業 Side アーサー

── アーサー 視点 ──

新しくSランクになった2人を会場に案内しつつ、僕は先ほどの信じられない光景について思いを巡らせていた。


(2人とも、血が出るどころか皮1枚斬れることはなかった……。……ということは、2人とも今まで何の罪も犯したことがない?そんなことがあり得るのか?)


僕の剣、エクスカリバーは、相手のカルマに応じて防御力を無視したダメージを与える、という効果の剣だ。この効果は相手が刃に触れただけでも発動するから、相手の反応も含めて相手が悪人かどうかを調べるいい手段なんだけど……。だからこそ、2人が刃に指を乗せた結果は、正直にいって異常だった。


業は、罪を犯すことで加算されていくものだ。人を殺すことはもっての外だが、日常生活でのちょっとした悪事や、それこそダンジョン内での無意味なモンスターの殺害なども業の加算の条件となる。何なら、日常の中で吐いたちょっとした嘘なんかでも加算される。


しかし、彼らが刃に指を乗せても皮1枚斬れなかったということは、それ即ち業が全くないということになる。業はどれだけ善行を尽くしたとしても相殺されきることはない。だからこそ、その異常さが分かる。


(業が全くないということは、今まで一度も嘘を吐いたことがなく、何の悪事に加担することなく、無益な殺生を行っていないということになるが……。何故それで、冒険者をやっているんだ?まだトウカさんは分かる。彼女の得意分野的に、モンスターと戦うことはほとんどないだろうから。しかし、疑問なのはノア君の方だ。普通冒険者は、自分の名声を高めるためにより多くのモンスターを殺すことが多い。……まさか必要最低限のモンスターだけ、全く苦しめることなく討伐してきたとでもいうのか?それは、果たして冒険者なのか?)


アーサーは知らない。ノアの過去を。まさかパーティーメンバーが全ての討伐を担当しており、彼が討伐したのは全て正当防衛が成り立つ範囲のモンスターのみだったことを。そもそも嘘をつくような相手なんていなかったことを。


(……まあ、危険がないことは確かだから問題はない、のか?……しかし……。)


僕はちらりとノア君の方を見る。


(さっき彼が言っていたことは、本当なのか?いくら何でも、あのダンジョンの穴の底まで落ちて帰ってこられるとは思えないけど……。……でも、あの外套がまずその辺のダンジョンでてるようなものじゃないのも確かだし……。)


チェブリス王国王都ダンジョンは、その規模と難易度からこのラースの街にあるダンジョンと並んで世界最高難度のダンジョンと言われている。いまだ踏破者はなし、大穴に落ちたらまず助からないと言われているダンジョンだ。


(ただ、少し気になることもある。何故かトウカさんは彼のことをはっきり認識できてるみたいだけど……僕には彼の存在がうっすらとしか認知できない。恐らく、この外套のせいだろう。……そのせいで、彼の実力を推し量ることができない。)


「ところでノア君、気配が尋常じゃなく薄いのって、その外套の効果かな?」

「あ、はい。オフにもできますけど、どうしますか?」

「このままだと多分、会場のほとんどの人が君を認知できないかもしれないから、オフにしてくれると助かるかな。」

「わかりました。」


すると、先ほどまでとは違いはっきりと彼の存在を認知できるようになる。そしてそんな彼の気配に、僕は危うく声を漏らしかけた。


彼の気配は、一言で言えば「異常」だった。話では、彼の年齢は17歳と言うことだった。だが、彼の気配は今までに見てきた何よりも濃く、重かった。


(これは……!?……彼自身もだいぶ抑制してるようだし……感覚的には恐らく全体の1,000分の1にも満たないレベルだろう。それでここまでの気配となると、本当にあのダンジョンに落ちて帰ってきたのかもしれないな……。……だが、ここまでの強さならば何故、今までランクが全く上がっていなかったんだ?あそこのギルマスはグレンさんだから、他のどのギルドよりも正しく実力を見ているはず……。話した感じ的に性格に問題があるわけじゃなさそうだし……。……1回、調べてみようかな……。)


この後ノアについて調べた彼は、ノアを取り巻く環境の複雑さに呑まれ、彼自身もまた振り回されることになるのだが、そのことを彼はまだ知らないのだった。

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