳴"っていうスキル、多分私とお兄ちゃんのことを繋げるものっぽい!多分、ダメージとステータスは共有してるっぽい!」

「本当?ならありがたいけど……。……なんで今発動したんだろ?」

「それは分からないけど……。……って危ない!」


突然の出来事に思わず動きを止めていた僕は、トウカの声にはっと意識を戦闘に戻し、目前に迫っていたフェンリルの爪撃を紙一重で躱す。


── あっぶな……。……でも、明らかに動きやすくなってる。多分ステータスは合算なのかな?……若干感覚もずれるし、集中しないと……。


僕は"共鳴"による自分の状況の変化を確認すると、順応するために集中を深めていく。


── まだだ。もっと無駄な思考を減らして……。


「私たちは自分で何とかするから、気にしないで!」

「!分かった!」


僕が意識を集中していると、不意にトウカからそんな声が投げかけられる。


── 皆も強くなったし、周りのモンスターくらいなら対応できるか。……うん。たまには、皆のことを信じてもいいよね。


その声を聞き、状況的にも問題なさそうなことを確認した僕は、常に意識の片隅に置いていた三人のことも意識から外し、ただ目の前のフェンリルあいてにのみ意識を集中する。


── 右、上、下の後に魔法×3……!


相手の攻撃を最小限の動きで躱しつつ、僕は隙を見つけては攻撃を叩き込んでいく。 しかし先程と同じで、フェンリルにはほとんどダメージが入っていないように見える。


── だめだ。さっきと同じで攻撃が通ってない……。……焦るな!相手に自分のダメージを見せないのは、戦闘の基本。手応え的に少しずつは通ってるはずだし耐えていればきっと、状況は打開できる……!


そのことに再び焦りそうになる心を鎮め、ひたすらに攻撃をする僕の脳裏に、ふと風流の言葉が浮かぶ。


── 訓練時 ──


「── 私の教える"桜花流刀術"は、柔の太刀 ── 基本的に、受けを中心に立ち回るものになっています。春風に舞う桜の花弁のように、相手の攻撃を受け流し、柔らかく斬る。それが桜花流の基本にして、極意です。」

「……一つ、聞いてもいいですか?」

「はい。何でしょうか?」

「言っていることはよく分かるし、僕に合ってるな、とも感じるんですけど……。……もしその柔らかい斬撃が通らない相手が出てきたら、どうすれば……?」


僕がそう問うと、風流は笑みを深める。


「……先程の言葉でそこまで考えられるとは、やはりいい感覚をしていますね。その際は ──」





「── ふうぅ……。」


僕は一度大きく間合いを取り、これまでにないほど長く、息を吐く。その様子にフェンリルも何かを感じ取ったのか、面持ちを厳しいものに変える。


── 次で、決める。


僕は目の前に関係のない全てを無くし、昔と同じ感情のない瞳ででフェンリルを見つつ、全身の力を抜く。


「── その際は ──」


そして、僕はゆっくりと一歩を踏み出す。


── 刹那、僕はフェンリルへと肉薄する。ほぼゼロから一気にトップスピードに移行した僕の動きに、フェンリルは目を見開く。


【── 確認しました。】


驚きに一瞬動きが止まったもののすぐにフェンリルは僕の攻撃を防ぐべく体を動かし始めるが、もう遅い・・・・


「── 桜花流刀術・二式 桜閃おうせん。」


その防御が完了するより早く、僕の刀がフェンリルを捉える。僕の体に刻み込まれた型の動きによる、雑念の排除された一撃。


「── 全ての意識を無くして、体の動くままに任せるんです。」

【スキル 万物切断 が発動します。】


それは空気を、音を、光すらも斬り裂きつつ、フェンリルの首を斬り落とすのだった。

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